第29話 「学園の屑」
「……は、ははっ。……おいおい、今頃になって登場か? ヒーローさんよ」
ギムガはシローに首を掴まれたまま、引きつった笑みを浮かべる。
「遅すぎるんだよ。こんな状況になるまで出てこないなんて、やっぱりお前は本当に臆病もの―」
「黙れ。今の俺は機嫌が悪い」
シローは握った手に力を込めながら、その男を睨みつける。
敵意なんて生易しいではなく、それ以上の感情が込められていた。
「今すぐ、ユーリィから離れろ。さもなければ、首から上を消し飛ばすぞ」
その目は、嘘をついていなかった。
この男が言う通りにしなければ、間違いなくシローは手を下すだろう。例え、犯罪者の身を落とそうとも、ユーリィを守る。それだけの覚悟があった。
何より、目の前の男は知りもしないだろうが、シローの魔法は、首から上を消すことなど簡単にできるのだった。……むしろ、そのことに特化した魔法といってもよい。
「……ちっ」
ギムガは冷や汗をにじませながら、ユーリィから手を引いた。
彼女を踏みつけていた足を上げて、ゆっくりとシローのことを睨みつける。その光景を見て、取り巻きたちもミリアのことを解放する。
「……っ」
二人から離れる男たちを見て、シローも黙って手を引いた。
それでも空気が張りつめるような緊張感が走ったままだ。シローとギムガたちは無言のまま、激しく視線を交わす。
「へ、へへっ」
そんな緊迫とした空気を破ったのは、ギムガの人を馬鹿にしたような笑い声だった。
「それで? この後は、どうする気なんだ? まさか、俺たちのことを通報しようとでも思っているのか? そんなこと無駄だと知っているだろう?」
ギムガが勝ち誇ったように笑う。
魔法犯罪の難しさは、その立証にあった。
今回のように、当事者以外の目撃がない場合は、本当に魔法を使用したのか証明のしようがないからだ。だからこそ、魔法の才を持つものを学園に集めて、管理・教育をしているのだ。
「……消えろ。もう、二度と視界に入ってくるな」
シローもそのことを理解していた。
彼が現役の軍人であることを明かせば、一定の信頼性を得ることはできるだろうが、それよりもユーリィとミリアの安全を確保したいと考えていた。
だが、そんなシローを嘲笑うように、ギムガたちは陰湿な笑みを浮かべる。
「へっ、そうはいかないんだよ。……なぁ、お前は知っているのか? 次のランク戦の相手が誰なのかを」
「……なに?」
シローが片眉を上げると、奴らは余裕のある笑みを浮かべる。
「俺たちだよ。明後日のランク戦、俺たちがお前らの相手さ」
「へへへ、可哀想に」
「こんな怪我じゃ、ランク戦どころじゃないよな」
シローは驚きに目を丸くさせる。
それと同時に、彼らがなぜ今頃になって報復に来たのかを納得した。
ランク戦の勝敗で決まる『学園ランキング』。
実力主義のオルランド魔法学園では、そのランキングは生徒間の序列を意味する。そのため、ランク戦で勝つためには手段を選ばない者たちもいるのだ。休日の学園外で襲撃したり、まともに戦えないように精神的に追い詰めたり。
つまり、目の前にいる奴らは。
そんなことをしてランキングを上げてきた、学園の屑であった。
「……貴様ら!」
「おー、怖い怖い。そんなに睨みつけるなよ」
ギムガたちは、へらへら笑いながらシローを蔑む。
「ランク戦、楽しみにしているぜ。精々、俺たちを楽しませてくれよ。『臆病者』さんよ」
――◇――◇――◇――◇――◇―
夜の男子学生寮。
シローは自分の部屋のベッドに浅く腰を掛けている。
その相向かいには、ゼノが壁に寄りかかって腕を組んでいた。
「そんなことがあったのか」
「……あぁ」
ゼノの問いにわずかに頷く。
今、この部屋にいるのは二人だけだった。ユーリィとミリアはそのまま学園の保健室に運んでもらい、今日一日は学園に泊まることになっていた。あの二人の怪我や精神的な苦痛は、決して軽いものではないだろう。
