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第28話 「連れていかれた少女と、追いかける少女」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 薄暗い路地裏。

 昼間なのに陽の光が当たらない場所に、四人の男と、一人の少女がいた。男たちに体を押さえつけられていて、その少女は恐怖に震えている。 


 それに対して、男たちの顔は最悪だった。

 嬉々として獲物を貪ろうとする、歪んだ笑み。ミリアのことをじっくり舐めるように見ては、どうやって楽しもうかと考えていた。


「へへっ、本当にいい女だぜ」


 彼らのリーダーである男が、彼女の豊かな胸を見つめながら言った。


 その男の名前は、ギムガ。

 入学したころのユーリィを恐喝しようとしたり、食堂でシローたちと騒動になったりと、何かと騒動を起こしている男だった。そして、シローに恨みを持っている男でもある。


「ははっ。恨むんだったら、あの『臆病者』を恨むんだな。俺たちを馬鹿にしたらどうなるか、あいつに教えてやらないとな」


 ギムガはミリアへと顔を近づけると、臭い息を吹きかける。


「それにしても、あの野郎。いい女を連れているじゃないか。……へへっ、俺好みだ」


「おいおい、ギムガ。あまり無茶するなよ」


「そうだぜ。この間の女だって、すぐに使い物にならなくなったじゃないか」


 男たちの会話に、ミリアの心がどんどん恐怖に支配されていく。

 なんとか逃げようと体を捩るが、男たちに腕力の前では無意味であった。


「―んっ! ――んん!」


「おいおい、この女。逃げようとしているぜ」


「ひゃはは、可哀想に。これから自分がどうなるか、教えてやろうじゃないか」


 ギムガは彼女の視線に合わせると、その不快感を拭えない、いやらしい目つきで見つめる。


「俺たちは、この近くに誰も来ない部屋を持っていてな。そこに女を連れ込んでは、壊れるまで遊んでいるんだよ。最初は悲鳴を上げていた奴も、朝が来る頃には何の抵抗もしなくなってさ。諦めたように天井を見ているんだ。その姿を見るのが、最高に楽しいんだぜ」


 男たちは、不気味な笑みを浮かべる。


「お前もすぐに、あいつらのお仲間入りさ。もう何も考えられなくなるまで、たっぷり可愛がってやるよ」


「ーんっ! んっ!!」


 男たちの話を聞いて、ミリアは愕然とした表情を見せた。

 それまで以上に必死なって逃げようとするが、ギムガがそうはさせない。彼女の髪を掴むと、強引に自分のほうへ引き寄せる。


「おいおい、どこへ行こうっていうんだよ。お楽しみはこれからなのによ」


「ーんっ!」


「へへっ、逃げようとしても無駄だぜ。……おい、やれ」


「うい~っす」


 ギムガが取り巻きの一人に声をかける。

 その男は、ミリアの頭を両手でつかむと、無理やり視線を合わせようとする。何か危険な感じがしてミリアも抵抗するが、他の男たちが強引に目を開けさせる。


「……こいつの魔法はな『麻痺魔法パラライズ』といって、視線を合わせている奴から、少しずつ行動を奪っていく魔法なんだよ。その魔法に堕ちたら最後、自分で逃げることも、助けを求めることもできない。意識だけははっきりしているのに、体は好き放題にされるんだぜ。……へへっ、いい魔法だろう?」


