うらら
雲が少しかかり、漏れ出る春の陽光を浴びながら、宏一は小高い丘にある大木にもたれて空を見る。
ライブ衣装でもある黒スーツを開襟したいつものいでたち。傍らに愛用のアコースティックギターを置いている。宏一は髪をかきながらため息をついた。今ひとつ心が集中できない。
新曲の構想に行き詰ってマンションを飛び出してきた宏一は、流れ流れてここにたどり着いた。
昨夜と今朝は繁華街をぶらついてみた。この街に生きる者すべてが、強いビートを刻んでいるように見える。街全体が活気に満ちていた。
ここならいい曲が作れそうだ。人けの少ないところを探し歩いて、昼にさしかかった頃、街を見下ろせるこの丘にたどり着いた。
木を背にして心を集中させる。ぼんやりと心にある街の活気をじょじょにイメージへと形を与えていく。なかなか難しい作業だ。
持ってきた楽譜に試行錯誤でペンを走らせる。少し書いてはまたイメージを膨らませる。その繰り返しだ。
ある程度書いたら頭から弾き、気に入らない部分に修正を加えていく。
とりあえず最後まで書き上げてみた。それを最初から弾いてみるが、何か物足りない。躍動感がないのだ。
仕方ない。また最初からやり直そう。
そう思って次の譜面を取り出したとき、丘の下から小学生くらいの子どもが三人、勢いよく丘を駆け上がってきた。
宏一の前で立ち止まった三人は息を整える。 「ねえ、お兄ちゃんって宏一だろ? ホワイトナイトの!」
三人は目を輝かせながら尋ねてくる。 「ああ、そうだけど」
ホワイトナイト。昨秋にオリジナルアルバムを引っさげてメジャーデビューを果たし、瞬く間に世間の話題を独占したロックバンドの名だ。
青い空を眺めながら宏一は面倒くさそうに答える。
「やっぱりだ! 何か聴かせてよ! 歌ってよ!」
子どもたちがはやしたてる。
ふうと一息ついた後、宏一は木にもたれて座りながらギターを抱えて歌いだした。聞き分けの悪い子どもは苦手だが、歌を聴きたいというのなら話は別である。
「あ、『エメラルドの瞳』だ!」
「ホワイナイッ!」
子どもたちもいっしょに歌いだす。
次第に興が乗り、立ち上がって七曲をこなした。
「やっぱり本物は違うや!」
子どもたちの興奮は最高潮に達していた。
「満足したか?」
ギターを下ろした宏一が子どもたちに聞くと、口々に「うん!」「最高!」「ホワイナイッ!」などと口走る。三人ではあるが、目の前の観客を納得させられたようだ。
「いけね、お使いがあるんだった。母ちゃんに怒られる!」
一人の少年がそう言うと、三人の子どもはさっとつむじ風のように宏一の元を去っていった。
顔にじっとりとかいた汗を腕で拭うと、木に寄りかかった。
空を見上げると先ほどまであった雲はどこかへ消え、青く澄んだ空が広がっている。やわらかな陽射しが心地よい暖かさだ。穏やかに身を委ねて心を静めてみる。さっきまでの興奮はまだ冷めていない。今なら臨場感のある曲が作れそうだ。
ギターを抱えると一つシャウトを入れて歌いはじめた。