その頃フィーゲルの街では5
アンデッドとの戦いが始まって1時間程経った。アンデッド達の移動速度はかなり遅いのだが、数の圧力に押されて戦線はじりじりと下がってきている。
疲労も溜まってくる頃合いだ、一度引いて休息を取った方が良いだろう。アンデッド相手なら離脱は比較的簡単だ。
そう考えた私は、前線から少し下がると、懐からあるものを取り出し、火を着けた。それは火が着くと、煙を大量に上げ始めた。
私が火を着けた物、それは騎士等が遠くの場所に合図を行う際に使用したりする、狼煙を上げるための煙玉だ。通常冒険者が使用するような物でないが、平原での戦闘が多くなりそうな今回は、全体への連絡替わりに使用している。
発する煙には色が付けられていて、その色によって異なる意味を持たせる事が出来る。今回私が上げた煙は黄色。前以て一時撤退の合図だと説明しているので、気付いた者から撤退するだろう。
アンデッド達から距離を取り、しばしの休息を得る。ゴブリンのアンデッドは単体の脅威としてはあまり高くないためか、重傷を負った冒険者はいなかった。
だが、このような戦闘を何度も続けていけば、いずれは疲労から集中力が途切れ致命傷を負う者も出てくるに違いない。
また、休息中にアンデッド達の様子を見ていると、奴等を相手に一撃離脱で戦う事の難しさを感じた。
アンデッドは動きが遅いが、疲労などを感じる事なく動き続ける。例えば移動速度がこちらの半分でも、2倍長い時間移動を続ければ移動距離は同じになる。こちらには休息が必要だが、奴等には必要ない事を考えると、移動速度はあまり変わらないかもしれない。
それに、通常の軍隊では被害が出れば移動速度が遅くなるものだが、感情を持っていないアンデッドは、どれだけの被害が出ても移動速度は変わらない。
攻撃して数を減らす事は出来ているが、足止めという意味ではあまり意味が無いようだ。
つまり休息の時間はあまり長くは取れなさそうだ、という事だ。
休息を取っている間もアンデッド達は移動を続け、私達の休憩場所までもうすぐ到達する場所まで近付いてきていた。
休息中にも様子を見ていた冒険者達は、武器を構え、戦う準備をしていたが、空を見上げた私は決断を下した。
「戦う準備をしているところ済まないが、今日はここまでだ。もう一度距離を取るぞ」
私は言葉に疑問を持った冒険者もいたようなので、説明を加えた。
「このまま戦うともうすぐ暗くなる。奴等は夜の間も休みなく移動を続けるだろうが、こちらはそうもいかない。今のうちに距離を取って、休める準備をしよう。フィーゲルの街での防衛戦を考えると少しでも疲労は取っておきたいからな」
ここまで説明すると皆納得してくれたようなので、移動を始める。アンデッド達の移動速度を考えて、朝まで追い付かれないであろう距離を取って休む事にした。もちろん見張りは立てているが。
翌日、特に問題もなく朝を迎える事が出来た。
アンデッド達はと思って位置を確認すると、見込み通りまだこの場所まではたどり着いていないようだ。
だが奴等の移動速度を考えると明日の朝にはフィーゲルの街にたどり着くだろう。今日のうちに少しでも数を削っておかなくては。
朝から2回ほどアンデッド達と戦闘と退却を繰り返し、アンデッドの数を減らしていった。
今日も夕方になったところで、戦闘を止めフィーゲルの街へと戻った。
フィーゲルの街でもアンデッドからの防衛戦の準備が進んでいた。住人達の手によるものか、堀が作られていたり、門の補強がなされているようだ。
余力のある冒険者は応援に行ったりしていたようだが、明日からの防衛戦で戦いに出る者は早めに休むように伝えて回った。
翌朝、ついにアンデッドの群れがフィーゲルの街へとたどり着いた。街を囲む外壁の上からは、途切れなくアンデッドが進んできているのが見える。
地上で見る時とは違い、アンデッドの数の多さがよくわかる。同じように壁の上から様子を伺っていた他の冒険者も、息を飲んでいた。