「んっ!!」


 取り巻きの男は、自分の足元に魔法陣を展開させると、彼女の瞳に魔力を流し込んでいく。

 こじ開けられたミリアの目から、涙が溢れ出す。


 抵抗する力はどんどん奪われていき、両手はだらんと下に垂れる。

 声も出なくなって、助けを求めることも、逃げることもできない。


「……ん」


「へへっ。完全に堕ちたら、あの場所へつれていこうぜ―」


 ギムガたちが不快な笑みを浮かべる、……まさに、その時だった。

 薄暗い路地裏に、……少女の声が響いた。


「ミリアさんを離してください!」


 その声に、男たちは慌てふためく。

 私的な魔法の使用は禁じられているし、犯罪に加担するような行為であったら、断固たる裁断を下る。自分たちの犯罪行為がバレたのかと思い、慌てて声のしたほうへ振り向く。


 だが、そこにいるのは。

 小柄な黒髪の少女が立っているだけであった。濃紺のスカートを風に揺らしている姿は、可憐ではあるが脅威ではない。


 そのために、ギムガたちにも余裕が生まれる。


「……へ、……へへっ。なんだよ、いつかの黒髪のガキじゃないか。……あの『臆病者』は一緒じゃないのかよ」


 ユーリィの周りにシローがいないことを確認しながら、ギムガは言った。


「えぇ。シローさんを呼ぶよりも先に、ミリアさんの安全を確認したかったので」


 ちらり、と男たちに捕まえられているミリアのことを見る。


「……どうやら、正解みたいで安心しました。私は『不幸体質』なので、大切なことをよく見誤ってしまいますが、今回ばかりは正しい道を選べたようで何よりです」


「あ? おいおい、何を言っているんだよ。今の状況がわかっているのか?」


 ギムガは楽しそうに笑った。


「こんなところに、女が一人で来たってな。状況は何も変わらないんだよ! ……へへっ、何だったらお前も一緒に混ぜてやろうか?」


「遠慮します。私は、心と体を捧げる人を、もう決めていますので」


 ユーリィは、にこりと笑う。

 だが、その笑顔はいつもと異なっていた。どこか影のあるような、彼女が今までに見せたことのない顔だったのだ。


「……ミリアさんを、……私の友達を離してください」


「へへっ、自分でやってみろ」


 ギムガたちは挑発をするように、ユーリィのことを笑いながら言う。


「えぇ、そうさせていただきます」


 にこっ、とユーリィも笑った。


 そして、次の瞬間。

 ……ギムガの視界が、反転していた。


「あん?」


 何が起きたかわからず、気の抜けた声を漏らす。

 その直後、自分の頭が地面に激突するのを感じた。何者かに足を払われた、と後になって気がついた。


「ぐあっ! なにが―」


 混乱する頭で、よろよろと体を起こす。

 そして、取り巻きの方を見たギムガは、その光景を理解することができなかった。


「このガキが!」


「ちょこちょこと逃げやがって!」


「くそ! コイツ、何者だよ!?」


 小柄な少女が、男三人と対等に渡り合っていたのだ。

 ユーリィは取り巻きたちの攻撃をかわしながら、ミリアを助けようと迫っていく。その身のこなしは尋常ではなく、目の錯覚でなければ、壁に両足をついて腰を下ろしていた。


「な、なんだよ、こいつは!?」


「こ、こんなことが、……ぐはっ!」


 少女の振り下ろされた蹴りが、男の顔面へと直撃する。

 そのまま身を捻ると、再びその小さな体を宙を舞う。そして、今後は別の男へと襲い掛かった。指を突き立てて、上空から迷うことなく眼球を狙う。


「ひっ!」


 男は咄嗟のことで目を庇った。

 だが、彼女の襲撃は止まらず、すぐさまその背後を取ると、男を地面へと叩きつける。

 そして、そのまま自然な流れで、その男の首を絞めにかかった。


「が、がぁぁ」


「……」


 人形のように冷たい目で、ユーリィは男の首を絞める。

 苦しそうに暴れようとも、顔面がどんどん青色に変わっていこうとも、彼女の手が緩むことはない。


 手慣れていた。

 人を殺す行為に、明らかに精通していた。


 ……この女は、ヤバい。

 ギムガはとっさに、彼女への危機感を募らせる。

 これ以上、好き勝手にさされると自分も危ない。そう確信して、ギムガは魔法を使うことを決意する。


 この男の魔法は『束縛魔法バインド』。効力は弱く、たった一人にしか使えない小規模の魔法だが、少女の行動を封じるのは問題なかった。


 ユーリィは別の男が立ち上がるのを見て、首を絞めていた手を緩める。

 そして、戦闘で破れたスカートを翻すと、壁に向けて跳躍する。レンガの壁を駆けて、まだ無防備な男に向かっていく。人体の急所を狙えるように構えられた手は、彼女が何者なのかを悟らせるには十分なものだった。


 だが、そんな瞬間を狙って、ギムガの束縛魔法は放たれた。

 彼女の両足に、輝く鎖状のようなものが巻き付いて、すぐさまその動きを封じられてしまう。


「きゃっ!」


 ユーリィは小さな悲鳴をあげて、それでも何とか態勢を立て直そうとする。


 だが、その隙を狙って、ギムガの無慈悲な蹴りが放たれた。

 ゴギッ、と耳障りな音をさせて、ユーリィの体に右足が食い込む。


「が、がはっ!」


 その勢いのまま、彼女の体は壁に激突した。地面に崩れ落ちて、苦悶の表情を浮かべる。


「さすがギムガだぜ!」


「へへっ。聞いたか、今の音。完全にあばら骨を砕いてやったぜ!」


 先ほどまで常人離れの動きを見せていたユーリィだったが、今は苦しそうに地面にうずくまっていた。


 そんな彼女へ向かって、ギムガは追い打ちをかける。

 ユーリィの小さな足を踏みつけては、骨を砕くように力を入れたのだ。


「ああああーーーーーーーっっ!」


 彼女の口から悲鳴が上がった。

 だが、それでもギムガは止まらない。


「ちっ! 調子に乗りやがって。覚悟はできているんだろうな、このチビ女が」


 狂気の笑みを浮かべては、彼女のことを殺そうと小さな顔へと両手をかける。

 柔らかそうな頬に、ギムガの指が食い込んでいく。そのまま押し潰すように、少しずつ力を入れていく。


 「あ、ああ゛ぁ」


 苦悶に顔を歪めるユーリィ。

 そんな彼女を見て、ギムガは更に力を入れようとした。


 ……が、その時だった。


「死にたくなかったら、彼女たちから手を離せ」


 そのギムガの首を、片手で握りつぶすような態勢でシローが立っていた。


 いつもの無気力な表情ではない。

 完全に、何かを奪うための目をしていた。


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