第25話 「学園都市へ」
その週の休日。
シローたちは学園の近郊にある街へと足を運んでいた。
学園都市アグリス。
オルランド魔法学園は、元々は古城であったものを改装したものであり、その近くには古き時代の城下町が存在していた。石畳と赤レンガの街並み。街の雰囲気もどこかのんびりとしている。そんな城下町の雰囲気を崩すことなく、学園都市アグリスは造られた。
この街には、学園の生徒や教官。その関係者を客とした商業施設があって、帝国との国境も近いことから軍の関係者の顔もよく見る。
また、帝国側の軍人も頻繁に見ることがある。
オルランド共和国とガリオン帝国が締結した『永久和平条約』。この条約の下、平和的な交流が盛んに行われていた。
「それで? なんで、ゼノまでついてきているんだよ」
「いいじゃねぇか。俺とシロの仲だろう?」
上機嫌なゼノを見て、シローはあからさまに溜息をつく。その後ろでは、ユーリィとミリアがゆっくりとした足取りでついてくる。
シローが街まで足を伸ばしたのは、自身に迫りくる危機感からだった。
ユーリィには、私服がない。
持っているのは制服と体操服だけ。普段着はなく、下着も数えるほど。
そのため部屋にいる時は、いつもシローの服を着ていた。大きすぎるシャツとズボンを着て、なぜか嬉しそうにしているユーリィは、どこか微笑ましいものがある。だが、いかんせん彼女の私物が足りなさすぎた。せめて、服と下着くらいは用意しなくては。
そのために、ミリアを買い物に誘ったのだが、なぜかゼノもついてきてしまった。
「あうあう~、その、ごめんなさい。あたしがゼノ先輩に言ったばかりに―」
「ユーリィの服を買いにいくんだって? だったら、この俺様に任せときな! とっておきの店を紹介してやるぜ!」
しゅんと肩を落とすミリアに、ゼノが機嫌よく肩を叩く。
「お前の趣味を、ユーリィに押し付けるな」
「いいじゃねぇか。なぁ?」
ゼノが頭を撫でようとユーリィに手を伸ばす。
これまでだったら何も言わずに、されるがままであっただろう。だが、最近のユーリィには、ちょっとした変化が見られていた。
「……っ」
ゼノの手から逃げると、そのままシローの後ろに隠れてしまったのだ。
シローのことをぎゅっと掴んで、警戒するような目でゼノを見つめる。
これまで男に対して、まったく警戒心を持たなかったユーリィが、シロー以外の男には警戒するようになっていたのだ。
特に、頭を撫でようものなら、ささっと逃げられてしまう。
「おいおい、逃げることはないじゃねぇか」
「……えっと、すみません。体が勝手に反応してしまって」
そう言いながらも、シローの影から出てこようとはしない。
もう許してやれよ、というように彼女の頭に手を置くと、えへへと笑いながら機嫌を取り戻す。これが彼女の日常になりつつあった。
「まぁ、いいさ。それじゃ、行こうぜ」
ゼノを先頭に、シローたちは街の商業地区を目指して歩き出した。
その時の彼らは気づいていなかった。
ユーリィとミリアのことを、じっと見つめる男たちがいたことを。
舐めるような、いかがわしい視線。
彼らは薄気味悪い笑みを浮かべたまま、彼女たちの後を追いかける。
学園都市アグリアの商店街は、多くの人で賑わっていた。
ほとんどが学園関係者であり、その半数以上は学園の生徒ということもあって、商店街には学生のための店も多く並んでいる。
雰囲気のよいカフェ。香ばしい匂いを漂わせる出店。女生徒が喜びそうなブティックやアクセサリー店。そして、ランク戦を意識した銃器の店も数多く見られる。その中でも、帝国製の銃を専門とする店には、多くの生徒たちが出入りをしていた。
「悪いな、ミリア。休日なのに買い物に付き合ってもらって」
「い、いえ! あ、あたしは大丈夫です」
わたわたと両手を振りながら、シローのことを見上げて顔を赤くさせる。
「そ、その、シロー先輩のお役に立てるのなら」
恥ずかしそうに俯きながら、ピンク色の髪の毛先をいじる。
この間まで引きこもりだったミリアを、街に連れ出してよかったのか。わずかに心配をしていたが、ユーリィと楽しそうに会話しているのを見て、通り越し苦労であったと胸を撫でおろす。
それから、他愛ない会話をしながら商店街へと歩いていた時だ。
突然、ゼノが大声を上げた。
「やべっ! 俺、用事を思い出した!」
「は? 急に何を言っているんだ?」
シローが訝しく思いながら問うが、ゼノは答えようとはしない。
「それじゃ、ここからは別行動な! シロ、ちゃんと女子二人をエスコートするんだぜ!」
「おい、待て! お前、どこに行こうと―」
今にも駆け出しそうなゼノに声をかける。
そして、彼が走りだそうとしている場所を見て、……凶悪に顔をしかめた。
歓楽街。
昼間っから、酔っ払いが道で寝ているような不健全が極まった場所。入り口の看板には『お触りパブ』という文字がデカデカと書かれてあった。
