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第23話 「俺たちが地獄に連れていってやる」

 

「え? 男性の魅力的なところ?」


 学園の廊下を歩きながら、クリスティーナが聞き返す。

 彼女の視線の先には、おどおどしながらもミリアが楽しそうに笑っていた。《砲兵科カノン》の授業が長引いてしまったため、その手には大きな鞄が握られている。


「は、はい。……あ、あの、クリスティーナちゃんは、男性の、どんな部分に惹かれますか?」


「唐突な質問ね。漫画に何か描いてあったの?」


「い、いえ、その、男らしい人って素敵だな、って。攫われたお姫様を、颯爽と救いだす姿なんて。カッコイイと思いませんか?」


「うーん、どうだろう。私にはわかんないなぁ」


 クリスティーナは、くだけた口調で返す。

 同級生であり、友人でもあるミリアに対しては、いつもの畏まった態度はない。同世代の女子の普通の会話であった。


 ただ、クリスティーナの恰好は相も変わらず、メイド服で通していた。

 美しい金髪と蜂蜜色の瞳。

 黒を基調としたエプロンドレスに、純白のニーソックスとガーターベルト。時折、窓に映る自分を見て、頭に乗せたヘッドドレスを直す姿など、一流のメイドの所作であった。


 もはや、学園の一風景として固定しつつある彼女のメイド姿だが、それでも心奪われている男子生徒は多い。クリスティーナが廊下を歩けば、呆けた顔で振り返る男が何人もいる。


 そして、そんな彼女の隣を歩くのは、《砲兵科カノン》のミリア。

 ピンクのツインテールを靡かせて、歩くたびに揺れる胸の膨らみは、男たちの妄想を掻き立てて止まない。


 ……つまり、クリスティーナ・ビスマルクと、ミリア・プロヴァンス。

 彼女たちもまた、この学園を代表する美少女であった。


「でも、男らしさを感じるところは好きかも」


「あ、わかります! 背の高いところとか、重いものを持つ姿とか、何か良いですもんね!」


「えっと、まぁ。そうかもね」

 クリスティーナが曖昧な返事をしたので、ミリアは不思議そうに首を傾げる。


「え、違うのですか?」


「うーん、私の場合は―」


 メイド姿をしたクリスティーナが真剣な表情で考え込む。

 片手を顎に当てて、うんうんと唸った後に、わりと真面目な顔をして言い放った。


「……やっぱり、手かな」


「え?」


 思わぬ答えに、困惑するミリア。

 聞き違いかもしれないと思っていたが、友人の言葉に自分の耳が正しかったことを知る。


「ほら、綺麗な手って、思わず頬ずりをしたくなるじゃない。ユーリィ姉さまの手は、本当に美しくて。あの手で、ぺちぺちと叩かれると想像しただけで、なんか、こう、……堪らないよね!」


「……あ、うん」


 ミリアは友人の言っている意味がわからず、とりあえず頷くことにした。

 それからしばらくの間、クリスティーナの熱意の籠った話を聞いていたが、やはり理解することができず、学生食堂の玄関を通った時に、ミリアは正直に言った。


「……その、すみません。クリスティーナちゃんの言っていること、よくわからないのです」


「むぅ、そっか。もしかしたら、私って少数派なのかなぁ」


「で、でも! クリスティーナちゃんの好きって気持ちは、とってもよく伝わりましたから! だから、その、がんばってください!」


 ミリアが慌てて励ますと、クリスティーナは屈託のない笑みを浮かべる。


「いいって、気にしないで。それよりも早くご飯を食べよう。お昼休みが終わっちゃう」


 ひらひらと手を振って、クリスティーナは食堂の奥へと進んでいく。

 昼休みの時間も、あまり残っていない。この時間帯ならば、いかに大勢の生徒が押し寄せる学生食堂とはいえ、人の姿もまばらになる。残っているのは、お喋りが好きな女生徒たちくらいで、多くの生徒は次の授業の準備をしている。

