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第30話 「山岳戦」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 学園ランク戦は、四人チームでの殲滅戦である。

 相手チームの全員を戦闘不能にするか、降伏させれば勝利となる。


 使用する銃弾は、ランク戦仕様の模擬弾。人体への安全が保障されており、頭などの急所を撃たれても気絶程度で済むようになっている。

 

 だが、魔法を併用した場合はこの限りではない。ミリアの『爆炎魔法ボルケーノ』が良い例で、銃弾そのものの威力より、魔法のほうが脅威となることも多い。ただし、その場合は相手に傷害を与えないくらいの威力を学園側から求められている。監督する教官が、魔法の危険使用だとみなしたら、その場で反則負けとなってしまう。


 ランク戦で使用する銃は、生徒が自由に選んでよい。

 シローのように学校の備品で済ませるものもいれば、こだわりのカスタマイズを施した愛銃を担ぐものもいる。学園側の許可さえあれば、私物の改造銃も認めているあたりが、それぞれの得意分野が異なっている魔法学園らしいルールだ。


「……一人だけの戦場か」


 シローが呟く。

 ランク戦の当日。今回のフィールドである山岳地帯の片隅に、彼は片膝をついて座っていた。ランク戦の合図があるまで、開始地点で待機をしなくてはいけない。


 いつもなら、ゼノと下らない話をしていた。

 最近だったら、ユーリィとミリアに作戦の確認をしている時間でもあった。


 しかし、今日は。

 シローの他には誰もいない。

 たった一人で、今回のランク戦に勝利する覚悟を固めていた。


「……久しぶりだな。一人で戦うのは」


 肩にかけたスナイパーライフルに触れながら、昔を思い出すように遠くを見つめる。


 ……いつだって、一人だった。

 ……戦場では、仲良くなった人間が前触れもなく消えてしまう。一緒に朝食を食べていたのに、夕食の時にはいなくなっている。そんなことが毎日のようにあった。

 ……親しい友人が消える。それが耐えられなくて、一人で戦うことを選んだ。

 ……この狙撃銃、『ニヴルヘイム』と共に。


 パンッ、と乾いた音が響いた。

 それと同時に、白い煙が青空へ昇っていく。

 ……さぁ、開戦だ。


「いくか」


 シローは慣れ親しんだ愛銃を握りしめて、立ち上がる。

 その手は、まったく震えていなかった。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「おい、聞いたか? 相手チームのことを」


「あー、聞いた聞いた。『臆病者』だけで、俺たちと戦うっていうんだろう?」


「ははっ、馬鹿な奴さ。あの時のことが、よほど頭にきたんだろうな」


 男たちは山岳地帯をゆっくりと前進している。

 そんな中、チームリーダーであるギムガは、取り巻きたちに声をかけた。


「どうやら、あの『臆病者』は身の程もしらないようだな。たった一人で、何ができるって言うんだ」


「へへっ、違いない」


「頭がおかしいんだよ」


「あぁ、イカれてやがる」


 取り巻きたちも、シローのことを馬鹿にするように軽口を返した。


 彼らの、学園ランキングは61位。

 その順位は中堅に位置するが、それまでの勝利のほとんどが、脅迫や学校外での襲撃によるもの。実際の実力は、それほど高いものではなかった。


 四人とも《普通歩兵科アサルト》の所属。

 使用する銃は、帝国製ライフルの『クロコダイルAK』。銃の性能は高く、価格も簡単には手を出せない代物。学園の備品ではなく、彼らの私物の銃であるが、それも恐喝して得た金銭で揃えたものだった。


 装備だけは充実している。

 だが、彼らの訓練度は目も当てられないほど低かった。

 木々の生えていない、岩と山肌だけの斜面。視界の開けた場所だというのに、周囲警戒もしていないのだ。ライフルを勇ましく担いでいるが、それでは初期動作が遅れてしまい、後手に回ることを理解していないのが見てわかる。

 簡単に言ってしまえば、……ただの的でしかなかった。


「おい、ギムガ。なんだったら、何か賭けないか?」


「あん? 賭けるって、何をだよ」


 怪訝な顔を浮かべるリーダーに、取り巻きの一人が言った。


「女だよ。あの『臆病者』を仕留めたらさ、今度こそ奴の女を奪いに行こうぜ。黒髪の女と、ピンクの女。二人いるだろう」


 にやり、とその男が笑う。


「あいつを始末したら、どちらかの女をくれよ。……俺、小さい女の子を虐めるのが趣味でさ。特に、あの黒髪の子? なんか幸薄そうな顔しているし、あの『臆病者』にマジで惚れているみたいだしさ。ああいう一途な女を無理やり奪って、この俺に服従させたいわけよ」


「うわっ、出たよ~」


「ははっ、サイテーだな」


 男たちは不愉快な笑い声を上げる。


「なぁ、いいだろう? いつも俺の魔法『麻痺魔法パラサイト』を使っているんだ。たまには、俺にも甘い汁を吸わせてくれよ」


「へへっ、そういうことか。好きにしろ」


 ギムガも気味の悪い笑みを浮かべる。


「俺は、あの『臆病者』を地面に這いつくばらせれば、それで満足なんだよ。……いっそのこと、事故に見せかけて殺してしまうか? 崖から足を滑らしたってことにすれば、誰にもわからないぜ」


「おぉ、名案だぜ!」


「さすがギムガ! 冴えている!」


 ははは、と男たちは大声で笑った。

 彼らの声は、山岳地帯に響き渡っていく。


「へっへっへ、それじゃ『臆病者』を捕まえて、崖へと連れていかなくちゃ―」


 取り巻きの一人が、意気揚々と先頭へと躍り出た。『麻痺魔法パラサイズ』を使ってミリアを苦しめて、ユーリィに危害を加えると言った男は、へらへらと笑いながら視界の開けた場所へ飛び出す。


 その瞬間だった。

 何の前触れもなく、男の首がおかしな角度に曲がった。

 まるで見えない何かに殴られたかのように、頭が真横に捻じれて、そのまま体も山肌へと傾いてく。

 そして、チームメイトが気づいたころには、男の体は斜面へと転がり落ちていた。


「は?」


「え?」


「おい、どうした?」


 何が起きたのか、彼らは理解できなかった。

 周囲には誰もいない。

 誰かに撃たれたわけでもなく、それどころか銃声すらしなかった。


「な、なにが起きたんだ―」


 他の取り巻きが、恐る恐る自分の銃を構える。


 だが、次の瞬間。

 その男の腕に、遥か遠方より放たれた銃弾が直撃した。


「がぁ!」


 鋭い激痛に、男は悲鳴を上げる。


 そして、その数秒後に。

 パンッと小さな銃声が遠くから聞こえた。

 そんな状況になって、彼らはようやく現状を把握したのだった。


「そ、狙撃だ! 狙撃されているぞっ!」


「馬鹿な! 銃声が聞こえるまで、何秒あったと思うんだ!」


「とにかく伏せろ! 狙い撃ちにされるぞ!」


 彼らは怯えながら、その場に這いつくばる。

 チームのリーダーであるギムガも、何をしたらいいのかわからず、ただ震えることしかできなかった。


 長距離からの狙撃。

 どこから撃たれたのかすらわからない。

 その恐怖に、彼らの心は蝕まれていく。

 


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