当然ながら生徒は立ち入り禁止である。だが、そんなことゼノには関係ない。彼は過度に露出した女性を見て、鼻息を荒くさせている。……この男は単純で短絡的で、どうしようもない雄だった。
「……まさか、お前。ここに行くために街に来たのか?」
「当たり前だろう! 退屈な学園生活には、ちょっとした刺激が必要なんだよ! 見ろよ! あそこにいる女なんか、最高じゃねーか! お前もそう思うだろう、シロ?」
「思わん」
ユーリィから白い眼を向けられる間もなく、シローは断言する。
「それに、ゼノ。……お前、こんなところを、あの人に見つかったら―」
友人を諭すような口調で問いかける。
その時だった。
凛とした女性の声が、シローの耳に入ってきた。
「あらっ、シロー君じゃない。久しぶりね」
びくり、とゼノの肩が震えた。
シローも驚いて、声をしたほうを振り向いた。
そして、そこにいる女性へと挨拶をする。
「お久しぶりですね、ナハトムジーク先輩」
「……先輩なんて呼ばなくてもいいのに。いつものように、リーシャって呼んでよ」
ふふふ、と彼女は柔和な笑みを浮かべる。
女性にしては、背の高い人だった。セミロングの茶髪に、凛とした表情。帯刀でもさせたら、女性騎士にでも見えそうな人だ。
彼女の名前は、リーシャ・ナハトムジーク。
本名はとっても長くて、リーシャ・フォン・E・K・ナハトムジーク。学園の《衛生兵科》の所属している先輩であり、帝国との国境に近い場所の領主の娘であり。……この瞬間、ゼノが最も会いたくなかった人物である。
「……で、ゼノ君。あなたはどこに行こうとしていたのかな?」
ずいっ、と彼のほうへ歩み寄る。
「いや、えっと、な、何をいっているかわからないんだが―」
ゼノはたじろぎながら苦しい言い訳をする。
授業でもランク戦でも、自分の好き勝手に大暴れしていた男が、……年上とはいえ、一人の女性に逃げ腰になっている。
「嘘ね! ゼノ君、歓楽街に行こうとしていたでしょう!」
「そ、そんなことねぇって! なぁ、シロ?」
ゼノに助けてほしいと救難信号を出されるが、それを思いっきり無視することに決めた。
そんなシローの行動もあって、たちまち二人は口論へと発展していく。
いや、リーシャが一方的に叱りつけて、それをゼノが必死に弁明している、と言った方が近いか。
普段、見ることのない仲間の様子に、ユーリィとミリアは目を丸くさせていた。
「あの人は、ゼノさんのお知り合いですか?」
「あー、彼女はなぁ」
ゼノに見事なアッパーカットを食らわせているリーシャを見ながら、淡々と答えた。
「リーシャ嬢は、……ゼノの婚約者だ」
その言葉の意味に、ユーリィとミリアが口を開けて驚いた。
「ええっ!?」
「まぁ! 婚約者ですか!?」
信じられないというように、二人の女子は土下座をしているゼノを見つめる。
オルランド魔法学園の生徒には、旧家・名家の出身の人間も少なくない。
そのため、学生間での婚約も珍しくはないのだが、ゼノとリーシャのような美女と野獣の組み合わせは珍しいと言わざるを得ない。
「これは、俺も聞いた話なんだがな。……戦争中、帝国に領地を侵略されていたナハトムジーク家の当主に、この土地にいる帝国軍を全滅させたら娘をくれ、といった男がいたそうだ」
「それが、……ゼノさん?」
シローは黙って肯定する。
「奴はその言葉通り、その土地にいた帝国軍に喧嘩を始めてしまった。そして、ありえないことに、本当に帝国の奴らを追い払ったそうだ」
「……そんなことが、可能なんですか?」
「わからん。あいつは馬鹿だからな」
嘆息しながら、無抵抗に殴られ続けるゼノを見る。
「……あの戦争では、そういった話がゴロゴロ転がっている。本当か、嘘かもわからない。知っているものは、ほとんど戦場で散っていったからな。……英雄なんて呼ばれている『ホワイトフェザー』も、本当はいなかったのかもしれない」
「シローさん?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
ようやく抵抗を諦めたゼノが、リーシャに首根っこを掴まれて連れていかれる。
「じゃあね、シロー君。……しばらく、ゼノ君のことを借りるから」
「喜んで。何だったら、そのまま返さなくてもいいですよ」
「あはは、ありがとう」
シローたちが見送る中、ゼノとリーシャの姿はどんどん小さくなっていく。
「……リーシャ先輩も大変ですね。ゼノ先輩と婚約なんて―」
ぽつり、と呟かれた言葉に、シローはうんざりしながら事実のみを伝える。
「ちなみに、婚約の話は冗談だったんだが、リーシャ先輩のほうが本気にしてしまってな。終戦を迎えてから、彼女とその両親が強引に話を進めているらしい」
「えっと、つまり?」
「……リーシャ嬢のほうが、ゼノに惚れている」
「「まぁ!?」」
驚くユーリィと、頬を赤らめるミリア。
ゼノがいなくなった三人で、商店街を進むことにした。
まずは、ユーリィの服からだ。




