第28話 「連れていかれた少女と、追いかける少女」
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薄暗い路地裏。
昼間なのに陽の光が当たらない場所に、四人の男と、一人の少女がいた。男たちに体を押さえつけられていて、その少女は恐怖に震えている。
それに対して、男たちの顔は最悪だった。
嬉々として獲物を貪ろうとする、歪んだ笑み。ミリアのことをじっくり舐めるように見ては、どうやって楽しもうかと考えていた。
「へへっ、本当にいい女だぜ」
彼らのリーダーである男が、彼女の豊かな胸を見つめながら言った。
その男の名前は、ギムガ。
入学したころのユーリィを恐喝しようとしたり、食堂でシローたちと騒動になったりと、何かと騒動を起こしている男だった。そして、シローに恨みを持っている男でもある。
「ははっ。恨むんだったら、あの『臆病者』を恨むんだな。俺たちを馬鹿にしたらどうなるか、あいつに教えてやらないとな」
ギムガはミリアへと顔を近づけると、臭い息を吹きかける。
「それにしても、あの野郎。いい女を連れているじゃないか。……へへっ、俺好みだ」
「おいおい、ギムガ。あまり無茶するなよ」
「そうだぜ。この間の女だって、すぐに使い物にならなくなったじゃないか」
男たちの会話に、ミリアの心がどんどん恐怖に支配されていく。
なんとか逃げようと体を捩るが、男たちに腕力の前では無意味であった。
「―んっ! ――んん!」
「おいおい、この女。逃げようとしているぜ」
「ひゃはは、可哀想に。これから自分がどうなるか、教えてやろうじゃないか」
ギムガは彼女の視線に合わせると、その不快感を拭えない、いやらしい目つきで見つめる。
「俺たちは、この近くに誰も来ない部屋を持っていてな。そこに女を連れ込んでは、壊れるまで遊んでいるんだよ。最初は悲鳴を上げていた奴も、朝が来る頃には何の抵抗もしなくなってさ。諦めたように天井を見ているんだ。その姿を見るのが、最高に楽しいんだぜ」
男たちは、不気味な笑みを浮かべる。
「お前もすぐに、あいつらのお仲間入りさ。もう何も考えられなくなるまで、たっぷり可愛がってやるよ」
「ーんっ! んっ!!」
男たちの話を聞いて、ミリアは愕然とした表情を見せた。
それまで以上に必死なって逃げようとするが、ギムガがそうはさせない。彼女の髪を掴むと、強引に自分のほうへ引き寄せる。
「おいおい、どこへ行こうっていうんだよ。お楽しみはこれからなのによ」
「ーんっ!」
「へへっ、逃げようとしても無駄だぜ。……おい、やれ」
「うい~っす」
ギムガが取り巻きの一人に声をかける。
その男は、ミリアの頭を両手でつかむと、無理やり視線を合わせようとする。何か危険な感じがしてミリアも抵抗するが、他の男たちが強引に目を開けさせる。
「……こいつの魔法はな『麻痺魔法』といって、視線を合わせている奴から、少しずつ行動を奪っていく魔法なんだよ。その魔法に堕ちたら最後、自分で逃げることも、助けを求めることもできない。意識だけははっきりしているのに、体は好き放題にされるんだぜ。……へへっ、いい魔法だろう?」
「んっ!!」
取り巻きの男は、自分の足元に魔法陣を展開させると、彼女の瞳に魔力を流し込んでいく。
こじ開けられたミリアの目から、涙が溢れ出す。
抵抗する力はどんどん奪われていき、両手はだらんと下に垂れる。
声も出なくなって、助けを求めることも、逃げることもできない。
「……ん」
「へへっ。完全に堕ちたら、あの場所へつれていこうぜ―」
ギムガたちが不快な笑みを浮かべる、……まさに、その時だった。
薄暗い路地裏に、……少女の声が響いた。
「ミリアさんを離してください!」
その声に、男たちは慌てふためく。
私的な魔法の使用は禁じられているし、犯罪に加担するような行為であったら、断固たる裁断を下る。自分たちの犯罪行為がバレたのかと思い、慌てて声のしたほうへ振り向く。
だが、そこにいるのは。
小柄な黒髪の少女が立っているだけであった。濃紺のスカートを風に揺らしている姿は、可憐ではあるが脅威ではない。
そのために、ギムガたちにも余裕が生まれる。
「……へ、……へへっ。なんだよ、いつかの黒髪のガキじゃないか。……あの『臆病者』は一緒じゃないのかよ」
ユーリィの周りにシローがいないことを確認しながら、ギムガは言った。
「えぇ。シローさんを呼ぶよりも先に、ミリアさんの安全を確認したかったので」
ちらり、と男たちに捕まえられているミリアのことを見る。
「……どうやら、正解みたいで安心しました。私は『不幸体質』なので、大切なことをよく見誤ってしまいますが、今回ばかりは正しい道を選べたようで何よりです」
