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第21話 「君に謝らなくてはいけない」


 彼女の指が、引き金へとかかる。

 きりり、きりり、と引き絞りながら、感情のない瞳で狙いを定める。


 撃つ、つもりだ。

 ユーリィに迷いなどあるはずがない。今ここで、シローが大声で止めさせない限り、彼女は目の前の男たちに向かって銃弾を放つだろう。


「……ユーリィ」


 シローが彼女に声をかけようとする。

 この場で争うことは得策ではない。どんな目的があるのかわからないが、彼らは自分から正体をバラしたのだ。自分たちにリスクがあることを承知で、シローに問いかけてきた。


 きっと、彼らなりの事情があるのだ。例え、相手が帝国の諜報員であろうとも、感情のまま戦闘を行うべきではない。


 戦争は、終わったのだ。

 シローの中でも、多少なりとも帝国に対する感情はあるもの、帝国の人間だからといって嫌悪する気持ちにはなれなかった。


 だが、彼女は。

 ユーリィは未だに、帝国を許せないでいる。自分の存在を否定し、邪魔になったから処分しようとした国の人間を前にして、冷静を保てない。


 ……どうしたらいいのか。シローは自分自身に問う。


 このまま無理にでも銃を下ろさせても、きっと彼女の中の暗い感情は消えないだろう。


 無関係の他人だったら別にどうなってもいいが、ユーリィは大切な人だ。これから先も、ずっと一緒にいたい女の子だ。

 そんな彼女にとって、どんな言葉が本当の救いになるのか。


 ふと、眼前のニーヒル兄弟を見る。

 帝国の大学校に席を置き、諜報員としてオルランド魔法学園に潜入している彼らは、こうして今も余裕の表情を―


「え?」


 途端、シローは困惑する。

 それまでずっと余裕を持っていたニーヒル兄弟。どこか斜に構えたように、感情的になったユーリィを楽しそうに観察していた、彼らの―


 ……顔が青ざめていた。


 見間違いや、夜の暗闇のせいではない。

 月明かりに照らされる彼らの顔は、驚愕に言葉を失い、目を見開いていた。


「……いま、なんて」


 絞り出すような擦れた声だった。

 兄のノアは声さえ出せず俯き、弟のキングは焦燥した表情でユーリィに問う。


「すまない。もう一度、言ってくれないか。いや、聞き間違いなんてありえない。そんなことはわかっている。だが―」


 何が起きているのか?


 それまで飄々としていた二人が、そろって苦悩の表情を滲ませているのだ。弟のキングに至っては、頭を抱えるように額に手を当てている。


「……実在していた。それは知っていることだ。軍の大学校で閲覧した、公表されていない秘密の作戦。とても公にできないような卑劣な地下組織。その中には、共和国の子供を誘拐して、戦争の道具に育て上げる機関があった。その組織の名前は、……ザルモゥ機関。帝国軍の情報部にいた高官が設立した、人の行いとは思えない戦争の闇」


 ザルモゥ。その名前には聞き覚えがあった。


 数カ月ほど前に、ユーリィの誘拐を指示した帝国軍の人間だ。

 戦争の道具であるユーリィを処分するために、そしてオルランド共和国と再び戦火を交えるために。学園の不良たちを利用して暗躍していた。その男の名前が、ザルモゥ・クレパドス中佐。


「……ユーリィ・ミカゲ。お前の話は本当なのか?」


 今度は、兄のノアが口を開く。

 サングラスをずらして、疲れたように眉間を揉む。


「本当に、あの機関にいた人間なのか? 共和国の登録魔術兵士を殺すために訓練された子供たち。その生き残りなのか?」


 手にした帝国のアサルトライフル『ジャッカル・M14‐EBR』の銃口をだらんと下に垂らしたまま、彼女を見据える。


 その顔は、やはり苦悩と苦痛に塗れていた。


「な、なんですか急に!?」


 ユーリィが困惑したように叫ぶ。


 それは、そうだ。

 自分の出生を口にしただけで、目の前の男たちは動揺しているのだ。彼女は手にしたサブマシンガンの銃口を揺らしながら、不安そうに彼らを見つめる。


「なにを、どう言ったらいいのか」


「悪い。こちらも混乱している。だが、とにかく―」


 兄のノアがサングラスを外し、わずかに青く輝く瞳をユーリィに向ける。


 そして、小さな声で。

 それでいて、ハッキリとした口調で。


 ……彼女に、謝罪した。


「ユーリィ・ミカゲ。俺たちは、君に謝らなくてはいけない」


「は? 突然、何ですか?」


「理解できないかもしれない。そして、謝ったからといって許されることではない。それでも、俺たちの言う事を聞いてほしい……」



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