表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/422

第29話 「学園の屑」


「……は、ははっ。……おいおい、今頃になって登場か? ヒーローさんよ」


 ギムガはシローに首を掴まれたまま、引きつった笑みを浮かべる。


「遅すぎるんだよ。こんな状況になるまで出てこないなんて、やっぱりお前は本当に臆病もの―」


「黙れ。今の俺は機嫌が悪い」


 シローは握った手に力を込めながら、その男を睨みつける。

 敵意なんて生易しいではなく、それ以上の感情が込められていた。


「今すぐ、ユーリィから離れろ。さもなければ、首から上を消し飛ばすぞ」


 その目は、嘘をついていなかった。

 この男が言う通りにしなければ、間違いなくシローは手を下すだろう。例え、犯罪者の身を落とそうとも、ユーリィを守る。それだけの覚悟があった。


 何より、目の前の男は知りもしないだろうが、シローの魔法は、首から上を消すことなど簡単にできるのだった。……むしろ、そのことに特化した魔法といってもよい。


「……ちっ」


 ギムガは冷や汗をにじませながら、ユーリィから手を引いた。

 彼女を踏みつけていた足を上げて、ゆっくりとシローのことを睨みつける。その光景を見て、取り巻きたちもミリアのことを解放する。


「……っ」


 二人から離れる男たちを見て、シローも黙って手を引いた。

 それでも空気が張りつめるような緊張感が走ったままだ。シローとギムガたちは無言のまま、激しく視線を交わす。


「へ、へへっ」


 そんな緊迫とした空気を破ったのは、ギムガの人を馬鹿にしたような笑い声だった。


「それで? この後は、どうする気なんだ? まさか、俺たちのことを通報しようとでも思っているのか? そんなこと無駄だと知っているだろう?」


 ギムガが勝ち誇ったように笑う。

 魔法犯罪の難しさは、その立証にあった。

 今回のように、当事者以外の目撃がない場合は、本当に魔法を使用したのか証明のしようがないからだ。だからこそ、魔法の才を持つものを学園に集めて、管理・教育をしているのだ。


「……消えろ。もう、二度と視界に入ってくるな」


 シローもそのことを理解していた。

 彼が現役の軍人であることを明かせば、一定の信頼性を得ることはできるだろうが、それよりもユーリィとミリアの安全を確保したいと考えていた。

 だが、そんなシローを嘲笑うように、ギムガたちは陰湿な笑みを浮かべる。


「へっ、そうはいかないんだよ。……なぁ、お前は知っているのか? 次のランク戦の相手が誰なのかを」


「……なに?」


 シローが片眉を上げると、奴らは余裕のある笑みを浮かべる。


「俺たちだよ。明後日のランク戦、俺たちがお前らの相手さ」


「へへへ、可哀想に」


「こんな怪我じゃ、ランク戦どころじゃないよな」


 シローは驚きに目を丸くさせる。

 それと同時に、彼らがなぜ今頃になって報復に来たのかを納得した。


 ランク戦の勝敗で決まる『学園ランキング』。

 実力主義のオルランド魔法学園では、そのランキングは生徒間の序列を意味する。そのため、ランク戦で勝つためには手段を選ばない者たちもいるのだ。休日の学園外で襲撃したり、まともに戦えないように精神的に追い詰めたり。


 つまり、目の前にいる奴らは。

 そんなことをしてランキングを上げてきた、学園の屑であった。


「……貴様ら!」


「おー、怖い怖い。そんなに睨みつけるなよ」


 ギムガたちは、へらへら笑いながらシローを蔑む。


「ランク戦、楽しみにしているぜ。精々、俺たちを楽しませてくれよ。『臆病者』さんよ」



――◇――◇――◇――◇――◇―



 夜の男子学生寮。

 シローは自分の部屋のベッドに浅く腰を掛けている。

 その相向かいには、ゼノが壁に寄りかかって腕を組んでいた。


「そんなことがあったのか」


「……あぁ」


 ゼノの問いにわずかに頷く。


 今、この部屋にいるのは二人だけだった。ユーリィとミリアはそのまま学園の保健室に運んでもらい、今日一日は学園に泊まることになっていた。あの二人の怪我や精神的な苦痛は、決して軽いものではないだろう。


