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第4話 「薄幸の黒髪少女」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 オルランド魔法学園の授業は、共通科目と専攻科目に分かれている。


 共通科目は、学年全体で受ける授業で、数学や歴史といった一般的な内容となっている。

 それとは別にある専攻科目とは、それぞれの専攻科に別れて受ける授業だ。


 《普通歩兵科アサルト》では、実技演習や訓練の割合が多い。重い装備を背負っての行軍や、集団での射撃訓練。机に座っての授業は少なく、体力勝負の専攻科である。


 そんな歩兵と真逆なのが、《衛生兵科メディック》だ。

 戦場での医者である衛生兵は、敵を倒すより仲間を救うことを求められている。そのため教室での授業が多く、実技演習は体力づくり程度に留められていた。女生徒の割合が多い唯一の専攻科であるためか、過酷な訓練はあまりない。


 そのふたつの専攻科の間にあるのが《狙撃兵科スナイパー》と《砲兵科カノン》だ。


 狙撃に必要なのは、訓練と経験。そして予測・・。自分の放った銃弾がどこに当たるのか。それは遠くを狙えば狙うほど、緻密な計算が必要となってくる。


 砲兵も同じように、広範囲の砲撃についての知識が求められる。《狙撃兵科》と《砲兵科》は、教室と演習場を行ったり来たりすることはいつもの風景だった。


「もう、夕暮れだな」


 シローは射撃場での授業の後、学園内に戻ってきていた。

 いつもなら真っ直ぐ男子寮へと帰るのだが、残って練習していたため、授業で使っていたスナイパーライフルを倉庫に戻す必要があった。

 学園の許可があれば、自分の銃を購入して使うことができるが、シローは学校の備品である銃を常に使用している。


「他の生徒も、ほとんど帰っているのか」


 シローは銃の入った細長い鞄を肩にかけながら、学園内をのんびりと見渡す。


 軍が管理している学園とはいえ、そこはやはり年頃の生徒が集まっている場所。放課後は、皆そろって思い思いの時間を過ごしている。

 空き教室でダラダラと喋ったり、街へ買い物へ行ったり。シャワールームの入り口からは女生徒たちの楽しそうな声が聞こえてきた。


 ……平和だな、とシローは感慨深く思った。

 数年前まで、隣の国と戦争をしていたとは思えないほどだ。


「喜ばしいことだ」


 誰にもわからないように、シローが笑う。あんな戦いなんて、無いほうがいいに決まっている。


 シローは銃の入った鞄を背負いなおし、学園の備品倉庫を目指す。

 中庭を通り、人の寄り付かないほうへと歩いていく。


 そんな時だった。

 ガンッと何かを叩くような音がした。


 それと同時に、複数の男たちの声が聞こえてくる。その威圧的な口ぶりは、昼間の食堂で聞いたばかりのものだった。


「おいっ、このチビ女! 聞こえているのか!?」


「ヘラヘラ笑っているんじゃねーよ!」


「この状況がわかっていのか!?」


 何事かと思い、シローは声のするほうへ顔を向ける。

 そして、校舎の陰になっている学園の裏側へと足を運び、そっと向こう側を窺った。


「……あ、あの、……乱暴はやめてもらえますか?」


 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 シローよりもはるかに小さい女の子。身長は150㎝もないだろう。おそらく中等部か、それより年下の少女。


