表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/422

第40話 「接近戦なら勝てる、とクリスティーナは確信した」


――◇――◇――◇――◇――◇―


「くっ! このっ!」


 定まらない狙いに、クリスティーナは苛立っていた。

 構えた銃口の先には、シローがひたすら走り続けている。距離を詰めず、遠ざけず。ひたすら同じ間合いを維持しながら、こちらの攻撃を翻弄していく。


「ずっと逃げ回っているなんて、持久戦のつもりですか!?」


 思わず叫んでしまう。

 シローがこちらのミスを誘っているのは、目に見えてわかることだった。無駄弾を誘っていのか、それともマガジン再装填の隙を突くつもりなのか。どちらにせよ、クリスティーナにとっては最悪の選択だった。


 ……すでに、最初のマガジンを使い切ってしまった。


「く、くそっ!」


 普段なら決して口にしないような汚い言葉を吐いて、新しいマガジンへ装填する。これ以上は、無駄弾を撃つわけにはいかない。


「どうする、どうする」


 空のマガジンを投げ捨てて、苛立ちをぶつける。

 シローとの戦いが膠着状態となっているのは、この間合いに問題があった。


 鬱蒼としている林の中で、射線が通る瞬間は限りなく少ない。シローの『消滅魔法セロ』なら、その木すら貫通させてしまうのだろうが、クリスティーナの放っているのは、音がしないだけの普通の銃弾。射線の通らない点において、相応に不利だった。


「……でも、兄さんも魔法は使えないはず」


 学園の銃を使っていることから、シローが『消滅魔法セロ』を使えないことは見抜いている。


 ならば、条件は変わらない。

 お互いに射線の通らない狙撃戦。


 だったら、自分の強みを生かせばいい。

 クリスティーナは狙うことをやめて、木の後ろへと身を隠す。そして『無音魔法サイレント』を発動させたまま、一気に駆け出したのだ。


「……接近戦なら、勝てる!」


 狙撃銃の早撃ちなら、シローのほうが上手だ。

 だが、こちらが先手を取って、相手に気づかれるよりも先に撃つことができれば、……彼に勝つことができる。


 狙撃手同士の対決は、先に敵を見つけたほうが勝つ。


 足音をさせずに全力疾走して、一気に間合いを詰める。絶対に当てられる距離にまで近づいて、側面から不意をつくのだ。例え、反撃されようとも連射性能は『ドラグーン』のほうが上だ。こちらが一発をもらう前に、ありったけの銃弾を叩きこめばいい。


 それで、勝てる。

 戦争の英雄ホワイトフェザーに、勝てるのだ。


 クリスティーナは薄暗い林を走って、大きく迂回しながらシローの側面へと向かう。向こうもこちらを見失ったのか、ぴたりと銃声が止んでいた。


 ……チャンスだ!

 『無音魔法サイレント』を発動させたまま、木の陰で息を整える。これほど長い時間、魔法を行使したことがなかったので、予想以上に精神力を必要とした。だが、それでもクリスティーナは意を決すると、シローに向かって飛び出した。


「兄さん、覚悟っ!」


 狙撃銃を構えたまま、地面へと滑り込む。ザザッ、と両足で踏ん張ってブレーキをかけながら、スコープ越しではなく、肉眼で相手を捕らえようとする。


 ……勝った、とクリスティーナは確信した。

 だが、目の前の光景に。彼女は声も出ないほど驚愕してしまう。


「……っ!」


 こちらに向けられているのは、ひとつの視線。

 シローもまた、クリスティーナの作戦を読んでいた。静かに狙い澄ましたまま、こちらが出てくるタイミングを見計らっていたのだ。


 ……読まれていた。

 ……でも、後には引けない。


 予想以上にリスクが高かったことに後悔しながらも、クリスティーナは構わず引き金に指を伸ばす。『無音魔法サイレント』を発動させて、銃口に魔法陣を展開。


 そして、刹那の時を挟んで。

 一つの銃声と、二つの銃弾が交差した。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「シローさんは、勝つでしょうか?」


「あうあう~、わかりません」


 民家の壁を背に預けながら、ユーリィとミリアが言葉を交わす。


 二人とも、先ほどまで陣取っていた民家から、ほとんど移動していなかった。敵が近づいてきているならば、それを迎え撃てばいい。そう主張するゼノに従って、銃を構えたまま臨戦態勢を整えていた。


 しかし、いつまでたっても敵チームの姿は見えない。

 不審に思ったゼノは、単独で偵察に出ることにした。それが数分前のこと。無線機で何も言ってこないので、まだ敵チームの動きはわからないのだろう。


「あ、あの、ユーリィ先輩?」


「なんですか?」


 わずかに緊張感を保ったまま、ミリアが尋ねる。


「ユーリィ先輩にしてみたら、どちらに勝ってほしいのですか? やっぱり、シロー先輩ですか?」


「う~ん、どうでしょう」


 ユーリィは『コノハナ=サクヤ』を構えたまま、考えるように唸る。


「……正直、どっちでも良いと思っています」


「え?」


「シローさんも、クリスティーナちゃんも、今ではなく過去と戦っています。あの戦争が残した傷跡。自分の感情の置き場所。そういったものに決着が着くのであれば、どちらが勝っても問題ありません」


