第13話 「彼女の名前は、ミリア」
女子寮の構造は、男子寮とさほど変わらなかった。
魔法学園の雰囲気に合わせた、中世共和国の伝統的な内装。正面玄関から赤いカーペットが敷かれており、窓や階段にも細かい装飾が施してある。生徒が使用している部屋にさえも、職人の手が行き届いていた。伝統を守ってきた共和国の姿勢が、ありありと反映されている建物だった。
「それでミリアさんとは、どういった方なんですか?」
女子寮を案内しながら、ユーリィが聞いてくる。
シローは、廊下ですれ違う女子生徒の視線を感じながら、淡々と答えた。
「そうだな。《砲兵科》の一年生ということは前も言ったが、かなり強力な魔法を使える奴だ。単純な威力なら、学園の中でも五本の指に入るだろう」
「へぇ、すごい人なんですね」
「……あぁ、だが―」
シローは珍しく口をごもらせる。
「彼女は、なんというか、……繊細な人間でな」
「繊細?」
首を傾げるユーリィ。
そんな彼女を見て、ゼノが答えた。
「簡単に言えば、臆病な性格なのさ。いつもビクビク怯えていて、ちょっとしたことで逃げ出してしまう。まぁ、小動物みたいなもんだ」
彼は、女子生徒に手を振りながら続ける。
「この学園に入学してから、ちょっとした事件があってな。それをきっかけに女子寮に引きこもっちまった。授業には出ないし、もちろんランク戦にも参加したことがない」
「そうなんですか。……でも、誰かに怒られたりしないんですか?」
ユーリィのまっとうな疑問に、ゼノは大声で笑い出す。
「はっはっは! 怒るわけがないさ。誰だって、自分の命が惜しいからな!」
「え? それって、どういうことです?」
「会えばわかるさ。なっ、シロ?」
ゼノの問いかけに、シローはあえて答えなかった。
女子寮の階段を上っていく。
三階の一番奥の部屋。そこが目的の場所だった。
それより上の階はなく、隣には空き部屋があるだけ。下の部屋は、学園側の判断で掃除用具室へと変えられている。それもこれも、全てもう一人のチームメイトの魔法が強く影響していた。
「ここが、ミリアさんの部屋みたいです」
案内をしていたユーリィが、一番奥の部屋の前に立つ。
「ユーリィは同じ女子寮で生活していても、彼女と会ったことはないのか?」
「はい。……とは言っても、私はミリアさんの顔を知らないんですけどね」
「ははっ、会っているわけがないさ。なんせ相手は、筋金入りの引きこもりだからな」
ゼノがそう言いながら、部屋の扉に手を伸ばそうとする。
その姿を見て、シローは慌てて彼を止めた。
「ちょっと、待て!」
「んあ? なんだよ?」
「女子寮の寮母に言われているだろうが。……穏便にしろと。お前が出ていっても、ミリアが怯えるだけだ」
「なんだよ、めんどくせーな!」
ゼノはイライラしながら舌打ちをする。
この声が、部屋の主に聞こえていなければいいのだが。
「……ユーリィ、頼む」
「え? はい、わかりました」
シローの頼みを、ユーリィは素直に頷く。
扉の前に立って、こんこんとノックをした。
「えーと、すみません。二階で寝泊まりしているユーリィ・ミカゲというものです。ちょっとお話がしたいので、扉を開けてもらえますか?」
部屋の中にいる少女へと声をかける。
だが、いくら待っても返事はなかった。
「寝ているのでしょうか?」
「可能性はあるな。だが、俺たちも暇じゃない。……寮母さんから鍵を借りてくるか」
「あ、鍵ならありますよ」
ユーリィは制服のポケットから、一本の鍵を取り出した。
「寮母さんから、必要なら使ってもいい、と預かってきました」
「よし、よくやった。……ご褒美に頭を撫でてやろうか?」
「はい、ありがとうございます!」
