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一話




――七月十三日(金)。



……いや、物騒だと思わないでくれ。



夏休みを一週間後に控え、期待と絶望にあふれた空気が俺、飛永隼人とびながはやとが通う私立青葉学園高校の二年一組の教室に漂う今日この頃。



かろうじて前者の権利を得た俺は、先程担任との二者面談を終わらせ、教室に戻り、それなりに仲のいい奴らと会話を繰り広げて――



「――はぁ…」

「……」



――いなかった。というか、全く逆の雰囲気を醸し出していた。



「はぁ…あ〜あ…」

「……」



教室中は夏休みの予定だとかで盛り上がっている中、窓側の一番前の席一ヵ所だけ他とは全く違う、というか逆のオーラがでていた。


大体、そもそもの原因は……



「やだよ〜、補習なんてー」

「……はぁ…」



……こいつのせいなんだがな。



今現在、俺の右隣の席で唸っている男の名前は、小川夏希おがわなつき。三人いる幼馴染みの内の一人で、一言で言えばサッカー一筋の熱血馬鹿。

薄茶色のショートカットとなかなか整った顔だちに騙された女子が何人おるのか分からんが、察しの通り、学力はさっぱりである。

いつもは赤点ライン(三十点)をギリギリで越えているのだが、今回の期末テストで、クラス内で“最長”の補習期間決定者だとか。


…まぁ、俺も全教科赤点ラインをギリギリセーフってだけで、人の事を強く言える程ではないんだがな。うん。



「なんでよ〜、なんで夏休みの三分の一は学校で補習受けなきゃいけないのさ!?」

「いや…」



流石に十教科中六教科赤点で残りの四教科も三十点台だとそうなるだろ。


そう告げると。



「あーあ、スポーツ推薦で免除出来ないのかな〜」

「……」



それは免除できねぇよ。というか、第一お前は一般で受けたんだろうが。



「あ〜〜〜〜〜〜」

「……」



これ以上こいつを慰めても埒があかないので無視しよう。



心の中でため息を吐きつつ教室中を再び見渡した。そこにあるのはいつもと変わらない風景。

皆喋ったり、紙飛行機飛ばしていたり、黒板に落書きをしたりとそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。それは、どこにでもあるような、ありふれた教室のワンシーン。


そんな中、俺の視線はどうしても廊下側の一番前の席に吸い寄せられてしまう。


そこはまるで草原に咲く一輪の白ユリのような癒しの空間。



そう思わせられる空間には一人の美少女がいた。



クラスメイトの佐藤涼子さとうりょうこだ。



佐藤さんは今年からのクラスメイトで、癖のない黒髪を腰までのロングにしており、才色兼備、容姿端麗、品行方正、成績優秀の四拍子が揃った学園のアイドル的存在。


今現在は文庫本らしき本を読んでいて、その姿が最高に絵になっていた。


紙パックのマンゴージュースを吸いながら(夏希の唸りは完全に無視して)しばし見惚れた。



――うーん、癒されるね。



この時間がいつまでも続いて欲しいなって思っていた矢先――




ガラガラガラガラッ――



「隼人達、いるー?」



……アホが来やがった。



「あー、いたいた。いやー、昨日の深夜にやってたドラマ見たー?僕はねー……(省略)」



アホが俺の姿を目に留めるなり、大声でそう叫びやがった。



……癒しの時間を返せ。



「……ねー、見てないの?昨日の『春一番が吹いたら…』。昨日で三話目なんだけど、ラストの方で主人公とヒロインがねー……あー、今からDVDがでるのが待ち遠しいなー。だってさー……(やはり省略)」



こちらに駆け寄ってくるやいなや、一人ベラベラと心から楽しそうに喋り始める男子。名を水瀬琉斗みなせるとといい、同じく三人いる幼馴染みの内の一人で、一言で言えば天真爛漫のマイペース馬鹿。

栗毛のショートカットにどちらかというとボーイッシュな少女よりの顔立ちをしている。こちらも、この容姿に騙された女子が何人おるのか。

運動神経は、夏希に劣るものの、なかなかいいのに加えて頭も良く、いつも学年のベスト10に入る程で、俺も何度か琉斗に試験勉強を手伝ってもらった事もある。


……ただし、その分の代償はでかいがな…詳しい事は省略するけど。



…で、先程から琉斗が語っているのは、六月下旬から放送が始まったドラマで。昨年の春に他校で実際にあった出来事をドラマ化したノンフィクションドラマだとか。

話によると、どうやら琉斗は、そのドラマのファンであるそうだ。


「――で、それでねー」

「あー、分かった分かった」



とりあえず黙らせる。そうしないと、せっかくの休み時間が全部潰れかねん。



「なんだよー。今良いところなのにー。感じ悪いなー」

「人の教室に入って来るなり一方的に話してるお前の方がよっぽど感じ悪いわ」

「そうかなー、というか隼人はいちいち気にし過ぎなんだよー。その性格さえ直せば、後少しで良い眼鏡男だしー」



あと何が足りないんだよ……ってか、眼鏡は関係無いだろ…



「あ、それよりそうだ。隼人、大ニュースがあるんだよ」

「大ニュース?」



こいつの事だから、ロクな事じゃなさそうだが。



「実はさー、“リトルオーシャン”って水族館あるじゃん?明日、そこで『春一番が吹いたら…』の撮影やるんだよー。いやー、ついに生で撮影現場見れるんだよ。わーい♪」



無邪気な笑顔でそんな事を言う琉斗。


ちなみにリトルオーシャンとは、正式名称は神奈川県立国際第二水族館と言い、去年の四月頃にここから二駅先の場所に新しくできた水族館で、琉斗の情報だと沖縄のちゅら海水族館の次に人気のある水族館だとか。



「……で、それで?」

「んー、でね。明日の十時頃から撮影が始まるからさー。僕と夏希と隼人の三人で…」

「行かんからな」



とりあえず先に釘を刺しておく。



「なんだよー。最後まで聞かないでー」

「だって、行くのに面倒だし、金かかるし…」



こいつらとは行きたくないし…周りの目とか全く気にしねーから。



「あ、その辺は大丈夫だよー。というかぶっちゃけ、もうチケット三枚買っちゃったしー」



そう言って、ポケットから三枚のチケットを出して見せびらかしてきた。相変わらず準備が早いな……



「っということで、明日よろしくねー♪」

「…分かったよ」



もうこうなれば、こっちに分がある(のか?)……まぁ、一度は行ってみたいと思ってたし(琉斗と夏希は除いて)。



「流石は隼人。物わかりが良いこと♪」

「そりゃどうも…」



嬉しそうな琉斗を尻目に心の中でため息を吐いていると――



「…………ん?」



――何処からか視線を感じた…ような気がした。慌てて周りを見渡すが、周りはいつもと同じ風景だった。



「んー?隼人、どうしたのー?」

「い、いや…別に…」



曖昧な返事をする。……まぁ、この件に関しては気のせいだという事にしておこう…考えても、怖いだけだし。



「ふーん。…あ、そういえばさ――」




それからはクラス全員の二者面談が終わるまで、ずっと琉斗のアホなディベートを聞かされ続けていたのだった。




「…………」




ちなみに、琉斗のアホなディベートを聞かされている間。窓側の一番前の席である俺達をチラチラ見ている人物に俺達は全く気付かなかったのだった。




「う〜〜〜〜〜〜」




……いや、夏希ではない事は間違いないんだがな。




―――続く



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