表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/422

第22話 「今日だけ、泊めていただけませんか?」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 ……はっはっは。いやー、死ぬかと思いましたよ。


 ランク戦が終わった、その日の放課後。

 対戦相手であったカレィ・カリンカが挨拶にやってきた。彼は『乱射体質トリガー・ハッピー』から完全に解放されていて、今は穏やかな表情を浮かべている。ただ、トレードマークである丸眼鏡が割れているのが、なんともいえない寂寥を誘った。


 カレィと別れた後、シローたちはそれぞれ別行動をとることにした。

 昼間のランク戦もあって、ミリアは目に見えて疲労が溜まっていたからだ。ゼノも《普通歩兵科アサルト》の友人と約束があるといって、足早に去っていった。


「ユーリィはどうする?」


「そうですね。私も疲れたので休みたいと思います」


 にこり、と笑いながら答えた。

 いつもと同じような笑顔だ。


 だが、シローには。その表情が何かを隠しているように見えた。どことなく、彼女が困っているように感じたのだ。


「……大丈夫か?」


「何がですか?」


「いや、何か困っているようにも見えたから」


 シローが何気なくそう言うと、ユーリィの瞳が一瞬だけ見開かれた。

 しかし、すぐにいつもの笑顔に戻ってしまう。


「……平気ですよ。意外と心配性なんですね」


「そうか」


 シローは頭を掻きながら自分の考えを改める。

 彼女本人がこう言っているのだから、本当に何もないのだろう。


「まぁ、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれよ」


「はい!」


 ユーリィは笑顔のままお辞儀をして、とことこと学園の廊下を歩いていった。

 要らぬ心配だったなと、この時のシローは思っていた。



 夜になった。

 太陽が沈んで、月が空を照らしている。

 数えきれない星々を見上げながら、シローは男子学生寮へと帰ってきた。夕方に皆と別れた後、一人で自主練を行っていたのだ。


 数年前の戦争では『最多狙撃数』の記録を誇り、オルランド共和国軍の現役の少尉であるシローでさえ、日々の鍛錬を怠るようなことはしない。人を撃てない心的外傷トラウマに悩まされながらも、彼は狙撃銃を握り続ける。


 その日も、いつもと何も変わらなかった。

 普段と同じように、学園の備品であるスナイパーライフルを倉庫に戻して、食堂で少し遅い夕食を食べて、今度の週末はゆっくりしたいなと漫然と考えながら、自分の部屋へと戻ろうとしていた。


 この時、彼が率直に思ったのは。

 不測の事態というものは、本当に予期せぬタイミングで起こるのだな、という教訓じみたことだった。


 何があったのか、と端的に説明するならば。

 ……シローの帰りを待っているかように、ユーリィが部屋の前で小さく体育座りをしていた。


「……あ、シローさん。えーと、こんばんわ」


 にこり、とユーリィが笑う。


「……その、ご迷惑だとはわかっているんですが、……他に頼れる人がいないもので」


 彼女は手にしたわずかな荷物を握りしめて、身寄りを失くした子供のような目でシローを見上げる。


「……えーと、その、今晩だけ、シローさんの部屋に泊めていただけませんか?」


 ユーリィが困り果てた笑みを浮かべていた。



――◇――◇――◇――◇――◇―



 女子生徒が男子寮に入ることは、原則としては禁止されていない。

 だが、もちろん注意はされるだろうし、自分の部屋に戻るようにと言われるだろう。それでもユーリィは譲らなかった。頑なに、シローが帰ってくるのを部屋の前で待っていたという。


 しゅるり、しゅるり。

 自分の部屋のシャワールームから聞こえてくる衣擦れの音に、シローは酷く気を散らせていた。


 男子寮の部屋は、女子寮と同じ造りになっている。

 二人一組の相部屋。

 簡素な造りの机が二つあって、二段ベッドが設えている。だが、そこは伝統を重んじている共和国らしく、机にもベッドにも職人の手が行き届いた装飾が施されていた。


 シローは、二人部屋を一人で使っていた。

 ルームメイトになりたいという人間がいない、というのが表立っての理由だが、実際のところは違う。オルランド軍からは公然と身分詐称の指示が出ているし、現役の将校であるために機密保持の観点から、他の生徒を受け入れないというのが本音だ。なんとも軍上層部の考えそうなことだが、この部屋においては軍の機密など『ほとんど・・・・』ないし、友人を招き入れても何の問題もないだろう、というのがシローの見解だった。


「えーと、タオルはどれを使えばいいですか?」


「……好きなのを使ってくれ」


 シャワールームのユーリィへ返事をする。

 こちらに気も知らないで、と言わんばかりにシローは眉間を揉んだ。

 ユーリィの申し出は、とても簡単なことだった。


『泊まれる場所が見つからないので、今日だけここにいさせてください』


 正直、どういう意味なのか理解できなかった。

 ユーリィはこの学園の生徒であり、生徒である以上は学生寮の部屋を用意してあるはずだ。現にミリアを迎えにいったときは、彼女は女子寮から出てきた。


『えっと、入学した次の日に、部屋から追い出されちゃいまして』


 彼女は、諦めたような笑みを浮かべながら説明してくれた。

 この学園に来てから、学園長から制服など一式を受け取って、他の生徒と同じように二人一組の相部屋を用意された。だが、そのルームメイトが最悪だった。翌日、ユーリィが部屋に帰ってみると、彼女の荷物だけ部屋から放り出されていたのだ。見ているとイライラしてくる、というのかルームメイトからの返答だったらしい。


 だが、そんなことでショックを受けるほど、彼女は甘い環境で育ってはいない。雨や風が凌げるだけでも、あの国境沿いの街よりもマシ、と自分に言い聞かせて、どこか寝泊まりできる場所を探した。


『それからは、二階の隅の部屋で寝泊まりをしていました。……覚えていますか? ミリアちゃんの部屋の下にあった掃除道具室。あそこが私の寝床だったんです』


 用意された部屋を追い出されてからは、掃除道具室で寝泊まりする日が続いた。埃っぽく、カビ臭いけど、寝込みを強盗に襲われないだけ安心して眠れた。


 シャワーは学園の設備を使い、洗濯は学園の水道を使った。

 太陽が昇るよりも早く学園に行き、誰にも気づかれないようにシャワーでカビ臭い匂いを落としては、水道で下着を手洗いする。シローと朝練をしている間も、同じ生活を送っていた。


『そこまでは良かったんですが、この前のミリアさんな魔力爆発。あの影響で、下の部屋にあった掃除用具室も使えなくなっちゃって。また、別の寝床を探さなくてはいけなくなりました』


 ミリアの魔力爆発。

 三階の隅の部屋で起きた爆発事故は、隣の空き部屋と、下の掃除用具室が崩壊するだけで、他の生徒には何の影響もなかった。そのはずだった。


 ユーリィは夜な夜な、瓦礫ばかりの掃除用具室から私物を取り出すと、寝る所を求めて学園へと向かった。この時ばかりは、雨が降らなくてよかった、と彼女は笑っていた。


『この数日は、学園の空き教室で寝泊まりをしていたんですが、それも昨日の朝に見つかっちゃって。次の場所を探しているんですが、なかなか見つからないんです』


 えへへ、と笑った。

 部屋を追い出されただけでなく、寝るところまでない状況で、彼女は笑っていた。

 全てを諦めている自嘲の微笑みだった。


『今日だけ、どうか泊めさせてください。明日には出ていきますので』


 困り果てたユーリィを見て、学園の規則云々で断るようなことは、さすがのシローもできなかった。誰にも見られていないことを確認すると、素早く彼女を部屋に招き入れたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