 ユーリィが穏やかに笑う。

 それでも、とミリアが不安な顔を浮かべる。


「で、でも、クリスティーナさんの表情は、いつもと明らかに違いました。もし、シローさんを傷つけるようなことになったら―」


「ふふっ、そんなことないと思いますよ」


 心配性の後輩に、優しい口調で答える。


「あのクリスティーナちゃんですよ? シローさんのことが大好きで、世界で一番大好きで。そんな人に酷いことができるわけがないじゃないですか」


 それにですね、とユーリィは続ける。


「例え、クリスティーナちゃんが酷いことをしようとも、シローさんが負けるなんてありえません。何といったって、あのシローさんなんですから」


「……そう、ですよね」


 シローの強さは、ミリアも知るところだった。

 この学園に入学した時に、知らない男に連れ去られようとしていたところを、シローが助けたのだ。あの日から、ミリアにとって正義のヒーローであった。


 その時のことを思いだしたのか、ミリアがわずかに微笑む。緊迫したままの戦場に、一瞬だけ気が緩んだ。


 そんな時だ。

 がさり、と目の前の草むらが揺れたのは。


「ん? ゼノさんかな?」


 ユーリィが緊張を解きながら眺めていると、そこから出てきたのは予想外のものだった。


 黒い銃口。

 それに続いて、屈強な二人の男が姿を見せた。帝国製のライフルで武装した、クリスティーナのチームメイトであった。


「ひ、ひいっ!」


「て、敵っ!?」


 突然の襲撃に、ユーリィは瞬時に戦闘態勢に入る。『コノハナ=サクヤ』を構えて、迷うことなく紅色の引き金に指を伸ばす。


 ……だが。


「うおっ! 待て待て待て!」


「撃つなよ! 俺たちは戦いに来たわけじゃないんだ!」


 銃を構えているユーリィを見て、男たちは慌てて草むらから出てくる。そして、手にした銃を地面に落としては、両手を上に掲げた。その表情からは戦意は感じ取れなかった。


 だが、ユーリィは警戒を怠らない。

 人形のような感情のない瞳で、冷たく言い放つ。


「……警告する。全ての武装を解除して、手を上げたまま地面に跪きなさい。それができない場合は敵兵と見なし、即時、射殺する」


 かつて、スパイとして叩き込まれた習慣が、彼女を戦場の機械人形へと変えていた。


「おいおい、そんな目で見るなって!」


「完全に殺るときの顔じゃねーか! 頼むから、話を聞いてくれって!」


 さすがは戦場を経験している男たち。

 ユーリィが本気かどうか、瞬時に判別してみせた。ランク戦の銃弾で射殺できるかは怪しいところだが、やり方によっては病院送りくらいはできる。


 男たちは過去の経験から、無駄な抵抗はしないほうがいいと判断した。ユーリィに言われた通りにして、彼女による身体検査を受けてから、初めて銃口を下に向けてもらった。


「……はぁ。見かけによらず、恐ろしいチビっ子だな」


「……やっぱり、少尉の嫁だぜ。あんな目を向けられたのも、戦争が終わってから初めてだよ」


 二人は心から恐怖しながら、ユーリィと向かい合う。ちなみに、ゼノが戻ってくるまで、手を下ろすことを許さなかったので、今も両手を上げたままだ。


「それで、敵チームである人たちが何の用ですか?」


 ユーリィが銃を弄びながら、男たちに問いかける。

 時折、銃口をチラつかせては、男たちの冷や汗を誘う。その姿は、新兵を訓練する鬼軍曹か、捕虜を尋問する専門家か。どちらにせよ、幼女の姿をしたユーリィには、あまり似つかわしくなかった。


 二人の男は両手を上げたまま口を開く。


「なぁに、深い意味はないさ。ただ、朝からクリスティーナ隊長の様子が変だったからな」


「あのブラコン隊長の反抗期だ。だったら、このランク戦。俺たちが出しゃばってもしょうがない。気が済むまで、少尉にぶつかっていけばいい」


 男たちは、穏やかな表情を浮かべて説明する。

 但し、その胸の内には。自分たちの賭けが負けないようにするため、という算段をつけてもことだった。


「まぁ。ゼノ・スレッジハンマーが戻ってきたら、のんびりと戦いが終わるのを待とうぜ」


「……失恋か。きっと、隊長は泣いて帰ってくるな」


 男たちの会話に、ユーリィとミリアが黙って顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