アンデッドはこれまでと変わらない速度で街へと近付いてくる。奴等の先頭が即席の堀へと差し掛かったところで、フィーゲルの街からの攻撃が開始された。弓と魔法による攻撃だ。
残念ながらアンデッドに対して、弓はあまり効果的では無いため、本命は魔法による攻撃だ。火、氷、岩。外壁の上からそれぞれが得意な魔法で攻撃している。
本当はアンデッドに対しては聖魔法の浄化が効果的なのだが、この魔法は効果が基本的に単体の上、消費魔力が多いので多用出来ない。また聖魔法の使い手は回復魔法が使えるという事もあって、今は後方で待機してもらっている。
魔法による攻撃が続く中、アンデッドが外壁に取り付いた。ここまで来ると、別の攻撃手段が使える。岩を落としたり、予めまいておいた油に火を着けたりだ。油は生き物相手なら、熱してかける方が有効なのだが、アンデッドには効かないのでこのような使用法になっている。
そして冒険者には別の作戦が伝えられている。
フィーゲルの街には南北に門がある。アンデッドは街の北側からやって来ているので、南側には居ない。
そこで南門から出撃して、街の外壁に取り付いているアンデッドを外側から削っていくのだ。上手くいけば、街の内外からの攻撃で多くのアンデッドを仕止めることが出来るだろう。
危なくなったら街の中へと戻ればいいので、危険もあまりないと思っている。この作戦には現場の責任者として私も参加する。
南門より外に出て、北上すると外壁に取り付いているアンデッド達が見えてきた。
ここから戦闘に入る訳だが、1つだけ絶対に注意しなければならないことがある。それは回り込まれて囲まれる事だ。
一体一体の戦闘力は低くても疲れを知らないアンデッドの大軍に囲まれてしまえば、いずれ数の圧力に押し潰されてしまう。
囲まれそうになったら直ぐに撤退する事を念押しして戦闘に入った。
外壁に押し寄せていたアンデッドも、攻撃を受ければ流石に気が付くようで、直ぐに私達の方へと進行方向を変えてきた。
こちらに向かって来られると、数が多い事もあって、数体倒しても直ぐに次のアンデッドが襲いかかってくる。しかも前方を塞がれたアンデッドは横に移動を始め、結果としてこちらを囲み込むような動きになっている。
見込みが甘かった。これでは直ぐに囲まれてしまうだろう。
たいした戦果は上げられなかったが、撤退した方が良さそうだ。
「囲まれそうになっている!撤退するぞ!」
大きな声を上げ、撤退の指示をする。何度か指示をして全体に指示が行き渡ったようなので、私自身も引こうとした時、何人かの冒険者が動けていない事に気が付いた。アンデッドの攻撃を捌くので精一杯で、撤退の声が聞こえていないようだ。
「全員撤退を続けろ!私も彼等を連れて直ぐに撤退する」
とっさに指示を出し、その冒険者の元へ向かう。近付いてみると、彼等が戦っているアンデッドは他のアンデッドよりも遥かに大きい。恐らく上位種のアンデッドなのだろう。
そのため攻撃が激しく、撤退の声が聞こえていなかったのかもしれない。
「隙を作る。撤退するぞ!風よ、旋風刃」
死角からの魔法の攻撃で、アンデッドを怯ませる。その隙を使って冒険者もアンデッドから距離を取れたようだ。
「よし、これで撤退を……」
その様子を見て安心した私は、改めて撤退を指示し、自分が飛び込んできた方向を見て絶句した。既にその方角にはアンデッドが回り込んでおり、私達が囲まれた事がわかったからだ。
この状況では生還は絶望的だろう。であれば……、覚悟を決めてアンデッド達を睨み付ける。
死ぬ前に少しでもアンデッド達を仕留めよう。願わくばフィーゲルの街が無事に防衛戦を乗り越えてくれんことを。
そんな事を考えていると、急に日が陰った。雲でもかかったのかと思ったが、直ぐに違う事に気が付いた。
何かがフィーゲルの外壁から飛び降りたのだ。いや、あれは何かではない。あれは……。
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