第40話 「接近戦なら勝てる、とクリスティーナは確信した」
――◇――◇――◇――◇――◇―
「くっ! このっ!」
定まらない狙いに、クリスティーナは苛立っていた。
構えた銃口の先には、シローがひたすら走り続けている。距離を詰めず、遠ざけず。ひたすら同じ間合いを維持しながら、こちらの攻撃を翻弄していく。
「ずっと逃げ回っているなんて、持久戦のつもりですか!?」
思わず叫んでしまう。
シローがこちらのミスを誘っているのは、目に見えてわかることだった。無駄弾を誘っていのか、それともマガジン再装填の隙を突くつもりなのか。どちらにせよ、クリスティーナにとっては最悪の選択だった。
……すでに、最初のマガジンを使い切ってしまった。
「く、くそっ!」
普段なら決して口にしないような汚い言葉を吐いて、新しいマガジンへ装填する。これ以上は、無駄弾を撃つわけにはいかない。
「どうする、どうする」
空のマガジンを投げ捨てて、苛立ちをぶつける。
シローとの戦いが膠着状態となっているのは、この間合いに問題があった。
鬱蒼としている林の中で、射線が通る瞬間は限りなく少ない。シローの『消滅魔法』なら、その木すら貫通させてしまうのだろうが、クリスティーナの放っているのは、音がしないだけの普通の銃弾。射線の通らない点において、相応に不利だった。
「……でも、兄さんも魔法は使えないはず」
学園の銃を使っていることから、シローが『消滅魔法』を使えないことは見抜いている。
ならば、条件は変わらない。
お互いに射線の通らない狙撃戦。
だったら、自分の強みを生かせばいい。
クリスティーナは狙うことをやめて、木の後ろへと身を隠す。そして『無音魔法』を発動させたまま、一気に駆け出したのだ。
「……接近戦なら、勝てる!」
狙撃銃の早撃ちなら、シローのほうが上手だ。
だが、こちらが先手を取って、相手に気づかれるよりも先に撃つことができれば、……彼に勝つことができる。
狙撃手同士の対決は、先に敵を見つけたほうが勝つ。
足音をさせずに全力疾走して、一気に間合いを詰める。絶対に当てられる距離にまで近づいて、側面から不意をつくのだ。例え、反撃されようとも連射性能は『ドラグーン』のほうが上だ。こちらが一発をもらう前に、ありったけの銃弾を叩きこめばいい。
それで、勝てる。
戦争の英雄ホワイトフェザーに、勝てるのだ。
クリスティーナは薄暗い林を走って、大きく迂回しながらシローの側面へと向かう。向こうもこちらを見失ったのか、ぴたりと銃声が止んでいた。
……チャンスだ!
『無音魔法』を発動させたまま、木の陰で息を整える。これほど長い時間、魔法を行使したことがなかったので、予想以上に精神力を必要とした。だが、それでもクリスティーナは意を決すると、シローに向かって飛び出した。
「兄さん、覚悟っ!」
狙撃銃を構えたまま、地面へと滑り込む。ザザッ、と両足で踏ん張ってブレーキをかけながら、スコープ越しではなく、肉眼で相手を捕らえようとする。
……勝った、とクリスティーナは確信した。
だが、目の前の光景に。彼女は声も出ないほど驚愕してしまう。
「……っ!」
こちらに向けられているのは、ひとつの視線。
シローもまた、クリスティーナの作戦を読んでいた。静かに狙い澄ましたまま、こちらが出てくるタイミングを見計らっていたのだ。
……読まれていた。
……でも、後には引けない。
予想以上にリスクが高かったことに後悔しながらも、クリスティーナは構わず引き金に指を伸ばす。『無音魔法』を発動させて、銃口に魔法陣を展開。
そして、刹那の時を挟んで。
一つの銃声と、二つの銃弾が交差した。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「シローさんは、勝つでしょうか?」
「あうあう~、わかりません」
民家の壁を背に預けながら、ユーリィとミリアが言葉を交わす。
二人とも、先ほどまで陣取っていた民家から、ほとんど移動していなかった。敵が近づいてきているならば、それを迎え撃てばいい。そう主張するゼノに従って、銃を構えたまま臨戦態勢を整えていた。
しかし、いつまでたっても敵チームの姿は見えない。
不審に思ったゼノは、単独で偵察に出ることにした。それが数分前のこと。無線機で何も言ってこないので、まだ敵チームの動きはわからないのだろう。
「あ、あの、ユーリィ先輩?」
「なんですか?」
わずかに緊張感を保ったまま、ミリアが尋ねる。
「ユーリィ先輩にしてみたら、どちらに勝ってほしいのですか? やっぱり、シロー先輩ですか?」
