第2話 「学園ランク戦」
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世界には、魔法が存在している。
特に、このオルランド共和国には魔法の素養を持つものが多く生まれ、はるか昔から魔法と共に歴史を歩んできた。
だが、五年前。
隣国のガリオン帝国との戦争が始まり、長く続いた平和にも終わりが訪れた。
帝国は他国より開発が進んでいる近代兵器を用いて、共和国へと侵攻を開始。戦車や大砲といったものに、最初は劣勢に立たされた共和国側だったが、銃と魔法を使う兵士、……『魔術兵士』の実戦投入により、戦況は大きく変わることになる。
そして、今から二年ほど前に、……戦争は終わった。
共和国と帝国の間に結ばれた『永久和平条約』によって、再び穏やかな時間が流れていた。
共和国と帝国の間に、もう戦争は起きない。
かつての戦乱は過去のものとなり、お互いの発展を目標に両国はゆっくりと歩み寄っていた。
特に、和平条約を受け入れた側の共和国は、帝国側からの技術提供によって、戦前とは比べ物にならないほど豊かになっていた。人々の暮らしだけでなく、軍の設備でさえ帝国の技術を頼るほど。
それは、この学園で使用されている銃が、ほとんど帝国製であることもわかることだった。
オルランド魔法学園。
共和国の西側。帝国との国境線近くにある、銃と魔法を使う『魔術兵士』の育成機関。
元々は、中世時代の古城を改装したものであり、その外観は伝統のある趣きを残している。また、戦時中は前線基地としても機能していたため、様々な設備が整っていた。
大きな食堂に、会議室として使われていた部屋の数々。射撃場や実戦演習場。図書室や温室などの娯楽施設など。それらは今や、学園に通っている生徒たちに有効活用されている。
「やっぱり、学食は混んでいるな」
学園の食堂で、シローは表情を変えることをなく呟く。
平均的な身長に、やや細身の体。
軍や警察関係に就職するものが多いこの学園において、その体格は華奢なほうに入る。やせ型が多い《狙撃兵科》とはいえ、シローはその場においてかなり浮いていた。
「仕方ない、並ぶとしよう」
シローは他の生徒と同じように長い列へと並ぶ。
すると、周囲の人間からは視線を向けた。蔑むような冷たい視線だ。少し離れたところでは、こそこそと何かを噂している。あまり、いい気はしない。
だが、それはいつもと同じ光景だった。シローは何食わぬ顔で昼食とコーヒーを注文すると、他の生徒からの声など気にも留めず、その場から去っていく。
……おい、あいつだぜ。『臆病者』って呼ばれているのは。
……なんでも銃を撃つのが怖くて、引き金を引けないらしいぜ。
……うわっ、ダセー!
……なんで、あんな奴が学園にいるんだ? さっさと辞めればいいのに。
耳障りな陰口が囁かれる。
それでも、シローは他人事のように聞き流すと、一番奥の空いているテーブル席へと腰を下ろした。
そして、黙々と昼食を食べ始める。
シローが銃を撃たないことは、学園内でも有名なことだった。
学園の授業や射撃訓練では問題ないのに、狙うものが人間となる模擬戦では、絶対に引き金を引かないのだ。使用されているのが、安全が保障されている模擬弾であっても、それは変わらなかった。
シロー・スナイベルは、人を撃てない。
故に、臆病者と笑われる。
「おー、おー。随分と噂になっているじゃないか。相変わらずの有名人だな」
その声に、シローは顔を上げた。
「……ゼノか」
「おうよ。相棒であるこのゼノ様が、お前を一人ぼっちの飯から救いに来たぜ」
そこにいたのは背の高い、荒々しい印象の男だった。
しなやかに鍛えられた筋肉と、一切の無駄がない身体。本人が浮かべる不敵な笑みと、首に彫られた金槌の入れ墨が、どこか危険な雰囲気を放っている。
だが、その瞳は意外にも穏やかだった。
弱者から奪う飢えた獣ではなく、常に強いものへ挑み続ける獅子の目。口は悪いが、根は悪くない男だった。
彼の名前は、ゼノ・スレッジハンマー。
シローとチームを組んで戦っている、唯一の相棒だった。
「ここに座るぜ。まぁ、ダメだっていっても座るけどな」
「好きにしろ」
シローが答えるよりも先に、ゼノはイスに座っていた。
シロー・スナイベルと、ゼノ・スレッジハンマー。
この二人も他の生徒と同様に、魔法の素質が認められて、魔法学園へと入学した人間であった。
オルランド魔法学園は『魔術兵士』を育成する機関であり、入学したときに生徒たちはいろんな専攻科の中から自分に適した所属を選ぶことになる。
その中で最も生徒数が多いのが、《普通歩兵科》だ。
