表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/422

第13話 「彼女の名前は、ミリア」

 女子寮の構造は、男子寮とさほど変わらなかった。

 魔法学園の雰囲気に合わせた、中世共和国の伝統的な内装。正面玄関から赤いカーペットが敷かれており、窓や階段にも細かい装飾が施してある。生徒が使用している部屋にさえも、職人の手が行き届いていた。伝統を守ってきた共和国の姿勢が、ありありと反映されている建物だった。


「それでミリアさんとは、どういった方なんですか?」


 女子寮を案内しながら、ユーリィが聞いてくる。

 シローは、廊下ですれ違う女子生徒の視線を感じながら、淡々と答えた。


「そうだな。《砲兵科カノン》の一年生ということは前も言ったが、かなり強力な魔法を使える奴だ。単純な威力なら、学園の中でも五本の指に入るだろう」


「へぇ、すごい人なんですね」


「……あぁ、だが―」


 シローは珍しく口をごもらせる。


「彼女は、なんというか、……繊細な人間でな」


「繊細?」


 首を傾げるユーリィ。

 そんな彼女を見て、ゼノが答えた。


「簡単に言えば、臆病な性格なのさ。いつもビクビク怯えていて、ちょっとしたことで逃げ出してしまう。まぁ、小動物みたいなもんだ」


 彼は、女子生徒に手を振りながら続ける。


「この学園に入学してから、ちょっとした事件があってな。それをきっかけに女子寮に引きこもっちまった。授業には出ないし、もちろんランク戦にも参加したことがない」


「そうなんですか。……でも、誰かに怒られたりしないんですか?」


 ユーリィのまっとうな疑問に、ゼノは大声で笑い出す。


「はっはっは! 怒るわけがないさ。誰だって、自分のが惜しいからな!」


「え? それって、どういうことです?」


「会えばわかるさ。なっ、シロ?」


 ゼノの問いかけに、シローはあえて答えなかった。


 女子寮の階段を上っていく。

 三階の一番奥の部屋。そこが目的の場所だった。

 それより上の階はなく、隣には空き部屋があるだけ。下の部屋は、学園側の判断で掃除用具室へと変えられている。それもこれも、全てもう一人のチームメイトの魔法が強く影響していた。


