第24話 「懐かれたな」
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「おい、シロよ。なんだか、日に日に顔色が悪くなってないか?」
「……ほっとけ」
寝不足の頭を何とか動かしながら、シローは朝食を口に運ぶ。
向かい側に座ったゼノが、たいして心配していないような顔で、朝から骨付き肉を頬張っている。いつもと同じコーヒーが、異様に苦く感じた。
あの日。
ユーリィの突然の来訪から、数日が経っていた。
このまま彼女に部屋を用意できないと、自分の精神的安定が得られないと思い、翌朝には学園長室の扉を叩いていた。
ユーリィの不当な扱いと、自分がオルランド軍の現役少尉であること。そして、ベッドの下にある『あれ』にも触れて説得を試みたが、学園長の返答はとても簡単なものだった。
……女子寮に空き部屋がないから、しばらくお前の部屋で面倒を見てやれ。
嘘をつけ!と叫びたくなるのを必死に堪える。
相手は上官であり、上官の言うことは絶対だ。なので、自分の上官に恨めしい視線を向けながら、何か問題が起きたらどうするんですか、と丁寧な口調で脅迫することにする。だが、お前にそんな甲斐性はない、とバッサリと断言されてしまった。
以来、ユーリィはシローの部屋で寝泊まりをしている。
「シローさん、どうしたんですか? 寝不足なんですか?」
隣に座っているユーリィが、何食わぬ顔でこちらを見上げてくる。
まるで、自分は何も関係ありませんよ、と言っているようだった。違うベッドで寝ていたはずなのに、朝になったら同じ布団に潜り込んでいたり。寝込みを襲うかのように背中から抱きつかれたり。健常な男でもあるシローにとって、とても熟睡できるような状況ではなかった。
「どうせ、銃の整備でもしていたんだろう。……それに比べて、ユーリィは顔色がいいな」
「えへっ、わかりますか?」
「あぁ。なんか肌のツヤがいいっていうか」
「えへへ。実は、最近ぐっすりと眠ることができまして。寝起きの気分もとてもいいんですよ」
嬉しそうにはにかみながら、ユーリィがこちらを見上げてくる。
それを、シローは敢えて無視した。
「……コーヒーのお代わりをもらってくる」
シローはそれだけ言って席を立つ。
今のうちにカフェインをとっておかないと、午前中の授業で眠ってしまいそうだった。何より、ユーリィの甘えるような視線から逃げ出したい、という本音もあった。……いや、嫌ではないのだが、あの視線を向けられ続けると、頭のネジがどこかに吹き飛んでしまいそうだ。何というか、理性が危険アラートを鳴らし続けている。
……だが。
「はい、わかりました」
何を思ったのか、ユーリィも一緒に席を立つと、シローの後を追いかけてきた。
そして、ちょこんと服の裾を摘まむと、とことこと一緒に歩き出す。まるで生まれたばかりの雛鳥が、親鳥の後をついていくように。
そんな二人の姿を見て、くすくすと笑い声がした。上級生からは生暖かい視線さえ向けられて、シローの居心地は更に悪化していた。
「なぁ、ユーリィ?」
「何ですか?」
「俺はコーヒーを取りに行くだけだぞ。別に、一緒に行動する必要はないと思うんだが?」
「はぁ」
ユーリィが小さく首を傾げる。
その表情は、何のことを言われているのか、わかっていないようだ。
これが演技であれば逆に感心するのだが、困ったことに、彼女は実に自然体であった。ちょこんと摘まんだ服の裾は、何があっても離すことはないだろう。
「……まったく」
シローは小さく溜息をついて、コーヒーを片手に席に戻る。
そこには、それまでの光景を見ていたゼノが、にやにやと嫌味な笑みを浮かべていた。
「……シロー、懐かれたな」
「……ほっとけ」
先ほどを同じ席について、頬杖をつきながらコーヒーカップを持ち上げる
隣には、ユーリィが嬉しそうにシローのことを見上げていた。
「えへへ」
「なんだ?」
「なんでもないですよ」
にこり、と彼女が笑う。
その視線を感じながら、コーヒーへ口をつける。どうしてか、さっきよりも甘く感じた。




