第3話 「金槌の入れ墨(スレッジハンマー)」
「おい、見ろよ! こんなところにいたぜ、臆病者が!」
シローとゼノがそちらへ顔を向けると、ガラの悪い四人の男がこちらを見下ろしていた。制服をだらしなく着崩して、ヘラヘラと気持ち悪い笑みを浮かべている。
「よう、『臆病者』! 今日も負けたんだっけな!?」
「しかも、相手は中等部のガキだっていうじゃねぇか!」
「うわっ! ダセーッ!」
彼らはシローの周りを囲むと、なじるように罵声を浴びせてきた。
ここが実力主義の魔法学園だけあって、こういったガラの悪い連中は少なくない。奴らは手頃なカモを見つけると、気が済むまで悪口を言ってくる。恐喝や脅迫など、別に珍しいことではなかった。
「はっはっは! このチキン野郎! 今日も銃を撃てなかったのか!?」
「さすがは臆病者のスナイベルだ!」
「お前みたいな奴が、なんで学園にいるんだよ!」
「さっさと辞めろよ! このクズが!」
聞いているだけで気分が悪くなってくる内容である。
だが、そんな悪口を前にしても、シローの表情は穏やかであった。食後のコーヒーに口をつけながら、まるで彼らのことを気にしない。
そのことが気に障ったのか、彼らのリーダー格の男が急に大声を上げた。
「おい! 聞いているのか、この野郎!」
ガンッ、とテーブルを蹴り倒す。
床に落ちた食器が一斉に割れて、近くにいた女生徒が小さな悲鳴を上げた。
それでも、シローは何も言わない。
テーブルが倒れた食堂の席で、静かにコーヒーカップを傾ける。
「くそっ! 気に入らねぇ! こっちを向けよ、臆病者!」
突然、シローの胸倉が掴まれた。
コーヒーカップが指から離れ、地面に黒い染みができる。その時になって、初めてシローは男の方を見る。氷のように冷たい視線で。
「ひゃっはっは! ギムガ、やっちまえ!」
「見ろよ! こいつ怖くて何も言えないみたいだぜ!」
ギムガと呼ばれたリーダー格の男を中心に、取り巻きたちが騒ぎ出す。いつもは適当に無視をしていれば去っていくのだが、今日はどうにもしつこい。
……仕方ない、やるか。
シローは連中へと視線を向けながら、両手に意識を集中させる。血の流れと同じように、体内を駆け巡る魔法の脈絡。それを両手に集中させて、魔法陣を展開させようとする。
どくん、どくん、と魔力が脈を打ち。
チチチィ、と空気が震えていく。
まさに、その時だ。
それまで黙っていた友人のゼノが、ゆっくりと口を開いた。
「おい、てめぇら。俺の目の前で何をやっているんだ?」
両手を後頭部に当てて、傲慢な態度で問いかける。
それだけで、この場に緊張が走った。
鋭い視線を放つゼノを見て、取り巻きたちは一瞬だけ怯む。だが、リーダーのギムガだけは因縁をつけるように睨んできた。
「なんだ、お前は? 部外者はすっこんでろ」
「部外者じゃねーよ。こいつは俺のダチだ」
ゼノも静かに睨み返す。
「お前らは、こいつが弱いと思って喧嘩を売っているのか? だったら止めておけ。お前らが束になっても、シロには勝てねぇよ」
「あ? こいつは万年最下位の臆病者だぞ?」
「今はな。だけど、俺たちはすぐにこの学園のトップになる。お前たちのランキングがどれくらいかは知らねぇが、シロがいる限り、絶対に一番にはなれねぇぞ?」
ゼノの挑発するような言い方に、ギムガはムキになって反論する。
「ははっ、何を言っている。学園のトップだと? 馬鹿らしい」
シローの襟首から手を離すと、今度はゼノへと詰め寄っていく。
「そんなに偉そうなことを言うんだったら、まずはお前が一番になってみせろ! この魔法学園は力こそ全て! お前に、それができるのかよ!」
敵意の込められた視線。しかし、ゼノはまるで屈しない。
ぐいっ、と襟を掴まれようとも、静かに闘志を燃やしている。首に彫られた金槌の入れ墨があらわになる、その瞬間まで。
そして、後ろにいた男たちに、……動揺が走った。
「く、首に金槌の入れ墨!?」
「まさか、コイツは!?」
取り巻きの男たちが焦ったように口走る。