「……ミリアの具合はどうだ?」
シローが尋ねて、ゼノが答える。
「後遺症はないだろうって、リーシャが言っていたぜ。今晩は付きっきりで看病をしてくれるそうだ」
「そうか。……頼りになるな」
「ははっ、そうだろう」
ゼノは、自分が褒められたかのように笑った。
リーシャ・ナハトムジークは《衛生兵科》である。
彼女の魔法『癒しの魔法』は、心の傷を癒す魔法だった。穏やかな眠りと共に、心に刺さった棘を抜いていく。良い夢を見て、明日になれば、気分も楽になっているだろう。
「それにしても、奴らが次のランク戦の相手だとはな」
ゼノがぼりぼりと頭をかく。
ユーリィの負傷に、ミリアの精神的な疲労。明後日ということを考えると、二人とも参加することは難しいだろう。
だが、それ以上に。
あんな卑劣な手を使う連中に負けたくない、という気持ちが強くなっていた。
「俺とシロだけか。奴らのランキングがどれくらいなのか知らねぇが、まともに戦っても勝ち目は薄いぞ」
「あぁ、わかっている」
自分の前で組んだ両手をじっと見つめる。
腸が煮えくり返りそうなほど怒りが沸いてくるのに、その心はどこまでも冷静であった。物静かに、そして冷徹に。氷のような思考をもって、次のランク戦について考える。
そして、シローがぽつりと言った。
「……なぁ、ゼノ。頼みがあるんだが」
「あ? なんだ?」
ゼノがこちらを向くのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「次のランク戦だが、……俺一人でやらせてくれないか」
瞬間、ゼノの目が見開かれた。
彼とは長く付き合ってきたが、そんな表情をするのは随分と久しぶりな気がした。
「おい、シロ。それがどういう意味かわかっているのか?」
「あぁ、もちろんだ」
シローは静かに両手を握る。
その手は、わずかの震えもなかった。
過去のトラウマが枷となって、ランク戦では引き金を引けなかったシローが、たった一人で奴らに立ち向かうというのだ。
「……そうか。だったら、もう何も言わねぇよ」
ゼノはそれだけ言うと、シローの部屋から出ていった。
多くを語らず、無駄な忠告もしない。
言葉は、重ねるだけ無粋になることもある。
そのことがわかっているから、ゼノは友人に何も言わない。
戦場で背中を預けるような、絶対的な信頼関係。
それが何とも心地よい。
「……」
シローはベッドから立ち上がると、そのままベッドの下へと手を入れた。
そして、そこに隠してあるものを引っ張り出す。
それは細長い鞄であった。
四隅を頑丈に補強されていて、鞄自体も高級な素材で作られている。全体を黒色で覆われたそれは、一見すると楽器のケースバックにも見えるが、中に入っているものは音楽とは程遠いものだった
「……また、こいつを使うときがくるとはな」
シローは無表情のまま鞄を開けた。
そこにあったのは、……ひとつの銃だった。
長い銃口に、無骨な引き金。
やや華奢な印象を与えるその銃は、遠くの敵を倒すためのスナイパーライフル。銃全体が白色に覆われていて、細部にまで職人の手が入った装飾が施されている。
銃のストックには、共和国の紋章が。
そして銃身には、まだ別の模様がつけられていた。
臆病者を意味する『鶏の白い羽』。世界にひとつしかないこの銃を使用するものへ、銃職人から送られた言葉でもあった。
「……っ」
その白い銃を取り出して、無造作に構える。
数年間、握っていなかったとは思えないほど、しっくりと指に馴染んだ。
それほどまでに、この銃を握りしめては敵を撃ってきたのだ。
「……ユーリィ」
この部屋にいない敵のことを考えながら、シローは引き金に指を伸ばす。