 整った顔立ちに、くりっと大きな瞳。

 体つきも幼く、女性らしい膨らみはほとんど見られないが、何年かしたら誰もが振り返る美しい少女になる。そんな予感をさせる雰囲気を放っていた。


 だが、おかしなことに。

 幼く可愛らしい姿なのに、どこか儚げな印象が拭えなかった。


 この辺りでは珍しい黒色の髪。ちょうど肩口に整えられたボブカットが、彼女の薄幸とした印象を強くさせていた。


「……それに、その、……お財布を持っていません」


 その少女を囲んでいるのは、四人のガラの悪い男。

 昼間、食堂でシローに罵声を浴びせてきた男たちだった。少女は自分より体の大きい男に囲まれながら、丁寧な口調で答えている。


 そんな様子を見て、おやっ、とシローは違和感を覚えた。


 複数の男に囲まれた少女。

 人気のない場所で、助けも呼べない。

 それなのに彼女には、恐怖の表情がなかったのだ。自分より大きな男が威圧的に迫ってきたら、怯えてしまってもおかしくないのに。


「……あと、襲うのでしたら、もっと可愛い女の子のほうがいいと思います。私みたいに、いろいろと成長していない子を食べても、おいしくないですよ?」


 にこり、と少女は笑った。

 何かを諦めている笑顔だった。


 よく見ると、着衣が少し乱れている。制服のリボンタイがほどけていて、胸元がわずかに見えてしまっていた。乱暴されそうになっていたのが、すぐにわかった。


「……っ」


 シローは無言のまま、校舎の角から身を出した。


 銃の入った鞄を肩に下げて、音もなく進むと、少女へと迫っている男に声をかける。


「男が四人がかりで女の子に恐喝とは、あまりにも情けないだろう」


「あ?」


 シローに声をかけられた男がこちらを振り向く。

 確か、ギムガというこの四人のリーダー格の男だ。


「こんなところを教官に知られたら、どんな処罰が待っているかわかっているんだろうな?」


「ちっ、誰かと思ったら。……何か用か? 臆病者様よ!?」


 突然のシローの登場に、取り巻きたちも驚いた様子だったが、相手の顔を見てすぐに表情を変えた。にやにやと嫌味な笑みを浮かべながら、シローに迫ってくる。


「おいおい、臆病者。こんなところでヒーロー気取りか?」


「お友達はいないようだな。たった一人でこんなところに来るなんて、お前ツイてないな」


 取り巻きたちの一人は、きょろきょろと辺りを見渡す。

 たぶん、ゼノがいないことを確認しているのだろう。シローが一人でいることに安心して、余裕の態度をみせる。


「お前たちには食堂で恥をかかされたからな。たっぷりとお礼をしてやるぜ」


「へへへ。泣いても許してやらねぇからな」


「腕の一本くらい覚悟しろよ」


 取り巻きたちが近寄ってくる。

 しかし、シローは逃げようとしない。肩のバッグを背負いなおすと、男たちへ冷たい視線を向ける。

 その瞳はとても穏やかで、怖いくらい真っ直ぐだった。


「おらっ! ここに来たことを後悔するんだな!」


 取り巻きの一人が殴りかかってくる。

 腕を振り上げた、大振りの拳だ。

 こちらの顔面を狙っているのだろうが、動作は単純で、考え方も稚拙だ。

 ……素人め。


「っ!」


 シローは顔面に向かってきた拳に軽く手を添えると、受け流すように横から力を加える。それだけで男の腕は大きく逸れて、あらぬ方へと向かっていった。

 そして、そこにできた隙に、銃の入った鞄を振りぬいた。


「がふっ!」


 男の脳を激しく揺らした一撃は、それだけで気絶させるのに十分だった。


「なっ!?」


「こ、この野郎!」


 地面に崩れ落ちた仲間を見て、二人の取り巻きも殴りかかってくる。


 だが、やはり。

 その動きには精緻さが欠けている。


「っ!」


 シローは無駄な動きを見せることなく、男たちの攻撃をかわしてみせる。

 勢いを逸らせて、無防備になった取り巻きたち。そんな彼らに、シローの重い一撃が襲い掛かる。銃の入った鞄を振り下ろし、鈍い音を立てて男たちが地面に倒れていく。


「がっ!」


「げふっ!」


 次々と倒されていく取り巻きの男たち。


 そんな一瞬の出来事に、リーダー格の男はまだ何が起きているのか理解できていないようだった。呆然と立ち尽くす男に向かって、シローは鞄の中から銃を取り出して、その銃口を向ける。


「ひっ!」


 ギムガが悲鳴のような声を漏らした。

 もはや逃げることもできない絶体絶命の状況。だが、あることを思い出した彼は、無理やりにでも笑顔を浮かべようとする。


「は、ははっ。……お、俺に銃を向けても無駄だぜ」


 その言葉に、シローは答えない。


「だ、だってよ。お前は『臆病者』だからな! 怖くて人を撃てないんだろう! ランク戦でも銃を撃てない奴が、俺を撃てるわけがない!」


 それは、彼にとっては真実だった。


 いくら銃口を突きつけられても、撃てないのでは意味がない。

 そう思っていた。


 だが―


「なら、試してみるか?」


「へ?」


 ギムガから余裕が消える。


 シローは真っ直ぐに彼のことを見ていた。

 敵意も、殺意もない。凍ったような感情。命を奪うことに、何も感じていないように。


 ……それは、人が害虫を殺す時のようだった。


「ひ、ひぃ!」


 彼は恐怖する。

 目の前の男にとって、自分は虫でしかないのだと。その程度の存在なのだと理解させられる。


 ……殺される。

 ……この男に、殺されてしまう。


 実戦訓練でも、ランク戦でも感じたことのない感覚に。命を鷲掴みにされているような恐怖に。

 男は何もできず、屈服した。


「ひ、ひいいっ!」


 ……人間じゃない!

 ……どんな経験をしてきたら、あんな目できるんだ!


 そんなことを胸の中で思いながら、脱兎のごとく逃げていった。気絶している仲間の取り巻きたちを置き去りにして。

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