「は? 何をそんなに慌てているんだ?」
「ギ、ギムガ! お前、この男を知らないのか!?」
男はゼノの襟を掴んだまま、取り巻きへと振り返る。
その視線の先にいる男たちは。
……全員、恐怖に脅えていた。
「そ、そいつは、……ゼノ・スレッジハンマーだ!」
「俺たちと同じ高等部二年の、……《普通歩兵科》の学年主席だぞ!」
取り巻きの男たちは、ゼノの首へと視線を注ぐ。
そこに彫られた入れ墨、……大きな金槌を見て、驚愕している。それはリーダー格の男、ギムガと同じであった。
「こ、コイツが、学年主席だと!?」
「俺たちの学年で一番強い―」
「《普通歩兵科》の男―」
それまで辺りを包んでいた緊張感が、一気に萎んでいくのがわかる。
ゼノ・スレッジハンマー。
彼は《普通歩兵科》の学年主席である。実力主義の魔法学園において、学年主席ということは、その学年で一番強いことを指す。
「な、なんで、学年主席の男が『臆病者』と手を組んでいるんだ!?」
「し、知らねぇよ!」
ギムガと取り巻きたちは、それまでの勢いが嘘だったように、一歩二歩と下がっていく。
そんな彼らを見て、ゼノは鼻で笑う。
「おいおい。さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
「う、うるせぇ!」
男たちは後ずさりをしながら、懸命に虚勢を張る。
そして、ゼノの存在感に押されるまま、その場から離れていった。
「くそ、面白くねぇ! 帰るぞ!」
「おい、待ってくれよ。キムガ!」
逃げるように学生食堂から姿を消していく男たち。
そんな彼らを見て、ゼノが舌打ちしながら悪態をつく。
「ちっ! クズ共が」
口を曲げたまま、不機嫌そうに唸る。
思わぬ形で男たちが退いたため、シローは意識を向けていた両手から力を抜く。それと同時に、高まっていた魔力の流れが消えていった。
「ゼノ、悪いな。面倒ごとを肩代わりしてもらって」
「あ? まぁ、俺が出しゃばらなくても、別に問題はなかっただろうがな」
ちらり、とシローの構えられた手を見る。
この学園に入学する前からの知り合いであるゼノは、シローの魔法がどういったものなのか知っていた。知っていて、顔をしかめた。
「なぁ、ゼノ。別に俺と組まなくてもいいんだぞ?」
「突然、どうした?」
ゼノが怪訝な顔を浮かべる。
「いや、俺みたいに銃の撃てない奴じゃなくて、他のチームに入れてもらったらどうだ? 学年主席のお前なら、もっと上位のチームにだって入れるだろう」
「はっ! 何を言うと思ったら!」
ゼノが盛大に鼻で笑う。
「なぁ、シロ。俺は仲良しごっこで、お前と一緒にいるわけじゃねぇぞ。お前の実力を買っているから、このチームにいるんだぜ」
「だが、俺は銃を撃てない」
「撃てないわけじゃない。撃たないだけだろう?」
にやり、とゼノが笑う。
「さっきも言ったが、シロがその気になれば、この学園のトップも夢じゃない。俺はそこに賭けているんだ」
「……賭ける、って何を?」
「もちろん、男としての生き様だっ!」
ぐっ、と親指を立てる
シローは何て答えたらいいのかわからず、そのまま黙ってしまう。
「とは言え、このまま最下位ってのも気に入らねぇな」
「どうする気だ?」
嫌な予感がする、とシローは直感した。
「決まっているだろう! 俺たちが勝てないのは仲間がいないからだ! だから、新しい仲間を探しにいこうぜ!」
「……仲間って、ミリアを部屋から引っ張ってくるのか?」
シローは学生寮で引きこもっている、もう一人のチームメイトを思い出す。
「違う。新しい仲間さ。学園中を探せば、どこかにいるかもしれねぇじゃないか! 俺たちの仲間になってくれる奴が!」
ゼノは勢いよく立ち上がると、シローに向けて指を差す。
「いいか! 次のランク戦までに、新しい仲間を見つけるんだ! とりあえずの目標は、最下位の脱出だからな!」
その勢いのまま、ゼノは食堂を出ていってしまった。
残されたシローは、散らかっているテーブルや食器の破片を片付けて、午後の授業へと向かうことになった。




