第1話 「臆病者と呼ばれる理由」
……その戦いで、英雄は臆病者と呼ばれた。
ガリオン帝国との全面戦争。当初から劣勢だったオルランド共和国を救ったのは、たった一人の狙撃手だった。
その姿を見たものは誰もいない。
戦場の影に隠れながら、息を殺して敵を撃つ。
故に、彼はこう呼ばれた。
『臆病者のホワイトフェザー』と。
――◇――◇――◇――◇――◇―
学園のスナイパーライフルを握りながら、シロー・スナイベルは小さく息を吐いた。
彼がいるのは、緑の溢れた森林地帯。
木陰の茂みに身を隠しながら、銃についた望遠スコープで敵チームの動きを探っている。地面にうつ伏せになって銃を構える、という伏射姿勢だった。
「――おい、シロ。敵さんは見つかったか?」
無線通信から聞こえてきた仲間の声に、シローは簡潔に答える。
「あぁ。俺の視線の先、距離300メートルのところ」
「――数は?」
「四人だ。こちらには気がついていない。合図なのかよくわからないが、仲間のほうに向かって手を振っているぞ。……まるで、素人だな」
「――ははっ、そいつはいい。どこにいるのか教えているようなものだ」
無線機の向こうで相棒が笑った。
それには答えず、シローは無表情のまま問いかける。
「で、これからどうするんだ?」
「――そんなの決まっているだろう。突撃あるのみだ! この俺を誰だと思っている!?」
「学園の《普通歩兵科》に所属している、突撃しかできない優等生だ」
「――ははっ、違いねぇ! じゃあ、狙撃手はそこから高みの見物でもしてくれ!」
プツッ、と無線が切れると、シローはうつ伏せのになって銃を構えた。
長細い銃だった。
遠くの敵を倒すために作られたスナイパーライフルは、一見すると華奢な外見をしている。
長距離まで弾丸を放つための銃身。銃弾を装填するためのボルトハンドル。高倍率の望遠スコープを覗きながら敵を撃つのだが、シローの指は、まだ引き金に触れていない。
「おらおらっ! 敵はどこだ!」
しばらくすると、遠くのほうから男の大声が聞こえてきた。
顔を上げなくてもわかる。
先ほどまで話していた、チームメイトの声だ。
「はーっはっはっは! 出てきやがれ! この俺様と勝負しろ!」
その声に驚いたのか、スコープの向こう側にいる相手チームが一斉に顔を上げた。
彼らはチーム内で相談すると、声のしたほうへと移動を始める。シローは敵チームを狙ったまま、彼らの様子を観察する。覗いているスコープの中心には、常に敵の頭部が映されていた。
撃てば必ず倒せる状況だが、……まだ、引き金は引かない。
「どうした! 俺様との勝負に怖気づいたのか!?」
勇ましい大声を出して、チームメイトの相棒が歩いていく。
共和国の旧式ライフルを肩に担ぎながら、不敵な表情を浮かべていた。対戦相手のチームも、その姿を確認すると、待ち伏せをするように木陰に隠れる。
シローからも敵の姿は見えたが、……まだ撃たない。
「おいおい。まさか、ビビッて逃げたんじゃ―」
そんなことを言いながら、相棒が彼らのいる場所を通り過ぎて、背中を向けた瞬間-
相手チームの四人が、一斉に木の陰から飛び出した。
そして思う存分に、チームメイトの背中へと撃ち始めたのだ。
バラララッ、と銃声が響き渡る。
帝国から技術提供された最新鋭のライフルから、学園内で使用している模擬弾が一斉に放たれた。
「あたたたっ! ちょっ、待てよ! 後ろからなんて、卑怯じゃねーか!」
それまでの勇ましさはどこにいったのか。
背中を狙われた相棒は、被弾による痛みで小躍りをしながら、逃げるように茂みの中へと飛び込んだ。
だが、とても残念なことに。
彼のいる場所は丸見えだった。小さな茂みから、彼の尻だけがはみ出ており、その光景には相手チームからも失笑されるほど。
「馬鹿丸出しだな」
シローも溜息まじりに、スナイパーライフルを構え直す。
スコープの中心にある十字には、相手のチームリーダーと思われる男を捕らえている。
狙っているのは、頭部。ここからでは絶対に外さない距離であり、仲間を助けるための最後のチャンスだった。
後は、引き金を引くだけだ。
「……」
だが、撃たない。
シローは引き金に指をかけることもせず、ただ黙って相手チームの頭を狙い続ける。
やがて、相棒のいる茂みが囲まれて、同時に銃を突きつけられた。
このままだと、相棒が撃たれてしまう。
それでも、撃たない。
何の迷いもなく、何の葛藤もなく。シロー・スナイベルは静かに傍観する。
そして、わずかな時間が経過して―
「ぎゃあああああああっ!」
バララララッという銃声と、相棒の悲鳴が森に響き渡った。
スコープ越しに、相棒がぐったりと倒れているのを見たシローは、おもむろに引き金から指を離した。
そして、望遠スコープから顔を離すと、腰のポーチから信号弾を上空へ打ち上げる。
ぱしゅ~、と音を立てて真っ白な煙が上がった。
それは、学園ランク戦で負けを認めるという、降参の合図だった。