第21話 「二人で撃たれるか、一人を守るか」
「くっ」
ユーリィが狙われているとわかった時、シローはわずかに迷った。
……使うべきか。
自分の魔法を使ったほうがいいのか、シローは自らに問う。以前、不良たちのチームを圧倒したように、あの魔法を使えば、この難局を乗り越えられるかもしれない。
だが、そんな時だ。
不意に、あの男の笑みが思い浮かんだ。帝国軍の情報部所属、ザルモゥ中佐。彼が見ているかもしれない状況で、シローは魔法を使うことを酷く躊躇った。彼に『ホワイトフェザー』についての情報を与えてはいけない、と直感で悟る。
「……ならば」
シローはすぐさま思考を変えた。
今度は、迷わなかった。
ボルトアクションの銃では装填に時間がかかりすぎる。先ほどのように逃げ道があるならまだしも、部屋の中という密閉された場所では限られた選択肢しかない。
二人で撃たれるか、一人を守るか。
その選択肢の判断は、そう難しいことではない。
「……シローさん!?」
手にしていた銃を、その場で離した。
そして、自分が盾になるように彼女を抱きしめたのだ。
「し、シローさん! ダメです! このままじゃ―」
腕の中でもがく彼女を抱いたまま、その時が来るのを待つ。
……そして。
バララララララッ!
敵のサブマシンガンがフルオートで火を吹いた。
背中に激痛が走り、眩暈や吐き気まで込み上げる。
やがて、意識が混濁してきて、体に力が入らなくなった。
「……」
どさっ、と床に崩れ落ちた。
指も動かせないほど体が重く、視界も霞みはじめる。
……死ぬときは、こんな感じなのかもしれないな。
薄れていく意識の中で、シローはそんなことを思う。
これでランク戦も終わりだ。
降伏するか、ユーリィとゼノが倒されるか。どちらにしても、勝つことは難しいだろう。今回は負けてしまったが、この失敗は次の戦いに活かせばいい。
そう思っていた。
……だが。
……シローたちのランク戦は、まだ終わっていなかった。
「シローさん! シローさん!」
ユーリィが悲痛な声で叫ぶ。
ぐったりと倒れている彼を見て、恐怖に心が竦んでいた。
「しっかりしてください! 嫌です! お願いだから、目を開けてください!」
頭を抱えながら、目の焦点がどんどん虚ろになっていく。
過去の記憶が強烈に蘇り、今までの彼と過ごした時間が失われるような感覚に陥る。
思い出すのは、辛かった過去。
国境近くの街に流れ着いた後は、物乞いのような生活を送っていた。
だけど、以前の暮らしを考えたなら、そのほうが幾分かマシであった。道行く人に蔑まれても、まだ人として扱ってくれた。
彼女がそれまでいた場所は、窓もない暗い建物。そこには自分と同じ歳くらいの子供が大勢連れてこられて、毎日毎日たった一つの技術を教え込まれていた。
人を殺す、という技術を。
銃の扱い。
魔法の知識。
そして、魔術兵士との戦い方。
その目的のために教育されて、それ以外の価値はないと刷り込まれてきた。
だから、初めて自分のことを受け入れてくれた彼には、心から感謝していた。初めて女の子として見てくれて、彼のことを心から好きになった。
この人のためなら死んでもいいと、そう思うほどに。
「私を、……独りにしないでください!」
シローの体を揺すりながら、子供のように彼の名前を呼び続ける。
しかし、返事はない。
死人のように手足はだらんと垂れて、視線は薄く宙を見つめる。
いや、この時のユーリィにとっては。
彼が本当に死んでいると錯覚していた。
「いやーーーーーーーーっ!」
その部屋に悲鳴が響く。
半狂乱になりながらシローに泣きつく彼女のことを、敵チームの男ですら傍観することしかできなかった。
「……ろす」
だから、その言葉が彼女から出てきたことに、すぐには気がつかなった。
「殺して、やる」
ゆらりと、ユーリィが立ち上がる。
感情が抜け落ちた抜け殻のように、目は虚ろで、顔には生気がない。
黒髪の小柄な少女が焦点のあっていない目で睨みつける。
その光景に、敵チームの男は背筋を凍らせた。
人は、こんな表情になれるものなのか、と恐怖していたのだ。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、ころす、ころす、ころす、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス―」
かつて、帝国軍のスパイとして育てられたユーリィが、初めて本当の姿を見せていた。




