第27話 「国際条約での『永久』なんて、ただの幻想でしかないのだ」
――◇――◇――◇――◇――◇―
過激派と穏健派の争いは、戦争が終わった瞬間から始まっていた。
国内に甚大な被害を被ったオルランド共和国と、同盟国からの多額の借金に悩むガリオン帝国。両国間において、戦争を続けることに何の利点もなかった。特に、帝国の経済力の低下は深刻で、第三国の援助なしではまかり通らないほどだった。
そこで締結されたのが『永久和平条約』。共和国と帝国の間に、二度と戦争が起きないように約束したもので、両国の発展にお互いが支え合ういう内容であった。この条約により、共和国には帝国製の電化製品や銃器などが多く入ってきた。鉄道や自動車などのインフラ整備が充実して、現地生産できるように工場も建てられた。人々の暮らしはどんどん豊かになり、戦争の傷跡は少しずつ薄れていった。
その見返りとして、共和国は有能な魔術兵士を帝国に派遣した。帝国にはない魔法技術の提供を行っており、魔法と電子工学のハイブリッド機械を目指している。それが完成すれば、周辺諸国を追い抜いて経済大国としての立場が確立されるだろう。
そういった経緯もあり、終戦からの二年で共和国も帝国も安定を取り戻した。二ヵ国での友好も深まり、互いに理解し合えるようになっていた。
だが、それに反発するものたちがいた。
過去の戦争に囚われ、相手のことに憎しむことでしかできない人間たち。それが『過激派』だ。
共和国の豚どもを殺せ。
誉れ高き帝国に栄光を。
彼らは、もう一度戦争を起こせば、自分たちが勝つと信じている人間だった。特に帝国側の過激派は、水面下で活発な動きを見せていた。
そんな過激派を止める、あるいは粛清するのが『穏健派』の役割だった。穏健派の人間は、戦争を起こさせないためにはどんな手でも使う傾向にあり、それは時に過激派すら震えあがる卑劣な手段が使われた。
オルランド共和国にいる穏健派の人間。
彼らを統べて、水面下で語られない戦いを繰り広げているのが、目の前にいるオルランド魔法学園の学園長。グラン大佐であった。
「失礼します」
きっちり敬礼をして、シローは学園長室へと入る。
部屋には二人の男がいた。
正面のテーブルについているグラン大佐と、先ほどのランク戦で監視していた戦闘指導の教官だ。教官はシローの姿を見ると、教本通りの敬礼で迎い入れた。シローが現役の少尉であることは、学園の教官は全員知っていることだった。
「シロー・スナイベル少尉。招集に応じて馳せ参じました」
「うむ、ご苦労。さっそくだが本題に入ろう」
グラン大佐は時間が惜しいというように、シローのことを見上げながら口を開く。
「ゼノ・スレッジハンマーから聞いていると思うが、貴様に預けておいた女が攫われた。首謀者は、この学園の生徒だ。だが、背後に何者かの指示があったと推察される。貴様の任務は、その何者かを見つけ出し、即時排除することだ。生死は問わない」
ユーリィを誘拐したのは、あのギムガという男たちだろう。
その背後にいるのは、誰か?
