第34話 「その男、危険につき…」
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……ったく、面倒くせーな!
ゼノは旧式のライフルを片手に、屈強な男たちを次々と薙ぎ払っていく。
ユーリィが攫われた廃倉庫。そこを強襲するために彼がとった行動とは、……正面突破だった。倉庫の正面玄関から入って、手当たり次第に敵を屠っていく。周りくどいことが嫌いな、ゼノらしい判断であった。
「おらおらっ! こんなんじゃ、俺は満足できねぇぜ!」
ゼノがライフルを振り回すたびに、荒くれ者たちが宙を舞う。正面玄関は気絶した男たちによって地獄絵図となっていた。
「何をやっている! 相手はガキだぞ!」
「そんなことはわかっている!」
「くそ、この馬鹿力が! どこにそんな力があるっていうんだ!」
ゼノは恵まれた体格の持ち主であった。
高い身体能力に、しなやかで無駄のない肉体。野生の獣を彷彿とされる、その姿は。一見すると、力比べが苦手なようにも見える。
だが、それは誤りであった。
彼は自分よりも大柄な男を相手にしても、負けることはなかった。巨漢とも呼べる大男と拳と拳がぶつかっても、打ち負けることもなく、一撃で戦闘不能に追い込んでいく。
「おいおい! 帝国の軍人ってのは、その程度なのか!? もっと気合いを見せろよ!」
ガン、ガンッと次々にライフルを振り下ろして、彼らを気絶へと追い込む。
まるで嵐のごとく暴れるゼノに対して、もはや手の打ちようがない。……そう思われた。
「さぁ、とっととユーリィの居場所まで案内しろよ! じゃないと、皆まとめて地獄におくって―」
ゼノが意気揚々と声を上げる、その時だ。
突然、バララッという銃声が倉庫に響いた。
元軍人の男が持っている帝国製ライフルが火を吹きたのだ。狙われたのは、いうまでもなく。暴れまわっていたゼノだ。
「っ!」
咄嗟に、ゼノが物陰に隠れる。
だが、彼の反射神経をもってしても、全てを躱すことはできなかった。忌々しそうに舌打ちをするゼノの視線の先には、真っ赤に染まる自分の肩があった。
「……ちっ、当たったか」
ゼノは物陰に隠れたまま、敵のほうを伺う。
その銃撃がきっかけとなり、彼らも冷静を取り戻す。元軍人らしく帝国製のライフルを構えながら、じりじりとゼノを追いつめていく。
「このガキが! 舐めた真似をしてくれたな!」
「生きて帰れるとは思うなよ!」
彼らはゼノが隠れている場所に銃を向けたまま、倉庫中に散らばって包囲しようとする。
もはや、逃げる場所などなかった。
そんな中でも、ゼノは不敵に笑いながら呟く。
「……いいねぇ、ちょうど体が温まってきたところだぜ」
ゼノは旧式ライフルを肩に載せると、その場で軽く身を屈んだ。
そして、次の瞬間。
鉄骨の陰から、獣のように飛び出していった。元軍人たちを翻弄するように駆け抜けて、身近な男から殴り倒していく。飢えた獣のようなその姿は、戦場を知る彼らさえ慄くほどだ。
だが、そこまでだった。
バララッ、と再び銃声が響き、ゼノは大きく態勢を崩した。足を撃たれてしまい、その場に倒れ込む。それでも使い物にならなくなった片足を引きずって、近くの物陰に隠れようとする。
しかし、今度は違う方向から銃声が鳴った。
放たれた銃弾は腹を貫通して、ゼノは口から血を噴き出す。
「……ちっ、しくじったぜ」
ゼノが擦れた声で呟いた。
手にした旧式ライフルを握ると、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。しかし、手負いの獣と呼ぶには、あまりにも血を流し過ぎていた。
そして、その数秒後。
一発の銃声がして、彼は地面に倒れた。
頭から噴き出た血液が、赤い水溜りを作っていく。
「やったか?」
「あぁ、手間取らせやがって」
ゼノの頭を撃った男が、にやりと笑う。
「戦争も知らないガキが! テメェのお遊びに付き合ってられるかよ!」
「ははは、馬鹿な奴だ! 俺たちが撃たないとでも思っていたのか!」
廃倉庫の中で、帝国の元軍人たちが残忍な顔で笑った。
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「で、こいつは何だったんだよ」
「知るかよ。だけど、侵入者は殺せという命令だろう」
ギムガたちの視線の先で、元軍人たちが言葉を交わしている。
その更に向こう側には、無残に倒れているゼノの姿があった。
「……おい、やばいよ」
「……あいつら、本当に撃ったぞ」
取り巻きたちが顔を青くさせながら呟く。
「……さっきの男って、ゼノ・スレッジハンマーだよな」
「……あぁ。《普通歩兵科》の二年生だ」
「……頭から血が出てるぞ。あれって、本当に死んだんじゃ―」
言葉を失くす取り巻きたち。
彼らのリーダーであるギムガも、何も言えなかった。
「おい! 共和国のガキども!」
びくりっ、とギムガたちが肩を震わせる。
「お前ら、コイツのことを知っているのか!?」
「え、えっと」
「あ? 知らねぇのか、知っているのか! さっさと言いやがれ!」
バララッ、と元軍人の男が銃を使って威嚇する。その男は、ゼノの頭を撃ち抜いた人物であった。
「ひいっ!」