 だが、この日はいつもと様子が違った。


「あれ? あそこの人だかり、何だろう?」


 食堂の隅の席。

 そこを中心に、大勢の生徒が集まっていたのだ。多くは男子だったが、中には女子の姿はちらほら見える。


 そして、肝心なことに。

 その場を覆っている空気が、とてつもなく険悪なものだった。


「……喧嘩? こんなところで?」

 クリスティーナは疑問に思い、近くにいる男子に声をかけた。


「何かあったのですか?」


「あ? 何があったか、じゃねぇよ。まったく、とんでもない野郎だぜ。婚約者がいるっていうのに、何人もの女に手を出していたみたいでよ」


「それは最低な男ですね」


「そうだろう。何ていったって、奴が手を出していたのは『白雪姫』と呼ばれるリティア・フォン・フローレンスだ。それに噂では、あの『眠り姫』さえも虜に、……げっ!!」


 こちらに振り返った男が、驚愕の表情を浮かべる。

 学園序列5位のクリスティーナのことを知らない生徒など、この学園にはいないだろう。また、その彼女が何と呼ばれているかも。


「く、く、クリスティーナ・ビスマルクっ!」


 男は悲鳴を上げながら、脅えるように距離を取る。

 その際に、他の生徒も気がついたのか。驚き、そして疑わしい視線を送る。


 ……おい、噂をすれば。

 ……『眠り姫』、クリスティーナ・ビスマルク。以前は、不機嫌そうな態度をしていたが、最近ではスナイベルにべったりだからな。


 ひそひそと囁かれていることも知らず。クリスティーナと、その後ろにいるミリアは、家中の現場となっているテーブル席へと覗き込む。

 そして、そこにいる人物を見て、目を開いていた。


「シローさんは渡しません! この人は、私の旦那様なんですよ!」


「婚約者ごときが、生意気なのです! あなたには相応しくない。それがわからないのですか!」


 四人掛けのテーブルを挟んで、ユーリィとリティアが取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 子犬と子兎。二匹の小さな獣が、互いの手を握り合って睨みつけている。

 その余りにも子供じみた光景に、クリスティーナさえも呆気にとられるほどだった。


「ね、姉さま!? それに、あの人は―」


 車イスに座っている白髪の少女。過去の戦争に参加していて、オルランド共和国軍の魔術兵士。現役の曹長でもあるクリスティーナにとって、その少女は既知の存在であった。

 自分と同じ、この学園に五人しかいない『登録魔術兵士』であり、学園序列2位の『白雪姫』。


「ど、どうして?」


 彼女たちを止めるべきか?

 ユーリィとリティアの間に入って、喧嘩の仲裁をすべきだろう。

 それが正しい。それが道理だ。


 だが、そんな彼女たちを囲っている空気が、どうにも違和感がある。

 ギスギスとした殺気めいたものが、周囲に溢れかえっている。ここは戦場なのか、と錯覚してしまうほどの、人の憎悪。……いや、男たちの怨念。


 そう、男たちだ。

 その場に集まった男子生徒は、皆一様に同じ感情を発していた。目を血走らせて、歯ぎしりを響かせながら、殺意の波動を放っている。

 渦中のテーブルで気を失って倒れている、シロー・スナイベルを睨んで。


 ……許せない。

 ……婚約者の女の子、白雪姫、眠り姫、ピンクの巨乳ちゃん。くそっ、学園の美少女を独り占めしやがって。

 ……潰す。絶対に潰す。

 ……スナイベルを潰せ。

 ……奴を許すな。俺たちの夢をぶち壊した奴に、裁きを与えてやれ。

 ……そう、俺が!

 ……俺たち、男子連合軍が!

 ……殲滅祭メメント・モリで、お前を地獄に連れていってやる!


 男たちの怨嗟の声が、クリスティーナには確かに聞こえた。


 そして、翌日には。

 全校生徒の男子のほとんどが、学園祭への参加表を提出していた。彼らの合い言葉は、……スナイベルを潰せ。

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