「ここが、ミリアさんの部屋みたいです」


 案内をしていたユーリィが、一番奥の部屋の前に立つ。


「ユーリィは同じ女子寮で生活していても、彼女と会ったことはないのか?」


「はい。……とは言っても、私はミリアさんの顔を知らないんですけどね」


「ははっ、会っているわけがないさ。なんせ相手は、筋金入りの引きこもりだからな」


 ゼノがそう言いながら、部屋の扉に手を伸ばそうとする。

 その姿を見て、シローは慌てて彼を止めた。


「ちょっと、待て!」


「んあ? なんだよ?」


「女子寮の寮母に言われているだろうが。……穏便・・にしろと。お前が出ていっても、ミリアが怯えるだけだ」


「なんだよ、めんどくせーな!」


 ゼノはイライラしながら舌打ちをする。

 この声が、部屋の主に聞こえていなければいいのだが。


「……ユーリィ、頼む」


「え? はい、わかりました」


 シローの頼みを、ユーリィは素直に頷く。

 扉の前に立って、こんこんとノックをした。


「えーと、すみません。二階で寝泊まりしているユーリィ・ミカゲというものです。ちょっとお話がしたいので、扉を開けてもらえますか?」


 部屋の中にいる少女へと声をかける。

 だが、いくら待っても返事はなかった。


「寝ているのでしょうか?」


「可能性はあるな。だが、俺たちも暇じゃない。……寮母さんから鍵を借りてくるか」


「あ、鍵ならありますよ」


 ユーリィは制服のポケットから、一本の鍵を取り出した。


「寮母さんから、必要なら使ってもいい、と預かってきました」


「よし、よくやった。……ご褒美に頭を撫でてやろうか?」


「はい、ありがとうございます!」


 冗談のつもりだったが、ユーリィが何かを期待するような目で見てくるので、シローは仕方なく彼女の頭を撫でることにする。

 すると、ユーリィは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「えへへ」


「……それじゃ、鍵を開けてくれるか?」


「はい!」


 ユーリィは上機嫌のまま、ドアノブへと鍵を差し込む。

 そして、カチャッと鍵を開けると、扉のドアノブを回した。

 だが―


「あれ?」


「ん? どうした?」


「えっと、扉が開かないんです。……向こう側に何かあるみたいで」


 ぐっ、とユーリィが力を入れても、わずかな隙間ができるだけ。部屋の様子などわかりようもなかった。後ろでは、ゼノが苛立ちながら扉を睨んでいる。


「どうします?」


「うーん、そうだな。三階だから、窓からは入れないし。……ちょっと、寮母さんへ相談に―」


 シローが提案をしようとしていた時だ。

 それまで黙っていた男が、唐突に大声を上げた。

 ……我慢の限界だったらしい。


「だーーっ!! めんどくせーっ!」


 ゼノは頭を掻きむしると、ユーリィを押しのけて部屋の前に立つ。

 そして、扉に穴があきそうなほど強く叩いた。


「おい! ミリア、いるんだろう! とっとと、この扉を開けやがれ!」


「……なっ、ゼノ!?」


 シローが制止しようと手を伸ばすが、ゼノはそれさえも振り払う。


「俺は面倒なことが嫌いなんだよ! おらっ、3秒以内に開けろ! でないと、扉ごとぶち破るからな! ……3、2、1―」


 ゼノはカウントダウンしながら、その場から後ろに下がる。

 そして、準備運動をするように肩をぐるぐると回す。


「……0。時間切れだ、コノヤローっ!」


 瞬間。

 ゼノは駆け出した。

 わずか数歩で勢いに乗ると、部屋の扉に向かって飛びかかり、そのまま強烈な飛び蹴りを放ったのだ。


 ドカンッ、と凄まじい音がした。

 その衝撃で、扉の向こう側に積み上げられていたものが、ゼノと共に部屋へなだれ込んでいく。何を積み上げていたのかと思ったら、それらは全て、年頃の少女が好みそうな恋愛漫画だった。


 ……きゃっ! 何、今の音!?


 ……三階から聞こえたわ!


 ゼノの騒音を聞きつけて、女子寮の生徒たちが一斉に廊下に顔を出す。

 そんな彼女たちの視線を浴びながら、シローはその部屋の中を見ていた。


「うっわ」


「わぁ、汚いですね」


 シローとユーリィが言葉を失くす。

 それほどまでに、部屋の中は散らかっていた。

 脱ぎ捨てられた下着、ぐしゃぐしゃに丸まった制服。床には足の踏み場もないくらいに、漫画雑誌やお菓子が放置されている。それらの中に、学園でも見かけない奇妙な銃が無造作に置かれている。