冗談のつもりだったが、ユーリィが何かを期待するような目で見てくるので、シローは仕方なく彼女の頭を撫でることにする。
すると、ユーリィは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「えへへ」
「……それじゃ、鍵を開けてくれるか?」
「はい!」
ユーリィは上機嫌のまま、ドアノブへと鍵を差し込む。
そして、カチャッと鍵を開けると、扉のドアノブを回した。
だが―
「あれ?」
「ん? どうした?」
「えっと、扉が開かないんです。……向こう側に何かあるみたいで」
ぐっ、とユーリィが力を入れても、わずかな隙間ができるだけ。部屋の様子などわかりようもなかった。後ろでは、ゼノが苛立ちながら扉を睨んでいる。
「どうします?」
「うーん、そうだな。三階だから、窓からは入れないし。……ちょっと、寮母さんへ相談に―」
シローが提案をしようとしていた時だ。
それまで黙っていた男が、唐突に大声を上げた。
……我慢の限界だったらしい。
「だーーっ!! めんどくせーっ!」
ゼノは頭を掻きむしると、ユーリィを押しのけて部屋の前に立つ。
そして、扉に穴があきそうなほど強く叩いた。
「おい! ミリア、いるんだろう! とっとと、この扉を開けやがれ!」
「……なっ、ゼノ!?」
シローが制止しようと手を伸ばすが、ゼノはそれさえも振り払う。
「俺は面倒なことが嫌いなんだよ! おらっ、3秒以内に開けろ! でないと、扉ごとぶち破るからな! ……3、2、1―」
ゼノはカウントダウンしながら、その場から後ろに下がる。
そして、準備運動をするように肩をぐるぐると回す。
「……0。時間切れだ、コノヤローっ!」
瞬間。
ゼノは駆け出した。
わずか数歩で勢いに乗ると、部屋の扉に向かって飛びかかり、そのまま強烈な飛び蹴りを放ったのだ。
ドカンッ、と凄まじい音がした。
その衝撃で、扉の向こう側に積み上げられていたものが、ゼノと共に部屋へなだれ込んでいく。何を積み上げていたのかと思ったら、それらは全て、年頃の少女が好みそうな恋愛漫画だった。
……きゃっ! 何、今の音!?
……三階から聞こえたわ!
ゼノの騒音を聞きつけて、女子寮の生徒たちが一斉に廊下に顔を出す。
そんな彼女たちの視線を浴びながら、シローはその部屋の中を見ていた。
「うっわ」
「わぁ、汚いですね」
シローとユーリィが言葉を失くす。
それほどまでに、部屋の中は散らかっていた。
脱ぎ捨てられた下着、ぐしゃぐしゃに丸まった制服。床には足の踏み場もないくらいに、漫画雑誌やお菓子が放置されている。それらの中に、学園でも見かけない奇妙な銃が無造作に置かれている。
そして部屋の中で、唯一まともそうなベッドの上に。
……この部屋の主がいた。
締め切られたカーテンの隙間から、太陽の光がわずかに差し込む。
ベッドの上の少女は、頭から布団をすっぽりと被っていた。
顔も表情も見えない。
真っ暗の中、彼女の眼だけが見えている。
まるで、怯えながら巣穴に隠れている小動物のように。
「あう!? ……だ、誰なのですか!?」
少女から戸惑いの声が聞こえてきた。
この舌足らずな声と独特の口癖は、ミリアに間違いない。彼女の怯えた視線に気がついて、シローはなるべく自然体で声をかける。
「……よう、ミリア。元気だったか? 俺だ、シロー・スナイベルだ」
返事はないだろう、とシローは思った。
同じチームに宛がわれただけで、ほとんど接点などない。女子寮に引きこもってからは、顔すら見ていないのだ。自分のことなんて忘れているだろう、とまで考えていた。
だが、予想外にも。
ベッドの上の少女はシローの姿を見つけると、その態度を変えた。
それまで怯えていたのが、急に懐かしい友人を見るような目に変わったのだ。
