表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/422

第31話 「限りなく奇跡に近いこと」

 鈍い音と共に、ユーリィの体が吹き飛んだ。


 縄で縛られたイスごと地面に叩きつけられて、彼女の口から小さな嗚咽が漏れる。拷問器具で殴られた頬は赤く染まり、傷口からは真っ赤な血が滲み出す。


「……」


 それでも、ユーリィの表情は変わらなかった。

 全てのことに興味を持てないような顔で、じっと窓の外を見ている。雨と風で揺れる窓ガラスを。


「ははは、やはり気分がいいものだな! 弱いもの苛めというものは!」


 ザルモゥは拷問用のレンチを弄びながら歓喜の声を上げた。古い血と肉片がこびりついたそれを、芸術品でも見るかのように目を細める。


「だが、拷問の訓練も受けているお前では、こんな行為は無駄なのだろうな。例え電気イスにかけても口を割らんだろう。我が帝国では、そういうスパイを作っていたのだからな」


 地面に倒れているユーリィを見ながら、ザルモゥは静かに告げる。


「それでも、私は一向に構わないのがね。ここに並べてあるものを全て使い切ってから、また同じ質問をすればいいだけだ」


 そう言って、手にしたレンチを戻すと、隣にある銀製の工具を手に取る。一見すると爪切りにも見えるそれは、相手の爪を無理やり剥ぎ取るものだった。


「これで指の爪を剥いでやろうか。それとも、こっちで指ごと切り落としてしまおうか。口さえ聞ければよいのだから、指のひとつやふたつ、なくなってしまっても構わないだろう?」


 ザルモゥは屈みこんで、ユーリィの顔を覗き込む。


 彼女の反応を楽しむつもりだったのだが、頬を赤く腫らした少女はまったく動揺していなかった。死んだ魚のような目で外を見ている。

 その様子を見て、ザルモゥも面白くないような表情となった。


「ふん、つまらない。恐怖している人間に使うからこそ面白いというのに。何の反応もないというのも興ざめだな」


 ザルモゥは爪剥ぎの器具を机に放り投げると、そばにいた白衣の男たちに目配せをする。


「……なので、さっさと取り掛かることにしよう。おい、例のものを」


「はい。用意できています」


 白衣の男の一人が鞄をあけると、中からあるものを取り出した。

 注射器と、薬物だ。

 ガラス容器に入った液体で、ラベルはつけられていない。ただ一言、劇薬につき要注意、とだけ手書きで書かれている。


「むふふ、あの薬が見えるかい?」


 ザルモゥは彼女の髪を掴むと、無理やり視界をそちらに向けさせた。

 そこでは白衣の男たちが注射器に薬品を準備している。


「あの薬は何だと思う? ……自白剤だよ。あれを注射されたら頭が朦朧として、何でも答えてしまうという優れものさ」


 にやり、と厭らしく笑う。


「ただ効果が強すぎてね。使用者を廃人にしてしまう副作用があるのだよ。脳をじわじわと破壊して、記憶も、思い出も、自分のことも、その全てを忘れてしまう! ははは、心苦しい限りだよ!」

「……っ」


 その言葉に、ユーリィの目がわずかに揺れた。


 ……記憶が、なくなる?

 ……あの夢のようだった思い出がなくなってしまう。楽しかった学園生活も、皆でランク線を戦ったことも、食堂のプリンの味も、ミリアさんのことも、ゼノさんのことも。シローさんとのことさえも、全部忘れてしまう。


 ……それは。

 ……それだけは耐えられない!


「……ぃやだ」


「おや? 今、何か言ったかな?」


「……いやだ。やめて」


「んん? よく聞こえないな。それにお願いするときは、ちゃんと敬語を使わないとね」


 ユーリィが表情を変えたことに、ザルモゥは笑みを歪める。

 そして彼女は、瞳に涙を浮かべながら、憎むべき相手に懇願したのだ。


「……やめて、ください。……お願いします」


「ははっ、これはいい! あれだけの訓練をしておきながら、こんな簡単に堕ちるとは。あの学園での思い出が、よほど大切なものらしい」


 ザルモゥは白衣の男から注射器を受け取ると、針先をユーリィの腕へと向ける。


「だが、残念だ。そんな楽しい思い出とは、お別れをしなくてはいけない。これからお前は新しく生まれ変わるんだよ。……そうだな、私専用の愛玩人形にしてやろう! 朝も、昼も、夜も、私の愛情を受け入れてもらおうか!」


「っ!!」


 ユーリィの顔が恐怖に染まる。

 ザルモゥに殴られた時も、不良に襲われそうになった時も、国境近くで一人放り投げられても。顔色ひとつ変えなかった彼女が、脅えていた。


「いやっ! やめて、やめてっ!!」


 涙が頬を流れて。

 逃げ出そうと必死にもがいて。

 年相応の少女のように泣き叫びながら。

 ユーリィは、……彼の言葉を思い出していた。他の誰よりも大好きな、あの人の言葉を。


「た、助けてください」


「ははっ、何を言っている! この私に助けを乞うなんて―」


 高笑いをするザルモゥを無視して、ユーリィは叫んだ。


「助けてください! シローさんっ!! お願いです! 助けて!」


 その声は、部屋に響き渡る。

 だが、建物の外にまでは聞こえなかった。風と雨が吹き荒れる嵐の夜。彼女がいくら叫ぼうとも、その声が誰かに届くわけがない。


 そのため、それがこの瞬間に放たれたのは。

 限りなく奇跡に近いことだった。


「……あれ?」


 カラン、と注射器が地面を転がった。

 間の抜けた声を漏らしたザルモゥ。彼は何が起きたのかわからず、自分の腕を見て。

 それまでの余裕が嘘のように大声で叫んでいた。


「な、な、なんだ、これはーーっ!」


 ザルモゥが自分の腕を抑えながら、その場に膝をつく。

 その腕は真っ赤に染まっていた。銃弾が貫通したような穴が空いていて、そこから血が噴き出ている。


「う、撃たれたのか!? いったい、どこからだ!?」


 音はしなかった。

 窓ガラスは割れておらず、小さな穴が空いているだけ。


 建物の外は、夜の暗闇。

 その暗闇の奥深くで、一瞬だけ光が灯った。

 銃弾を放った時に輝く、刹那の閃光。

 狙撃用の実弾が放たれて、高速の螺旋回転をしながら飛翔をする。そして、数秒後。それが終わるころには、ザルモゥの腕に二つ目の風穴を開けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