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第34話 「その男、危険につき…」


――◇――◇――◇――◇――◇―


 ……ったく、面倒くせーな!


 ゼノは旧式のライフルを片手に、屈強な男たちを次々と薙ぎ払っていく。

 ユーリィが攫われた廃倉庫。そこを強襲するために彼がとった行動とは、……正面突破だった。倉庫の正面玄関から入って、手当たり次第に敵を屠っていく。周りくどいことが嫌いな、ゼノらしい判断であった。


「おらおらっ! こんなんじゃ、俺は満足できねぇぜ!」


 ゼノがライフルを振り回すたびに、荒くれ者たちが宙を舞う。正面玄関は気絶した男たちによって地獄絵図となっていた。


「何をやっている! 相手はガキだぞ!」


「そんなことはわかっている!」


「くそ、この馬鹿力が! どこにそんな力があるっていうんだ!」


 ゼノは恵まれた体格の持ち主であった。

 高い身体能力に、しなやかで無駄のない肉体。野生の獣を彷彿とされる、その姿は。一見すると、力比べが苦手なようにも見える。


 だが、それは誤りであった。

 彼は自分よりも大柄な男を相手にしても、負けることはなかった。巨漢とも呼べる大男と拳と拳がぶつかっても、打ち負けることもなく、一撃で戦闘不能に追い込んでいく。


「おいおい! 帝国の軍人ってのは、その程度なのか!? もっと気合いを見せろよ!」


 ガン、ガンッと次々にライフルを振り下ろして、彼らを気絶へと追い込む。

 まるで嵐のごとく暴れるゼノに対して、もはや手の打ちようがない。……そう思われた。


「さぁ、とっととユーリィの居場所まで案内しろよ! じゃないと、皆まとめて地獄におくって―」


 ゼノが意気揚々と声を上げる、その時だ。


 突然、バララッという銃声が倉庫に響いた。

 元軍人の男が持っている帝国製ライフルが火を吹きたのだ。狙われたのは、いうまでもなく。暴れまわっていたゼノだ。


「っ!」


 咄嗟に、ゼノが物陰に隠れる。

 だが、彼の反射神経をもってしても、全てを躱すことはできなかった。忌々しそうに舌打ちをするゼノの視線の先には、真っ赤に染まる自分の肩があった。


「……ちっ、当たったか」


 ゼノは物陰に隠れたまま、敵のほうを伺う。

 その銃撃がきっかけとなり、彼らも冷静を取り戻す。元軍人らしく帝国製のライフルを構えながら、じりじりとゼノを追いつめていく。


「このガキが! 舐めた真似をしてくれたな!」


「生きて帰れるとは思うなよ!」


 彼らはゼノが隠れている場所に銃を向けたまま、倉庫中に散らばって包囲しようとする。


 もはや、逃げる場所などなかった。

 そんな中でも、ゼノは不敵に笑いながら呟く。


「……いいねぇ、ちょうど体が温まってきたところだぜ」


 ゼノは旧式ライフルを肩に載せると、その場で軽く身を屈んだ。


 そして、次の瞬間。

 鉄骨の陰から、獣のように飛び出していった。元軍人たちを翻弄するように駆け抜けて、身近な男から殴り倒していく。飢えた獣のようなその姿は、戦場を知る彼らさえ慄くほどだ。


 だが、そこまでだった。

 バララッ、と再び銃声が響き、ゼノは大きく態勢を崩した。足を撃たれてしまい、その場に倒れ込む。それでも使い物にならなくなった片足を引きずって、近くの物陰に隠れようとする。


 しかし、今度は違う方向から銃声が鳴った。

 放たれた銃弾は腹を貫通して、ゼノは口から血を噴き出す。


「……ちっ、しくじったぜ」


 ゼノが擦れた声で呟いた。

 手にした旧式ライフルを握ると、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。しかし、手負いの獣と呼ぶには、あまりにも血を流し過ぎていた。


 そして、その数秒後。

 一発の銃声がして、彼は地面に倒れた。

 頭から噴き出た血液が、赤い水溜りを作っていく。


「やったか?」


「あぁ、手間取らせやがって」


 ゼノの頭を撃った男が、にやりと笑う。


「戦争も知らないガキが! テメェのお遊びに付き合ってられるかよ!」


「ははは、馬鹿な奴だ! 俺たちが撃たないとでも思っていたのか!」


 廃倉庫の中で、帝国の元軍人たちが残忍な顔で笑った。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「で、こいつは何だったんだよ」