「し、知っています! そいつは魔法学園の生徒で、《普通歩兵科》の学年主席の男です!」
「学年主席? このガキが?」
男は訝しむような顔をすると、動かなくなったゼノへと近づく。
そして、にやりと残忍な笑みを浮かべた。
「はははっ、笑えるぜ! こんな奴が学年で一番だなんて、魔法学園ってのは随分とレベルが低いらしいな!」
突然、ガンッと鈍い音がした。
男がゼノの頭を蹴りつけたのだ。
何度も、何度も、蹴り続ける。その度に血が飛び散って、彼の顔が醜く変わっていく。最後に男は、頭の上に足を乗せると、踏みにじるように力を入れた。
「ははははっ! 共和国のガキが! 帝国に楯突くから、こうなるんだよ! お前らみたいな豚野郎は、俺たちの言うことを聞いていればいいんだ!」
その声に、周囲の男たちも賛同する。
「その通りだぜ!」
「戦場も知らないくせに、俺たちに勝てると思ったのかよ!」
「共和国の豚どもが!」
元軍人たちは、勝利に酔い、歓喜する。
彼らにとって共和国とは、勝つことのできなかった憎むべき敵だった。共和国のせいで自分たちは軍人としての誇りを失い、生活を追われるようになったと、本気で信じていた。
だからこそ、目の前で共和国の人間を殺したことが嬉しくて仕方ない。
勝利の愉悦に酔いしれる。
自分たちこそ勝者だと声を上げる。
……故に、彼らは再び敗北を味わうこととなる。
「……ってーな」
地の底から響くような声だった。
「あん? 今、変な声がしなかったか?」
ゼノを撃った男が、愉悦に浸りながら仲間に問いかける。
だか、声が聞こえたのはその男だけだった。気のせいかと思いながら、振り上げた右足に力を入れようとする、……が突然。その右足を誰かに掴まれた。
「あ? 誰だ、邪魔するのは―」
「……いてーな。って、言っているのが聞こえねぇのか?」
男の足元から、再び声がした。
そして、その直後。凄まじい激痛が彼を襲ったのだ。
「ぐ、ぐあぁぁ!」
ミシミシッ、と骨の軋む音がした。
何が起きたのかわからず、慌てて足元を見る。死んで動かなくなった男を踏みつけている片足。その足を、死んだはずの男が握っていたのだ。
「……人様の頭を踏みつけておいて、詫びのひとつもねぇのかよ。帝国の軍人様は、どうも礼儀がなってないらしいな」
「なっ!?」
男の顔が驚愕に染まる。
さっきまで身動きひとつしていなかった。今だって、頭から大量の血を流している。
それなのに、なぜ。
この男は死んでいない!
「く、くそ! まだ生きていたか!」
別のライフルを持った男が、もう一度ゼノに向けて銃を撃つ。
ダンッ、という銃声と共に、真っ赤な血が飛び散った。彼の手から力が抜け、掴んでいた足からするりと抜ける。
だが、それも一瞬のことだった。
「……ちっ、また撃ちやがったな」
ぽつりと呟くと、ゼノは再び男の足を掴む。
そして、そのまま骨を砕く勢いで握りつぶしていく。メキメキという耳障りな音がしたと思ったら、男の足があらぬ角度へと捻じ曲げられた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴が響く。
男はライフルから手を離して、その場に痛みに耐えられずもがいた。おかしな方向に曲がってしまった足は、それだけで言いようのない不安感を与える。
そして、何より。
それを行った男が、ゆらりと立ち上がったのだ。
彼の服は血で染まり、撃たれた足を庇うことなく、頭から血を流しながら。
ゼノは立ち上がっていた。
「な、なんだ、こいつ」
「し、死んだはずだろう」
荒くれ者の元軍人たちに動揺が走った。
銃で撃たれれば、人は死ぬ。
血を流し続ければ、人は死ぬ。
銃弾が頭を貫通すれば、人は死ぬ。
それなのに、なぜ。
この男は死なないのだ。
「ははっ、やってくれるじゃねーか」
血の染まった前髪を、鬱陶しいというようにかきわける。
その時、彼らの目にも見えた。
頭を貫通したはずの銃弾の痕が、綺麗になくなっていることを。
「き、傷が―」
「なくなっている」
ざわざわと、彼らも騒ぎ出す。
何が起きているのか理解できていないのが大半だったが、一人、また一人と、目の前のことを認識していく。
そして、その認識した全ての人間はもれなく。
……恐怖に顔を歪めていた。
「ま、まさか―」
「い、いや、そんなはずはない―」
「あいつが、……あの男が、こんなところにいるわけが―」
戦争を戦い続けた元軍人たち。
前線を駆け抜けた彼らだからこそ、知っていることがあった。
……共和国は豚の集まりだ。
……だが、絶対に相手にしてはいけない奴がいる。戦場での危険実物に載っている奴を見かけたら、何が何でも逃げろ。
……奴らは。
……登録魔術兵士たちは豚ではない。人ですらない、人外の化け物だ!
「さぁ、喧嘩の続きをしようぜ」
ゼノが血まみれの上着を脱いで放り投げる。
その下にある無傷な体と、彼の首元を見て、廃倉庫は再び悲鳴に覆われた。
「く、首に金槌の入れ墨っ!」
「間違いない、コイツは!」
「ブラックリストの登録魔術兵士! ゼノ・スレッジハンマーじゃないか!」
動揺は混乱を呼び、混乱は恐怖を呼び覚ます。
それが戦慄に変わる頃には、ゼノが駆け出して、彼らは再び宙を舞っていた。




