第22話 「彼女の非情な戦い」
敵チームのリーダーAの『空間転移魔法』は、設置しておいた魔法陣へ、瞬時に移動できるものである。
その特性から、緊急時の回避として使うことが多いが、安全に一撃離脱ができるので、敵に奇襲をかけるときにも有効であった。
先ほど、シローとユーリィに攻撃を仕掛けたときのように。
「こちらA。離脱を完了した。そちらの状況を確認したい」
リーダーが無線でチームメイトに声をかける。
先ほど、魔法で移動した直後に、銃撃音が聞こえた。
あれはチームメイトが使っているサブマシンガン『ウルフUZI』だ。近距離であれだけの斉射をしたのなら、相手を制圧できているだろう。実際、あれから銃声はない。
……だからこそ、リーダーは不審に思う。
なぜ、チームメイトは返答をしないのか。
「こちらA。……B応答せよ」
もう一度、無線で呼びかける。
だが、やはり返事はない。
そのことがリーダーの不安を掻き立てた。過去の戦争の経験から、返事がないことは悪いことの知らせだと、身をもって知っていたからだ。
「っ! B、応答せよ!」
リーダーのAは呼びかけながら、急いでチームメイトの元へと向かった。
最初の戦闘で肩を負傷しているが、片手でもなんとか戦うことができる。なにより、仲間を見捨てることなんてできなかった。
「……はぁ、はぁ」
美術館の階段を上り、長い廊下に出る。
天井にはチームメイトが『発破魔法』で開けた穴が空いている。リーダーは念のために、自分の足元に魔法陣を展開させて、『空間転移魔法』の移動先を更新させておく。仲間と一緒に移動することはできないが、いざというときに逃げ道は必要だ。
「……静かだ。……静かすぎる」
リーダーは戦闘に備えて、新しい弾倉に交換。
帝国式のライフルを片手で構えながら、先ほど戦闘のあった部屋へと突入した。
そして、そこに広がっている光景に。
背筋が凍りついた。
「な、なんだ、これは―」
リーダーは目を見開きながら、その二人に視線を向ける。
一人はチームメイトのB。
もう一人は、相手チームの狙撃手である黒髪の少女。その体は子供のように小さく、顔立ちには幼さを大きく残している。
なぜ、そんな少女が。
……チームメイトの首を絞めているんだ。
「殺す。殺す。殺す」
ぶつぶつ呟きながら、男の体に馬乗りになって、両手で首を絞める。
その表情はどこまでも平坦で、感情というものが死んでしまっているようだった。
「……が、がぁぁ」
チームメイトの苦しそうな声を聞いて、リーダーはようやく仲間の危機を悟った。
すぐさまライフルを片手で構えて、彼女へと銃口を向けた。
「おい、今すぐその手を離せ!」
叫んだ瞬間、彼女もこちらを向く。
その顔を見た時だ。
リーダーは強烈な既視感に襲われていた。
……この目は見たことがある。
……戦場で、人を殺すときの目だ。
かつての戦争で、わずかといえど従軍していたリーダーは、戦場の空気を身に纏っているユーリィに、恐怖して、慄く。
それが、わずかな隙となった。
彼女は身を翻すと、チームメイトが使っていたサブマシンガンへと手を伸ばした。そして、何の躊躇もなく、その銃をこちらへ向けたのだ。
バララララッ!
帝国製のサブマシンガンを片手で撃っていた。
高速の連射性能を誇る銃は、それだけ反動が大きい。訓練しているものでも、片手で撃つようなことはしない。
それなのに彼女は、銃の反動をものともせず、正確に狙い定めてきている。
まるで、どこかで厳しい訓練を積んできたかのような、迷いのない射撃だった。
「っ!」
リーダーのAは、その場から飛び退った。
前転回避で銃弾を躱しながら、身近な瓦礫に身を潜める。そして、応戦するために彼女へと引き金を引く。
バララッ、バラララッ!
室内で銃弾が行きかう。
彼女は執拗に乱射してきて、こちらとの距離をどんどん詰めてくる。なんとか少女の動きを止めようと、リーダーは身を乗り出して狙いを定めようとする。
だが、その場所に彼女はいなかった。
「なっ、どこへ!?」
慌てているリーダーの、その背後に。彼女は迫っていた。
空になった弾倉を捨てながら、そのまま銃を鈍器のように構えると、無防備となっている脇腹へと叩きつけたのだ。
「ぐっ! ぐあぁ!」
ミシッ、と骨が軋む音が体内から聞こえた。
この身のこなしに、この腕力。
小柄な彼女の体の、どこにそんな力があるというのか。軍隊格闘術の女性教官を相手にしている気分だった。
「く、くそっ!」
リーダーは一度、緊急脱出することを決める。
自分を守るためにも、仲間を救うためにも、ここは身を引かなくてはいけない。足元に魔法陣を展開させて、『空間転移魔法』を発動。
一瞬の浮遊感のあとに、固い地面が両足に着く。
先ほど魔法陣を更新した廊下へと、瞬間移動していた。
「ま、まだだ!」
再び、リーダーは部屋の中へと向かった。
彼女を見つけ次第、残っている弾を全て叩きつけてやるつもりだった。
……だが、撃てなかった。
「う、うぅ」
仲間の呻き声が聞こえる。
彼女は部屋の真ん中で待っていた。チームメイトを盾にするように突き出して。
その手に握られた銃は、無情にもこめかみに突き立てている。
動いたら人質を撃つぞ、と無言で言っていた。
「く、くそっっ!!」
リーダーは激しい怒りを覚えた。
……そこまで! そこまでするというのか!
……人を盾にしてまで、戦いたいというのか!
「卑怯者が! お前は最低な人間だ!」
戦いの最中だというのに、リーダーは激しく罵倒する。
見た目は可憐な少女なのに、その本性はここまで醜いものなのか。
表情を凍らせて、感情を捨てて、彼女は人形のように佇んでいる。
「……」
彼女は無言を貫く。
片手に持ったサブマシンガンも微動だにしない。
一瞬の膠着状態。
チームメイトを人質にされて、リーダーもどうしたらいいのかわからなかった。
こんな非道なことから、早く仲間を助けたい。
それしか考えていなかった。
「……っ!」
だが。
彼女がこれから行うことを察してしまった彼は、心の底から絶望してしまった。人質の腰から新しい弾倉を取り出して、こめかみに突き付けている銃へと装填していく。
「おい、やめろ!」
リーダーは慌てて彼女を制するように叫んだ。
だが、少女は止まることはなかった。
彼女は人質に銃を押し付けたまま、引き金へと指を伸ばすと、ゆっくりと引き絞る。
「やめろーーーーーーーーーっ!」
リーダーの切望のこもった叫び声は、サブマシンガンの銃声にかき消されていった。
人質はそのまま真横へと吹き飛び、床へと崩れ落ちていく。
その非道な行動に体が固まっていると、いつの間にか彼女に懐へと潜り込まれていた。
銃を顎の下に当てられて、無表情の目でこちらを見つめる。
「……この、化け物が―」
それがリーダーの最後の言葉だった。
彼女はすでに、引き金を引いていた。
残っていた銃弾を全て吐き出すまで撃ち続けて、彼が動かなくなったことを確認すると、ようやく銃を下ろした。
その時の表情は、やはり感情のない人形のようであった。