「知るかよ。だけど、侵入者は殺せという命令だろう」


 ギムガたちの視線の先で、元軍人たちが言葉を交わしている。

 その更に向こう側には、無残に倒れているゼノの姿があった。


「……おい、やばいよ」


「……あいつら、本当に撃ったぞ」 


 取り巻きたちが顔を青くさせながら呟く。


「……さっきの男って、ゼノ・スレッジハンマーだよな」


「……あぁ。《普通歩兵科》の二年生だ」


「……頭から血が出てるぞ。あれって、本当に死んだんじゃ―」


 言葉を失くす取り巻きたち。

 彼らのリーダーであるギムガも、何も言えなかった。


「おい! 共和国のガキども!」


 びくりっ、とギムガたちが肩を震わせる。


「お前ら、コイツのことを知っているのか!?」


「え、えっと」


「あ? 知らねぇのか、知っているのか! さっさと言いやがれ!」


 バララッ、と元軍人の男が銃を使って威嚇する。その男は、ゼノの頭を撃ち抜いた人物であった。


「ひいっ!」


「し、知っています! そいつは魔法学園の生徒で、《普通歩兵科》の学年主席の男です!」


「学年主席? このガキが?」


 男は訝しむような顔をすると、動かなくなったゼノへと近づく。

 そして、にやりと残忍な笑みを浮かべた。


「はははっ、笑えるぜ! こんな奴が学年で一番だなんて、魔法学園ってのは随分とレベルが低いらしいな!」


 突然、ガンッと鈍い音がした。

 男がゼノの頭を蹴りつけたのだ。


 何度も、何度も、蹴り続ける。その度に血が飛び散って、彼の顔が醜く変わっていく。最後に男は、頭の上に足を乗せると、踏みにじるように力を入れた。


「ははははっ! 共和国のガキが! 帝国に楯突くから、こうなるんだよ! お前らみたいな豚野郎は、俺たちの言うことを聞いていればいいんだ!」


 その声に、周囲の男たちも賛同する。


「その通りだぜ!」


「戦場も知らないくせに、俺たちに勝てると思ったのかよ!」


「共和国の豚どもが!」


 元軍人たちは、勝利に酔い、歓喜する。

 彼らにとって共和国とは、勝つことのできなかった憎むべき敵だった。共和国のせいで自分たちは軍人としての誇りを失い、生活を追われるようになったと、本気で信じていた。


 だからこそ、目の前で共和国の人間を殺したことが嬉しくて仕方ない。

 勝利の愉悦に酔いしれる。

 自分たちこそ勝者だと声を上げる。


 ……故に、彼らは再び敗北を味わうこととなる。


「……ってーな」


 地の底から響くような声だった。


「あん? 今、変な声がしなかったか?」


 ゼノを撃った男が、愉悦に浸りながら仲間に問いかける。

 だか、声が聞こえたのはその男だけだった。気のせいかと思いながら、振り上げた右足に力を入れようとする、……が突然。その右足を誰かに掴まれた。


「あ? 誰だ、邪魔するのは―」


「……いてーな。って、言っているのが聞こえねぇのか?」


 男の足元から、再び声がした。

 そして、その直後。凄まじい激痛が彼を襲ったのだ。


「ぐ、ぐあぁぁ!」


 ミシミシッ、と骨の軋む音がした。

 何が起きたのかわからず、慌てて足元を見る。死んで動かなくなった男を踏みつけている片足。その足を、死んだはず・・・・・の男が握っていたのだ。


「……人様の頭を踏みつけておいて、詫びのひとつもねぇのかよ。帝国の軍人様は、どうも礼儀がなってないらしいな」


「なっ!?」


 男の顔が驚愕に染まる。

 さっきまで身動きひとつしていなかった。今だって、頭から大量の血を流している。

 それなのに、なぜ。

 この男は死んでいない!


「く、くそ! まだ生きていたか!」


 別のライフルを持った男が、もう一度ゼノに向けて銃を撃つ。

 ダンッ、という銃声と共に、真っ赤な血が飛び散った。彼の手から力が抜け、掴んでいた足からするりと抜ける。


 だが、それも一瞬のことだった。


「……ちっ、また撃ちやがったな」


 ぽつりと呟くと、ゼノは再び男の足を掴む。

 そして、そのまま骨を砕く勢いで握りつぶしていく。メキメキという耳障りな音がしたと思ったら、男の足があらぬ角度へと捻じ曲げられた。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴が響く。

 男はライフルから手を離して、その場に痛みに耐えられずもがいた。おかしな方向に曲がってしまった足は、それだけで言いようのない不安感を与える。


 そして、何より。

 それを行った男が、ゆらりと立ち上がったのだ。


 彼の服は血で染まり、撃たれた足を庇うことなく、頭から血を流しながら。

 ゼノは立ち上がっていた。


「な、なんだ、こいつ」


「し、死んだはずだろう」


 荒くれ者の元軍人たちに動揺が走った。


 銃で撃たれれば、人は死ぬ。

 血を流し続ければ、人は死ぬ。

 銃弾が頭を貫通すれば、人は死ぬ。

 それなのに、なぜ。

 この男は死なないのだ。


「ははっ、やってくれるじゃねーか」


 血の染まった前髪を、鬱陶しいというようにかきわける。

 その時、彼らの目にも見えた。

 頭を貫通したはずの銃弾の痕が、綺麗になくなっていることを。


「き、傷が―」


「なくなっている」


 ざわざわと、彼らも騒ぎ出す。

 何が起きているのか理解できていないのが大半だったが、一人、また一人と、目の前のことを認識していく。


 そして、その認識した全ての人間はもれなく。

 ……恐怖に顔を歪めていた。


「ま、まさか―」


「い、いや、そんなはずはない―」


「あいつが、……あの男が、こんなところにいるわけが―」


 戦争を戦い続けた元軍人たち。

 前線を駆け抜けた彼らだからこそ、知っていることがあった。


 ……共和国は豚の集まりだ。

 ……だが、絶対に相手にしてはいけない奴がいる。戦場での危険実物ブラックリストに載っている奴を見かけたら、何が何でも逃げろ。

 ……奴らは。

 ……登録魔術兵士たちは豚ではない。人ですらない、人外の化け物だ!


「さぁ、喧嘩の続きをしようぜ」


 ゼノが血まみれの上着を脱いで放り投げる。

 その下にある無傷な体と、彼の首元を見て、廃倉庫は再び悲鳴に覆われた。


「く、首に金槌の入れ墨っ!」


「間違いない、コイツは!」


「ブラックリストの登録魔術兵士! ゼノ・スレッジハンマーじゃないか!」


 動揺は混乱を呼び、混乱は恐怖を呼び覚ます。

 それが戦慄に変わる頃には、ゼノが駆け出して、彼らは再び宙を舞っていた。

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