「……あ、あの、も、もしかして、……シロー先輩、なのですか?」
その弱々しい声は、どこか庇護欲を誘うものがあった。
「あぁ、久しぶりだな。ミリア」
シローは部屋の外から手を挙げる。
すると、ベッドの上の少女も、挨拶をするように手を伸ばした。その手は、ユーリィにも負けないくらい小さな手だった。
「……し、シロー先輩が、迎えに、きてくれた。……うれしい、のです」
くすり、と少女が笑うのがわかった。
最初の怯えていた様子はなくなり、どこか和やかな空気が流れる。引きこもり少女の相手などできるのかと思ったが、これならスムーズに事が運びそうだった。
……そう、あの馬鹿がいなければ。
「おっしゃーっ! 突破成功! 《普通歩兵科》の学年主席を舐めんなよ!」
「あうっ!?」
びくり、とベッドの少女が肩を震わせた。
だが、そんなことお構いなしに、ゼノがベッドの少女へと視線を向ける。
「おい、ミリア! この俺様が直々に迎えにきてやったぜ! さっさと、この汚れた部屋からでるぜ!」
「あう! あうあう~」
ぶんぶん、と布団の中で首を横に振っているのがわかる。
ゼノがいることに気づいていなかったのか、突然のことでパニックになってしまい、布団の中で丸くなる。
しかし、ゼノの前では、その行動は逆効果でしかなかった。
「ちっ、めんどくせー」
本日、何回目になるかわからないゼノの舌打ち。
彼の顔に苛立ちの色が浮かんだ瞬間、力づくの行動に出た。
「おらおらっ、さっさと出てきやがれ!」
「あう~っ!?」
ばっ、と強引に布団をめくられて、ようやく少女の姿が露となる。
小柄な少女だった。
今にも泣きそうな赤い瞳と、桃色の小さな唇。
明るいピンク色の髪を、ゆったりとしたツインテールにまとめてある。
守ってあげないと生きていけない小動物、という印象を強く与える容姿であった。ユーリィほどではないが、それでも同学年の子と比べたら、かなり小さい体つきだ。
たったひとつ。
その小柄な体には不釣り合いなほど大きい胸が、服の下から押し上げていた。胸の前のボタンだけが、今にも弾けてしまいそうなほどに。
「あ、あう、……あうあう~」
声にならない悲鳴を上げながら、助けを求めるようにシローを手を伸ばす。
だが、それすら許さないか。
ゼノが獲物を捕らえたように、彼女の襟首を掴んで持ち上げた。
「よしっ、捕獲成功! それじゃ、学園の食堂にでも連行しようぜ!」
「あう!? ……学園、……連行っ?!」
一瞬にして、ミリアの顔色が変わる。
恐怖に青ざめて、唇を小さく震わせている。
「……学園は、いや」
「あ? 何かいったか―」
「……学園は、いや、なの!」
ミリアが震えながら声を絞り出す。
その時だ。
彼女の足元が、うっすらと輝きだした。円形の幾何学模様になったそれは彼女と、彼女の周辺へと広がっていく。……魔法を発動させるための、魔法陣だった。
「や、やべっ!?」
急速に輝きを増していく魔法陣を見て、シローはとっさの行動に出た。
傍にいたユーリィを自分のほうに引き寄せると、そのまま両手で抱え上げる。
「え? シローさ、……きゃっ!?」
そして、この部屋から逃げ出すように走りながら、女子寮にいる全員に聞こえるように大声で叫んだ。
「伏せろ! 魔力暴発が起きるぞっ!」
シローの叫び声を聞いて、バタバタッと女子寮が急に慌ただしくなる。
……あ、頭を低くして!
……テーブルの下に隠れて! 早く!
……きゃぁ! せっかくの休みなのに!
そんな悲鳴を聞きながら、ユーリィを抱えたまま走り続けた。
そして、その数秒後。
女子寮の三階の一番奥の部屋で、コントロール不能に陥ったミリアの魔法が、……大暴発を引き起こしたのだった。




