第26話 「仕事の時間だ」
――◇――◇――◇――◇――◇―
「……帰ってきて、ないのか」
シローは自分の部屋に戻ると、室内に誰もいないことに気がついた。いつもならユーリィが出迎えてくれるのだが、それがないだけで一抹の寂しさを覚えた。
保健室から出た後、ランク戦で気絶したミリアの見舞いに女子寮へ顔を出していた。彼女もシローと同じように保健室に運ばれていたが、外傷もなく意識も戻っていたので、すぐに追い出されたらしい。
できれば、シローが目覚めるまで傍にいたかったと、顔を赤くさせながら話していた。
それから、一人で男子寮へと帰路につく。
空は厚い雲で覆われていて、まだ日没前だというのに不気味なほど薄暗かった。
やがて、シローが寮の玄関に入る頃には、ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。数日後には嵐になるらしく、今も強い横風が吹いている。
こんなときにランク戦でなくて良かった。
これだけの風と雨があったのなら、長距離の狙撃など不可能だ。風に煽られ、雨や湿度にも惑わされて、銃弾は真っ直ぐに飛んでくれるはずもない。
「なんだか、一人になるのも久しぶりだな」
しんと静まり返る部屋に、シローは不思議な感覚になる。
今までずっと一人だったのに、ユーリィが来てから自分の周りが妙に騒がしくなっていた。
ゼノやミリアだけじゃない。学生食堂で談話をしていると、他のチームからもよく話しかけられるようになった。
以前、ランク戦で戦った機関銃使いの『乱射体質』、カレィ・カリンカ。
《狙撃兵科》だけで編成されたチームのリーダー、『厨二体質』ことジャック・スミス。
他にも、シローたちの学園ランキングが急上昇しているせいか、上位のチームからも声をかけられた。
騒がしいことが苦手なシローだったが、そういった交流は心地良いものがあった。嬉しそうに笑っている彼女が、いつも傍にいたからかもしれない。
「この時間になっても帰っていないなんて。ユーリィの奴、どこに行ったんだ?」
そわそわと落ち着かない様子で、ベッドに腰を掛けたり、窓から男子寮の玄関のほうを見たりする。だが、彼女が帰ってくる様子はなかった。
いつもだったら、この時間は何をしているだろう。
シローは自分たちの生活を振り返っていた。
夕食前の時間を、まったりと過ごしているかな。共和国の国営ラジオを流しながら、特に内容のない会話を楽しんでいるかもしれない。その多くは、ユーリィが学園生活のことを嬉しそうに話して、こちらはそれに頷く程度。たまに感想を言うと、彼女は目を輝かせて笑うのだ。
あと、妙にくっつきたがる時もある。
控えめに体を寄せてきたり、ちょこんと服の裾を摘まんできたり。そういった些細な変化は、自分に心を許しているからだろうか。だとしたら嬉しく思う。
……早く帰ってこないかな。
シローはベッドに横になりながら、部屋の扉を眺めている。
その時だった。
ゴン、ゴン、という扉をノックする音が響いた。
帰ってきたのかな、と思ったが、ユーリィだったらこんなに大きな音はさせないだろう。それに、この叩き方は聞き覚えがあった。シローは落胆した気分で、扉のほうへ声をかける。
「いるぞ。勝手に入ってこい」
起き上がるのも面倒になって、再びベッドで横になる。
だが、意外にも。ノックした人間が部屋に入ってくることはなかった。それから少し待ってみるが、扉が開く気配ない。
「なんだよ。いつもなら勝手に入ってくるのに」
シローはそう呟きながら、気だるそうに体を起こす。
そして、扉を開けて、廊下で待っている友人を見た。
「おい、ゼノ。何か用か?」
そこには廊下の壁に寄りかかって腕を組んでいる、ゼノがいた。
「よう、シロ」
待たされることが大嫌いなはずなのに、ゼノは静かに佇んでいた。
予断を許さない、真剣な目で。
それだけで、何かがあったな、と直感する。
「悪い知らせだ。ユーリィがいなくなった」
「っ!」
どういうことだ、と問おうとするが、ゼノのほうが先に口を開く。
「少し前のことだ。彼女のことを、無理やり連れていく男たちがいたそうだ。学園側が確認したところ、男子学生の四人が姿を消して、学園の軍用トラックも一台なくなっている。たぶん、そいつらがユーリィを連れ去ったんだと思う」
彼の話す内容に、シローは頭が真っ白になった。
同時に、激しい怒りを覚えた。
そして気がついた時には、ゼノの襟首を掴みながら問い詰めていた。
「誰だ! その男たちは!?」
「お前も知っている奴らだよ。学園都市で、ユーリィやミリアに手を出してきた不良たちさ。リーダーの名前は、ギムガと言ったか」
ゼノが淡々と説明する。
それに対して、シローは冷静さを失っていた。感情を露にさせながら、憤怒に体が震えている。
「くそっ! あの屑どもめ!」
「落ち着け、シロ」
ゼノはシローの掴んでいる手を払うと、険しい視線で返す。
「心配になるのはわかるが、そうアツくなるな。普段のお前らしくない」
「ゼノこそ、何を悠長なことを言っている! あの屑どもが、どんな人間だか知っているはずだ! 早くしないと彼女の身が―」
「悪いが、状況はもっと深刻なんだよ」
ゼノがぞっとするほど冷たい声で言う。
「シロ、学園長が呼んでいるぜ。魔法学園の学生としてではなく、本業のほうでな」
窓にあたる雨音が強くなり、風が窓ガラスを揺らす。
「……仕事の時間だ。オルランド共和国軍、魔術兵士科所属のシロー・スナイベル少尉殿」