「……ミリアの具合はどうだ?」


 シローが尋ねて、ゼノが答える。


「後遺症はないだろうって、リーシャが言っていたぜ。今晩は付きっきりで看病をしてくれるそうだ」


「そうか。……頼りになるな」


「ははっ、そうだろう」


 ゼノは、自分が褒められたかのように笑った。


 リーシャ・ナハトムジークは《衛生兵科メディック》である。

 彼女の魔法『癒しの魔法アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、心の傷を癒す魔法だった。穏やかな眠りと共に、心に刺さった棘を抜いていく。良い夢を見て、明日になれば、気分も楽になっているだろう。


「それにしても、奴らが次のランク戦の相手だとはな」


 ゼノがぼりぼりと頭をかく。

 ユーリィの負傷に、ミリアの精神的な疲労。明後日ということを考えると、二人とも参加することは難しいだろう。


 だが、それ以上に。

 あんな卑劣な手を使う連中に負けたくない、という気持ちが強くなっていた。


「俺とシロだけか。奴らのランキングがどれくらいなのか知らねぇが、まともに戦っても勝ち目は薄いぞ」


「あぁ、わかっている」


 自分の前で組んだ両手をじっと見つめる。

 腸が煮えくり返りそうなほど怒りが沸いてくるのに、その心はどこまでも冷静であった。物静かに、そして冷徹に。氷のような思考をもって、次のランク戦について考える。

 そして、シローがぽつりと言った。


「……なぁ、ゼノ。頼みがあるんだが」


「あ? なんだ?」


 ゼノがこちらを向くのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。


「次のランク戦だが、……俺一人でやらせてくれないか」


 瞬間、ゼノの目が見開かれた。

 彼とは長く付き合ってきたが、そんな表情をするのは随分と久しぶりな気がした。


「おい、シロ。それがどういう意味かわかっているのか?」


「あぁ、もちろんだ」


 シローは静かに両手を握る。

 その手は、わずかの震えもなかった。

 過去のトラウマが枷となって、ランク戦では引き金を引けなかったシローが、たった一人で奴らに立ち向かうというのだ。


「……そうか。だったら、もう何も言わねぇよ」


 ゼノはそれだけ言うと、シローの部屋から出ていった。


 多くを語らず、無駄な忠告もしない。

 言葉は、重ねるだけ無粋になることもある。

 そのことがわかっているから、ゼノは友人に何も言わない。


 戦場で背中を預けるような、絶対的な信頼関係。

 それが何とも心地よい。


「……」


 シローはベッドから立ち上がると、そのままベッドの下へと手を入れた。

 そして、そこに隠してあるものを引っ張り出す。


 それは細長い鞄であった。

 四隅を頑丈に補強されていて、鞄自体も高級な素材で作られている。全体を黒色で覆われたそれは、一見すると楽器のケースバックにも見えるが、中に入っているものは音楽とは程遠いものだった


「……また、こいつを使うときがくるとはな」


 シローは無表情のまま鞄を開けた。


 そこにあったのは、……ひとつの銃だった。

 長い銃口に、無骨な引き金。

 やや華奢な印象を与えるその銃は、遠くの敵を倒すためのスナイパーライフル。銃全体が白色に覆われていて、細部にまで職人の手が入った装飾が施されている。


 銃のストックには、共和国の紋章が。

 そして銃身には、まだ別の模様がつけられていた。

 臆病者を意味する『鶏の白い羽ホワイトフェザー』。世界にひとつしかないこの銃を使用するものへ、銃職人から送られた言葉でもあった。


「……っ」


 その白い銃を取り出して、無造作に構える。


 数年間、握っていなかったとは思えないほど、しっくりと指に馴染んだ。

 それほどまでに、この銃を握りしめては敵を撃ってきたのだ。


「……ユーリィ」


 この部屋にいない敵のことを考えながら、シローは引き金に指を伸ばす。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