一般的な魔術兵士になるための専攻科であり、生徒全体の六、七割が所属している。入学時の魔力検診で突出した才能がなければ、あるいは歩兵として優秀な能力を持っていれば、学園側からここを勧められることが多い。
それ以外の、特別な魔法を持っている者は、別の専攻科へと薦められる。
遠くの敵を狙い撃つ魔法ならば《狙撃兵科》。
傷を治したり、仲間を助けることができる魔法ならば《衛生兵科》。
広範囲の敵に攻撃ができる魔法なら《砲兵科》。
さらに、軍にとって有用な魔法と認められたら《特別技術兵科》へと進む。その数は少数で、学年ごとにわずかしかいない。また、入学と同時に守秘義務が課さられて、卒業と同時に軍の情報部への就職が決まっているという、なんとも謎の多い科だ。
それらの専攻科の中で、シローは《狙撃兵科》の生徒であり、ゼノは《普通歩兵科》に所属していた。
「まったく。相変わらずシケた場所だな、ここはよ」
ゼノは大きな骨付き肉を頬張りながら、ぐるりを食堂を見渡す。
たったそれだけで、シローに向けられていた嘲笑と視線はすぐに消えてしまった。それほどまでに、このゼノの存在感は大きいものがあった。普段は温厚だが、怒らせるとロクなことがないため、他の生徒たちも関わらないように身を潜める。
「ちっ、言いたいことがあれば面と向かって言えよ」
「落ち着け、ゼノ。今さらのことだろう」
イライラする友人を、シローは他人事のように諭す。
「他の奴らが何を言っても、俺は気にならない。言いたい奴には言われておけばいいさ」
「はっ、だからこそ気に食わねぇ。ここは実力主義の魔法学園だぜ? 必要なのは腕っぷしだけだ。それなのに奴らときたら、グダグダと下らねぇことを―」
「……その腕っぷしがないから、いろいろと言われるんだよ」
シローは表情を変えることなく、食堂の入り口を指さした。
そこには、『学園ランク戦の勝敗』と『学園ランキング』が掲示されている。
「俺たちの学園ランキングがどこにあるのか、お前にもわかっているだろう? ……最下位だ。順位は100位。今学期が始まってから一度も勝つことができない、学園内で最底辺のチームなんだぞ。何を言われてもしょうがない」
シローは、やる気のない目で友人を見ると、食べかけのサンドイッチを口に運ぶ。
オルランド魔法学園には、一年を通して行われる行事があった。
それが『学園ランク戦』。
生徒たちが四人一組のチームを作り、他のチームと戦ってランキングを競い合う。銃と魔法の使用を認められていて、相手チームを全滅させるか、降伏させれば勝利となる。
チーム編成において専攻科の隔たりはなく、《普通歩兵科》や《狙撃兵科》といった、別々の生徒たちが好きなようにチームを組むことができる。そのため突撃が得意な多いチームがあれば、狙撃手だけのチームも存在する。
この学園ランク戦は、学園内の序列を決める重要なものであった。
実力至上主義を掲げている学園内では、ランキングがそのまま生徒の序列となる。上位のランキングになれば様々な特権が認められているので、誰もが必死になって勝利を目指している。
勝てばランキングが上がり、負ければ下がる。ランキング30位以上の上位ランカーとなれば、誰もが一目を置く強豪チームといえるだろう。
「言ってしまえば、ずっと最下位の俺たちは笑いの的だってことさ。四人一組のチーム戦なのに、二人しかいないし。その内の一人は銃を撃つこともできない。……笑われて当然さ」
どこか自虐的な言い方だった。
だが、そんなシローの言葉を、ゼノは鼻で笑い飛ばす。
「はっ、何が笑われて当然だ? クソつまらねぇ! シロの実力も知らねぇくせに、好き勝手言いやがって!」
「……昔の話だよ」
「俺にとっては今の話だ! そもそも、最近のお前はやる気がなさすぎるだろう。死んだ魚のような目をしやがって」
相棒の苦言を、シローは涼しい顔で聞き流す。
「はぁ、昔のお前は凄かったよな。獲物を探す鷹のように目をギラギラさせてさ。近くにいるだけで、怖いくらいの緊張感が伝わってきてよ」
「昔の話は止めろ。あまり思い出したくない」
シローが表情を険しくさせる。
それを見て、ゼノが一瞬だけ笑みを引っ込めた。
「ははっ、それもそうだな。……まぁ、いいさ。お前の実力は俺が一番よく知っている。やる気さえ出せば、この学園のトップなんてすぐ手が届くさ」
「……どうだか」
上機嫌なゼノに、シローはわずかに眉をひそめる。
それからは、特に会話もなく。二人は淡々と食事をとっていた。
……が、その時だ。頭上から、嫌味たらしい下品な声が降ってきた。