第26話 「どんな服が好みですか?」
学園都市アグリアには、多くの被服店が軒を連ねている。
共和国と帝国の境界線のような場所にあるため、双方からいろんな文化が入ってきて、独自の文化圏を作り上げているほど。それは、主にファッションの分野に影響を与えた。
共和国と帝国では、特に女性の服装が大きく異なっている。
スカートやワンピースなど楚々としたものが好まれる共和国に対して、帝国は一貫に合理性を連ねるパンツスタイル。オルランド魔法学園は男勝りな女生徒も多いため、そういったズボン・パンツスタイルはよく好まれている。
「……嘆かわしいな」
「何がですか?」
「いや、何でもない」
シローは街中を歩く女子を見て、人知れず落胆していた。
女性の服装においては断然、共和国派の彼にとって、帝国の服装が流行していることは嘆くべきことだった。
もちろん、口には出さない。
そして、なるべく自然な動作で、共和国の被服店が多い通りへと誘導していく。ユーリィには、なんとしても共和国の婦人服を着てもらいたい、という確かな情熱があった。
「え、えっと、……ユーリィ先輩は、どんな服が好みですか?」
彼女の隣を歩いていたミリアが、おずおずと尋ねる。
しかし、ユーリィの返答は、服の種類とはまったく違うものだった。
「わかりません。洋服なんて、買ったことがありませんから」
「……え?」
ミリアが困惑する。
「服なんて、着られればなんでもよかったんです。丈夫な生地で、着ていて寒くないのが理想的でした。見た目を気にしたことなんかありません」
そう言ったユーリィは、困ったように笑っている。
「……なので、私にどんな服が似合うか教えていただけませんか? ……その、なるべく、可愛いのがいいので」
ちらっ、と彼女がこちらを見上げる。
そんなユーリィの視線を受けて、シローもミリアにお願いをする。
「……というわけなんだ。……ユーリィはちょっとばかり不幸な生い立ちなんだ。こいつの服選びに協力してくれ」
「……っ」
ミリアは、さっきから目を見開いたままだった。
ユーリィの境遇については、あまり話していなかった。ミリアには、ユーリィの過去とは関係なく友人関係になってくれれば、という願望があったからだ。
だが、ここにきてユーリィの生い立ちに触れて。
ミリアは、……涙腺を決壊させていた。
「……ひっく、ひっく。……ご、ごめんなさい。……あたし、ユーリィ先輩に酷いことを―」
「え!? ど、どうしたんですか?」
突然、泣き出したミリアを見て、ユーリィが慌てる。
「……ひっく、えぐっ。……あた、あたしは自分が恵まれているんだと、今になって気がつきました。世の中には、先輩みたいに辛い過去があっても、それでも頑張って生きている人がいるのに。……ひっく、あたしは、自分が恥ずかしいです」
「……ミリアさん?」
ユーリィがこちらを見上げる。
どうしたらいいのか、と言っているのが見て取れた。
ミリアは、裕福な家の出身である。リーシャ先輩ほどではないが、故郷に名を轟かせている旧家の娘だ。魔力反応さえなければ、箱入り娘として穏やかな人生を過ごしていただろう。
そんな彼女は、俗世に疎いところがある。
そして、それを恥じていた。
「わ、わかりました、ユーリィ先輩っ!」
突然、ミリアがユーリィの手を握りしめる。
「あ、あたしが先輩に似合う服を探してみせます! 絶対に!」
「え、えっと、そんなにことしなくても―」
「いえ! 頑張らせてください!」
内気になミリアにしては珍しく、ユーリィの手を引っ張って被服店の通りを進んでいく。
できれば共和国の女性らしい服にしてくれ、とシローは心から願っていた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「――それでは、両手を上げてください」
「――はい」
学園都市アグリアでも、そこそこ高そうな被服店。
その試着室の傍で、シローとミリアが壁に寄りかかっていた。今は、ユーリィの試着を待っている状況だ。
その間、世間話程度を会話が交わされる。
それによれば、ミリアが使っていた女子寮の部屋は改修中になっていて、彼女自身も来客用の部屋を使わせてもらっているという。さりげなく、空いている部屋はないのか聞くと、客室ならいくらでも空いている、と言われた。
薄々は気がついていたことだが、こうやって改めて聞くと、……学園長を殴りたい気分になる。
「……なんか悪かったな、いろいろ気を使わせてしまって」
「……いえ、あたしこそ。ユーリィ先輩のことが知れてよかったです」
シローが声をかけると、ミリアは頬を赤らめながら俯く。
「でも、正直にいって助かった。ありがとうな」
「そ、そんなこと! シロー先輩のお役に立てるのなら!」
両手をもじもじさせながら、真っ赤な顔でシローを見上げる。
そして、ミリアは両手を胸のところで組むと、嬉しそうに目を細める。
「あ、あたしは、シロー先輩の手伝いができれば、それで満足なんです。数カ月前、あたしが学園で襲われていた時に助けてくれてから、先輩はあたしのヒーローなんです」
ふわり、と彼女が笑う。
ピンクの瞳が、泣きそうなほど潤んでいた。
「また、手伝えることがあったら言ってください。先輩のお役に立てることが、あたしの幸せなのですから」
それだけ言って、再びミリアは下へ俯いてしまう。
聞く人によっては、それが愛の告白だと思ってしまうかもしれない。
そしてミリア自身も、自分で意識していないだけで、それに近い感情を胸に秘めていた。だが、相手が女心に無頓着な男のために、その想いは伝わることはない。
「あぁ、また頼むぞ」
「……はい!」
シローのそんな言葉に、それでもミリアは健気にも微笑んだ。