「う~ん、どうでしょう」
ユーリィは『コノハナ=サクヤ』を構えたまま、考えるように唸る。
「……正直、どっちでも良いと思っています」
「え?」
「シローさんも、クリスティーナちゃんも、今ではなく過去と戦っています。あの戦争が残した傷跡。自分の感情の置き場所。そういったものに決着が着くのであれば、どちらが勝っても問題ありません」
ユーリィが穏やかに笑う。
それでも、とミリアが不安な顔を浮かべる。
「で、でも、クリスティーナさんの表情は、いつもと明らかに違いました。もし、シローさんを傷つけるようなことになったら―」
「ふふっ、そんなことないと思いますよ」
心配性の後輩に、優しい口調で答える。
「あのクリスティーナちゃんですよ? シローさんのことが大好きで、世界で一番大好きで。そんな人に酷いことができるわけがないじゃないですか」
それにですね、とユーリィは続ける。
「例え、クリスティーナちゃんが酷いことをしようとも、シローさんが負けるなんてありえません。何といったって、あのシローさんなんですから」
「……そう、ですよね」
シローの強さは、ミリアも知るところだった。
この学園に入学した時に、知らない男に連れ去られようとしていたところを、シローが助けたのだ。あの日から、ミリアにとって正義のヒーローであった。
その時のことを思いだしたのか、ミリアがわずかに微笑む。緊迫したままの戦場に、一瞬だけ気が緩んだ。
そんな時だ。
がさり、と目の前の草むらが揺れたのは。
「ん? ゼノさんかな?」
ユーリィが緊張を解きながら眺めていると、そこから出てきたのは予想外のものだった。
黒い銃口。
それに続いて、屈強な二人の男が姿を見せた。帝国製のライフルで武装した、クリスティーナのチームメイトであった。
「ひ、ひいっ!」
「て、敵っ!?」
突然の襲撃に、ユーリィは瞬時に戦闘態勢に入る。『コノハナ=サクヤ』を構えて、迷うことなく紅色の引き金に指を伸ばす。
……だが。
「うおっ! 待て待て待て!」
「撃つなよ! 俺たちは戦いに来たわけじゃないんだ!」
銃を構えているユーリィを見て、男たちは慌てて草むらから出てくる。そして、手にした銃を地面に落としては、両手を上に掲げた。その表情からは戦意は感じ取れなかった。
だが、ユーリィは警戒を怠らない。
人形のような感情のない瞳で、冷たく言い放つ。
「……警告する。全ての武装を解除して、手を上げたまま地面に跪きなさい。それができない場合は敵兵と見なし、即時、射殺する」
かつて、スパイとして叩き込まれた習慣が、彼女を戦場の機械人形へと変えていた。
「おいおい、そんな目で見るなって!」
「完全に殺るときの顔じゃねーか! 頼むから、話を聞いてくれって!」
さすがは戦場を経験している男たち。
ユーリィが本気かどうか、瞬時に判別してみせた。ランク戦の銃弾で射殺できるかは怪しいところだが、やり方によっては病院送りくらいはできる。
男たちは過去の経験から、無駄な抵抗はしないほうがいいと判断した。ユーリィに言われた通りにして、彼女による身体検査を受けてから、初めて銃口を下に向けてもらった。
「……はぁ。見かけによらず、恐ろしいチビっ子だな」
「……やっぱり、少尉の嫁だぜ。あんな目を向けられたのも、戦争が終わってから初めてだよ」
二人は心から恐怖しながら、ユーリィと向かい合う。ちなみに、ゼノが戻ってくるまで、手を下ろすことを許さなかったので、今も両手を上げたままだ。
「それで、敵チームである人たちが何の用ですか?」
ユーリィが銃を弄びながら、男たちに問いかける。
時折、銃口をチラつかせては、男たちの冷や汗を誘う。その姿は、新兵を訓練する鬼軍曹か、捕虜を尋問する専門家か。どちらにせよ、幼女の姿をしたユーリィには、あまり似つかわしくなかった。
二人の男は両手を上げたまま口を開く。
「なぁに、深い意味はないさ。ただ、朝からクリスティーナ隊長の様子が変だったからな」
「あのブラコン隊長の反抗期だ。だったら、このランク戦。俺たちが出しゃばってもしょうがない。気が済むまで、少尉にぶつかっていけばいい」
男たちは、穏やかな表情を浮かべて説明する。
但し、その胸の内には。自分たちの賭けが負けないようにするため、という算段をつけてもことだった。
「まぁ。ゼノ・スレッジハンマーが戻ってきたら、のんびりと戦いが終わるのを待とうぜ」
「……失恋か。きっと、隊長は泣いて帰ってくるな」
男たちの会話に、ユーリィとミリアが黙って顔を見合わせた。