「あ? おいおい、何を言っているんだよ。今の状況がわかっているのか?」
ギムガは楽しそうに笑った。
「こんなところに、女が一人で来たってな。状況は何も変わらないんだよ! ……へへっ、何だったらお前も一緒に混ぜてやろうか?」
「遠慮します。私は、心と体を捧げる人を、もう決めていますので」
ユーリィは、にこりと笑う。
だが、その笑顔はいつもと異なっていた。どこか影のあるような、彼女が今までに見せたことのない顔だったのだ。
「……ミリアさんを、……私の友達を離してください」
「へへっ、自分でやってみろ」
ギムガたちは挑発をするように、ユーリィのことを笑いながら言う。
「えぇ、そうさせていただきます」
にこっ、とユーリィも笑った。
そして、次の瞬間。
……ギムガの視界が、反転していた。
「あん?」
何が起きたかわからず、気の抜けた声を漏らす。
その直後、自分の頭が地面に激突するのを感じた。何者かに足を払われた、と後になって気がついた。
「ぐあっ! なにが―」
混乱する頭で、よろよろと体を起こす。
そして、取り巻きの方を見たギムガは、その光景を理解することができなかった。
「このガキが!」
「ちょこちょこと逃げやがって!」
「くそ! コイツ、何者だよ!?」
小柄な少女が、男三人と対等に渡り合っていたのだ。
ユーリィは取り巻きたちの攻撃をかわしながら、ミリアを助けようと迫っていく。その身のこなしは尋常ではなく、目の錯覚でなければ、壁に両足をついて腰を下ろしていた。
「な、なんだよ、こいつは!?」
「こ、こんなことが、……ぐはっ!」
少女の振り下ろされた蹴りが、男の顔面へと直撃する。
そのまま身を捻ると、再びその小さな体を宙を舞う。そして、今後は別の男へと襲い掛かった。指を突き立てて、上空から迷うことなく眼球を狙う。
「ひっ!」
男は咄嗟のことで目を庇った。
だが、彼女の襲撃は止まらず、すぐさまその背後を取ると、男を地面へと叩きつける。
そして、そのまま自然な流れで、その男の首を絞めにかかった。
「が、がぁぁ」
「……」
人形のように冷たい目で、ユーリィは男の首を絞める。
苦しそうに暴れようとも、顔面がどんどん青色に変わっていこうとも、彼女の手が緩むことはない。
手慣れていた。
人を殺す行為に、明らかに精通していた。
……この女は、ヤバい。
ギムガはとっさに、彼女への危機感を募らせる。
これ以上、好き勝手にさされると自分も危ない。そう確信して、ギムガは魔法を使うことを決意する。
この男の魔法は『束縛魔法』。効力は弱く、たった一人にしか使えない小規模の魔法だが、少女の行動を封じるのは問題なかった。
ユーリィは別の男が立ち上がるのを見て、首を絞めていた手を緩める。
そして、戦闘で破れたスカートを翻すと、壁に向けて跳躍する。レンガの壁を駆けて、まだ無防備な男に向かっていく。人体の急所を狙えるように構えられた手は、彼女が何者なのかを悟らせるには十分なものだった。
だが、そんな瞬間を狙って、ギムガの束縛魔法は放たれた。
彼女の両足に、輝く鎖状のようなものが巻き付いて、すぐさまその動きを封じられてしまう。
「きゃっ!」
ユーリィは小さな悲鳴をあげて、それでも何とか態勢を立て直そうとする。
だが、その隙を狙って、ギムガの無慈悲な蹴りが放たれた。
ゴギッ、と耳障りな音をさせて、ユーリィの体に右足が食い込む。
「が、がはっ!」
その勢いのまま、彼女の体は壁に激突した。地面に崩れ落ちて、苦悶の表情を浮かべる。
「さすがギムガだぜ!」
「へへっ。聞いたか、今の音。完全にあばら骨を砕いてやったぜ!」
先ほどまで常人離れの動きを見せていたユーリィだったが、今は苦しそうに地面にうずくまっていた。
そんな彼女へ向かって、ギムガは追い打ちをかける。
ユーリィの小さな足を踏みつけては、骨を砕くように力を入れたのだ。
「ああああーーーーーーーっっ!」
彼女の口から悲鳴が上がった。
だが、それでもギムガは止まらない。
「ちっ! 調子に乗りやがって。覚悟はできているんだろうな、このチビ女が」
狂気の笑みを浮かべては、彼女のことを殺そうと小さな顔へと両手をかける。
柔らかそうな頬に、ギムガの指が食い込んでいく。そのまま押し潰すように、少しずつ力を入れていく。
「あ、ああ゛ぁ」
苦悶に顔を歪めるユーリィ。
そんな彼女を見て、ギムガは更に力を入れようとした。
……が、その時だった。
「死にたくなかったら、彼女たちから手を離せ」
そのギムガの首を、片手で握りつぶすような態勢でシローが立っていた。
いつもの無気力な表情ではない。
完全に、何かを奪うための目をしていた。