 そして部屋の中で、唯一まともそうなベッドの上に。

 ……この部屋の主がいた。


 締め切られたカーテンの隙間から、太陽の光がわずかに差し込む。

 ベッドの上の少女は、頭から布団をすっぽりと被っていた。


 顔も表情も見えない。

 真っ暗の中、彼女の眼だけが見えている。

 まるで、怯えながら巣穴に隠れている小動物のように。


「あう!? ……だ、誰なのですか!?」


 少女から戸惑いの声が聞こえてきた。

 この舌足らずな声と独特の口癖は、ミリアに間違いない。彼女の怯えた視線に気がついて、シローはなるべく自然体で声をかける。

「……よう、ミリア。元気だったか? 俺だ、シロー・スナイベルだ」


 返事はないだろう、とシローは思った。

 同じチームに宛がわれただけで、ほとんど接点などない。女子寮に引きこもってからは、顔すら見ていないのだ。自分のことなんて忘れているだろう、とまで考えていた。


 だが、予想外にも。

 ベッドの上の少女はシローの姿を見つけると、その態度を変えた。

 それまで怯えていたのが、急に懐かしい友人を見るような目に変わったのだ。


「……あ、あの、も、もしかして、……シロー先輩、なのですか?」


 その弱々しい声は、どこか庇護欲を誘うものがあった。


「あぁ、久しぶりだな。ミリア」


 シローは部屋の外から手を挙げる。

 すると、ベッドの上の少女も、挨拶をするように手を伸ばした。その手は、ユーリィにも負けないくらい小さな手だった。


「……し、シロー先輩が、迎えに、きてくれた。……うれしい、のです」


 くすり、と少女が笑うのがわかった。

 最初の怯えていた様子はなくなり、どこか和やかな空気が流れる。引きこもり少女の相手などできるのかと思ったが、これならスムーズに事が運びそうだった。


 ……そう、あの馬鹿ゼノがいなければ。


「おっしゃーっ! 突破成功! 《普通歩兵科アサルト》の学年主席を舐めんなよ!」


「あうっ!?」


 びくり、とベッドの少女が肩を震わせた。

 だが、そんなことお構いなしに、ゼノがベッドの少女へと視線を向ける。


「おい、ミリア! この俺様が直々に迎えにきてやったぜ! さっさと、この汚れた部屋からでるぜ!」


「あう! あうあう~」


 ぶんぶん、と布団の中で首を横に振っているのがわかる。

 ゼノがいることに気づいていなかったのか、突然のことでパニックになってしまい、布団の中で丸くなる。

 しかし、ゼノの前では、その行動は逆効果でしかなかった。


「ちっ、めんどくせー」


 本日、何回目になるかわからないゼノの舌打ち。

 彼の顔に苛立ちの色が浮かんだ瞬間、力づくの行動に出た。


「おらおらっ、さっさと出てきやがれ!」


「あう~っ!?」


 ばっ、と強引に布団をめくられて、ようやく少女の姿が露となる。


 小柄な少女だった。

 今にも泣きそうな赤い瞳と、桃色の小さな唇。

 明るいピンク色の髪を、ゆったりとしたツインテールにまとめてある。


 守ってあげないと生きていけない小動物、という印象を強く与える容姿であった。ユーリィほどではないが、それでも同学年の子と比べたら、かなり小さい体つきだ。


 たったひとつ。

 その小柄な体には不釣り合いなほど大きい胸が、服の下から押し上げていた。胸の前のボタンだけが、今にも弾けてしまいそうなほどに。


「あ、あう、……あうあう~」


 声にならない悲鳴を上げながら、助けを求めるようにシローを手を伸ばす。


 だが、それすら許さないか。

 ゼノが獲物を捕らえたように、彼女の襟首を掴んで持ち上げた。


「よしっ、捕獲成功! それじゃ、学園の食堂にでも連行しようぜ!」


「あう!? ……学園、……連行っ?!」


 一瞬にして、ミリアの顔色が変わる。

 恐怖に青ざめて、唇を小さく震わせている。


「……学園は、いや」


「あ? 何かいったか―」


「……学園は、いや、なの!」


 ミリアが震えながら声を絞り出す。


 その時だ。

 彼女の足元が、うっすらと輝きだした。円形の幾何学模様になったそれは彼女と、彼女の周辺へと広がっていく。……魔法を発動させるための、魔法陣だった。


「や、やべっ!?」


 急速に輝きを増していく魔法陣を見て、シローはとっさの行動に出た。

 傍にいたユーリィを自分のほうに引き寄せると、そのまま両手で抱え上げる。


「え? シローさ、……きゃっ!?」


 そして、この部屋から逃げ出すように走りながら、女子寮にいる全員に聞こえるように大声で叫んだ。


「伏せろ! 魔力暴発が起きるぞっ!」


 シローの叫び声を聞いて、バタバタッと女子寮が急に慌ただしくなる。


 ……あ、頭を低くして!


 ……テーブルの下に隠れて! 早く!


 ……きゃぁ! せっかくの休みなのに!


 そんな悲鳴を聞きながら、ユーリィを抱えたまま走り続けた。


 そして、その数秒後。

 女子寮の三階の一番奥の部屋で、コントロール不能に陥ったミリアの魔法が、……大暴発を引き起こしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