第32話 「20発入りを1箱」
クリスティーナの瞳には、とある決意が現れていた。
実力主義の魔法学園では、ランキングが上位になるほど様々な特権が与えられ、多少の校則違反も見逃される傾向にある。今回の騒ぎも、彼女が序列5位ということもあって、注意に留まっているくらいだ。
だが、さすがに実弾を、……それも生徒に向かって撃つとなると、見逃されることはないだろう。
魔法学園は強制的に退学。
そして、軍に所属してるクリスティーナは軍歴を剥奪され、軍法会議に掛けられることになる。
それがわかっていても、彼女の決意に揺るぎはない。
父親の仇を取る。そのために、今まで生きてきた。
「ほらよ、嬢ちゃん。注文の品だ」
ガラの悪い店員が、小さな紙箱を手渡す。
薄茶色に包まれたお馴染みのパッケージは、共和国軍で採用されている純正品に間違いない。
だが、その銃弾の箱を見て、クリスティーナは不快そうに顔を歪めた。
「すみません。私が頼んだのは、50発入りを3箱。合計150発なのですが」
「なんだ、不満なのか」
ケケケ、と店員は薄笑いを浮かべる。
汚れたバンダナに油と火薬にまみれたタンクトップ、という少しイカツイ格好の男が相手にも関わらず、クリスティーナは猛然と食いかかる。
「不満です! ちゃんと注文通りに用意してください! 私はお客さんなんですよ!」
ダンッ、と店のカウンターを叩く。
「しかも、これは20発入りではありませんか! それをたった1箱なんて、どういうつもりなんです!」
「ケケッ。どうも、こうもねぇ」
憤慨するクリスティーナに、店員は意地悪そうに笑った。
「なぁ、嬢ちゃん。あんた素人だろう?」
「は?」
ぽかん、と唖然となる。
現役の軍人であり、曹長という肩書きを持っていて、帝国が恐れた登録魔術兵士であるクリスティーナに向かって、素人とは。
そんなことは言われたのは、戦時中にシローに色々と教わっていたとき以来だった。
「……私の身分を、学園と軍に照合してもらってもいいんですよ」
「おいおい、現役の軍人さんかい。だったら尚更、解せねぇな。なんで嬢ちゃんみたいな素人が、こんなものを注文するんだ?」
「だから、私は素人では―」
いよいよ辟易とし始めた頃、店員はクリスティーナの声を遮る。
「銃の扱いのことを言っているんじゃねぇ。悪だくみとか、犯罪まがいなことか、そんなことをしたことがないだろう?」
適当にあしらわれているような言い方に、むっとなる。まるで子供扱いされているような気がした。
「当たり前です! 私は軍人として、一人の人間として、犯罪に手を染めたことなんて一度もありません!」
「ケケッ、だろうな」
ガラの悪い店員の態度は変わらない。
「あの戦争を生き残って、それでも堂々と身の潔白を言えるなんてな。……嬢ちゃん。あんた、よほど大事に育てられたらしい。師匠に感謝するんだな」
「っ!」
店員の言葉に、すぐさまシローのことを思いだしてしまう。
何もできなかった自分に、銃の撃ち方を教えてくれた。それだけじゃない。今にしてみれば、どうして生き残れたのかよく理解できる。
足手まといでしかない新兵なのに、食べ物のない飢えや、水のない喉の渇きを、ほとんど経験してこなかったのだ。
食べ物は、シローがくれた。
飲み水は、シローがくれた。
銃の手入れも、銃弾も、その全てをシローがしてくれたのだ。彼がどこから、水や食料を手に入れていたのか。そんなことすら考える余裕もなかったのに。
……ぎゅっ、と胸が締め付けられる。
小さな恋心に、再び火が灯りそうだった。
ダメなのに。父を撃った憎むべき人間なのに。
どうして、この想いは消えないのか。必死に感情を押し殺そうとしているのに、どうしても顔を出してしまう。
……兄さんに、会いたくなってしまう。
「……私の師匠は、人殺しです」
自分の気持ちを否定するように、クリスティーナは強い口調で言った。
だが、店員は薄笑いを浮かべたままだ。
「ケケケ。そんなことを言っているから、嬢ちゃんは素人なんだよ。軍人は人を殺すために訓練をしている。そういった汚い側面から目を背けているようじゃ、子供扱いされてもしょうがねぇな」
「……くっ」
悔しくて、唇を噛む。
何も言い返せなかったこともあるが、店員の言っていることが正しいとも思えたのだ。
「とにかく、今日はそれ以上は売れねぇな。20発入り1箱だ。今日はそいつも持って、とっとと学園に帰んな」
クリスティーナは少しだけ迷うも、言われた通りに会計を済ませる。
彼女の使っている狙撃銃『ドラグーン』。そのマガジンに入る銃弾は10発。素早い連射が得意のセミオートなのに、マガジン2つしか用意できないとなると不安が残る。
他の店でもかき集めようか。そう思ったが、これ以上学園から目をつけられるわけにはいかない。父親の仇を取るまで、ひっそりと息を殺しておかないと。
「……20発。これだけで」
学園に帰るバスに乗って、実弾の入った紙袋を抱きしめる。
やはり、ランク戦でやるしかない。
堂々と銃を向けられるタイミングは限られている。授業でも、自主訓練でも、意味もなく銃を突きつけれるはずがない。
それに、相手はシロー・スナイベルだ。
戦争の英雄『ホワイトフェザー』の最後の生き残りにして、共和国軍の最多狙撃数を記録した『消滅魔法』の使い手である。そう簡単には倒せないだろう。
……ランク戦で。
……そう、ランク戦でやるしかない。
曇天続きの空を見上げては、次の戦いに決意を固めるのだった。
――◇――◇――◇――◇――◇―
同日の午後。
男子学生寮に戻ったシローは、寮監から荷物が届いていると言われた。
玄関口の傍にある、荷物置き場。そこに置いていあるひと際目を引く大きな鞄。まるで高価な楽器でも入っていそうなそれを見ると、送り主が誰だかすぐに検討がついた。
「ようやく、届いたな」
宛名を見ると、ものすごく汚い文字で『小僧の女へ』と書かれている。どうやら本当に、国宝の整備を後回しにしたらしい。
シローはその場で中身を確認することはせず、鞄を片手に自室へと向かう。
そして、当然のように同居している彼女に向かって口を開く。
「ユーリィ。お前の銃が届いたぞ」