決まっている。あの帝国軍の将校、ザルモゥ中佐だ。彼女の過去に一番近い人間は、彼しか考えられない。
「了解しました。すぐに対応させてもらいます」
願ってもいない命令だった。
シローは、今すぐにでもユーリィを助けにいきたかった。表面上は平然としているものの、それは職務としての責任感がさせているだけ。本心でいえば、大佐の招集なんか無視して彼女を追いかけたい。その後に、命令に背いたという抗命行為で、軍を追われることになっても。
だが、それにも問題があった。
彼女の居場所がわからないのだ。
シローが冷静を装ってこの場にいるのも、そういった理由があったからだろう。
「それで目標の居場所はわかっているのですか?」
「あぁ。ここより西に20キロほどいった廃倉庫だ。《特別技術兵科》の生徒が確認している」
《普通歩兵科》、《狙撃兵科》、《砲兵科》。それらの専攻科目のひとつ《特別技術兵科》は、グラン大佐の命令で動く特別な生徒たちであった。入学と同時に守秘義務が課せられている彼らは、こうやって秘密裏に活動をしている。
「スナイベル少尉。知っていると思うが、その地域にはガリオン帝国との国境線であるゼア河が流れている。……未確認の情報だが、戦車隊による一個師団が国境線に集結しているという話も聞く。何があっても、帝国を刺激してはならない」
グラン大佐が厳命する。
「手段は少尉に一任する。失敗は許されないぞ」
「わかっています」
シローは力強く頷きながら、確認のために命令を反芻する。
「では、これより目的地へ赴いて、対象の排除ならびに、誘拐された少女の救出へと向かいます」
迷いのない目でグラン大佐を見る。
上官の大佐も、厳しい視線でシローを見上げた。
外では風が強くなって、雨音がどんどん大きくなっていく。
わずかな沈黙の中、その音だけが異様に響いた。
「それは認められない」
上官の言葉が何を指しているのか、シローは一瞬では理解できなかった。
戸惑って口をつぐんでいる間に、グラン大佐は静かに言い放った。
「少尉。貴様には別の任務もこなしてもらおう。我が学園の生徒が連れていった女のことだ」
その声は氷のように冷たかった。
「彼女は殺せ。何があってもだ」
「っ!」
驚愕に、言葉を失った。
今、何て言われたのかわからなくなるほどだった。
「……どういう、意味でしょうか?」
辛うじて問いかけるが、大佐の態度が変わることはなかった。
「殺せ、といったのだ。貴様に預けていた女、……名前はユーリィといったか。彼女だけは確実に始末しろ」
「い、言っている意味がわかりません!」
どんっ、とテーブルを叩いて詰め寄る。
近くにいた教官が制しようとするが、それを振り切って問いただす。
「なぜ! 彼女が死ななくてはいけないのですか! 彼女が、……ユーリィが何をしたっていうんですか!」
「あの女には、スパイの容疑がかけられている。戦時中に帝国で育てられた諜報員。魔術兵士を殺す命令を受けていて、学園にいる『登録魔術兵士』に近づいた。彼女は戦争犯罪者だ」
「そ、そんな! 証拠でもあるんですか!」
「残念だが、裏付けの取れたことだ。彼女はもう、少尉のルームメイトではない。……我々の敵だ」
大佐の言葉は、どこまでも平坦で、感情を感じさせないものだった。
「……敵って。戦争はもう終わったのに」
シローがテーブルに手をつけたまま項垂れる。
そんな彼に、大佐は淡々と声をかける。
「戦争が終わった? 少尉、まさか本当にそう思っているんじゃないだろうな?」
グラン大佐の瞳に、初めて感情が宿った。
「我が国と帝国で結ばれた『永久和平条約』。両国の発展と繁栄のために、互いに支え合う? ……はっ、よく言ったものだよ」
シローが顔を上げると、大佐が鋭い視線を向けた。
「いいか、少尉! よく覚えておけ! 国際条約での『永久』なんて、ただの幻想でしかないのだ! これまでの歴史で、幾度も破られてきたことなんだぞ!」
怒りに手を震わせながら、感情のまま声を荒らげる。
「戦争は、また起きる。その時になって、我が国の機密を知っているものが帝国に渡っていたら。今度こそ、我らは国を失うことになるぞ」
「……ユーリィが、何を知っているっていうんですか?」
囁くように吐かれた言葉は、重い沈黙のなかを漂う。
「あの女は、『ホワイトフェザー』に近づき過ぎた。それで十分だ」
グラン大佐は諭すように答えた。
戦争の英雄。
臆病者の狙撃手。
帝国からは死神と恐れられて、『戦場での要注意人物』の一番上に載せられている登録魔術兵士。
戦争が終わった今でも戦いを抑制する力を持っていて、数々の名誉勲章を受章しながらも、その正体が一切明らかにされていない生きる伝説。それが『ホワイトフェザー』だ。
「いいか、スナイベル少尉。貴様も理解していることだと思うが。……戦争の英雄『ホワイトフェザー』が、実在しない人物だと知られるわけにはいかないんだよ」




