フリーダの秘密
俺が冒険者になって1週間がたった。この1週間で起きた事については後で説明するとして、突然だが、冒険者ギルドのギルドマスターであるフリーダの、フィーゲルの街での評判を話したいと思う。
基本的に悪い話は聞かない。外見も能力も性格も、非常に高いレベルにあるからだ。批判的な意見はほとんどが嫉妬だと言えば、どれ程のものなのかがわかるだろう。
外見については流石はエルフだと言えるだけのものがある。エルフは皆美男美女だと言われているが、フリーダもそれに違わず見事な美貌を持ち金髪碧眼で、体つきも女性らしい。種族的に若い姿を長く保っているので、フィーゲルの男性は多くがフリーダが初恋の相手らしい。
事務能力も長くギルドマスターを勤めているだけあって一流で、戦闘能力に至っては元6星冒険者なのでこの大陸でも有数なのだとか。
そんな彼女だがごく最近、更に評価を高める出来事が有った。他でもない、俺がフィーゲルに来た件だ。
街の住人達からすれば、いくら領主から立ち入りを許可されているからといっても、俺の存在はドラゴンが攻めてきているのとそう変わりはしない。
そんなドラゴンが街の中に入る際に、いつも側に居て、ドラゴンが暴れたりした時にはその暴走を止める役割を持つ、そんな彼女の人気は留まるところを知らなかった。
自らの身を盾に、街を守る英雄。俺の扱いにさえ目を瞑れば、俺自身そんな印象を持っていた。
そう……、俺の身にあれが襲いかかって来なければ。
時は少しさかのぼる。
俺の家となる建物は、俺が冒険者なって3日で出来上がった。フリーダが言うには、寝床だけでいいのならこのくらいで出来る、との事だったが、家を建ててくれた職人達は、日の登っている間ずっと作業をしてくれていたそうだ。
伝聞調なのは、俺が居ると職人達が怖がると言われて作業中は現場を見る事が出来なかったからだ。恐怖で作業出来ないと言われてしまったので、無理に覗きに行く訳にもいかなかったが、出来上がった建物は俺の要望に十分に答えてくれていた。
家の完成した翌日、この3日間建築現場に近寄れなかったため街の外を飛び回っていた俺は、今日は1日のんびりしようと決めていた。前日に今日はのんびりすることをマイラに伝えていたため、依頼の連絡も無いはずだ。
そう思って朝からゴロゴロだらだらしていたのだが、昼前に来客があった。やって来たのはフリーダだった。
フリーダはこの3日間姿を見てなかったので、様子を身に来たとの事。ついでに食事と休憩を兼ねているらしい。
俺の姿を確認したフリーダは1度外に出て、直ぐに机と椅子を持って戻ってきた。
そういえば出来上がった建物には、俺の寝床だけでなく、人が生活出来る小さめの居住空間が隣接されていた。何のために有るのかと思っていたが、フリーダが使うために作られたのだろうか?そこまでして俺の立場を保証してもらっていたら非常に申し訳ないな。今でも色々迷惑をかけてしまっているが、これ以上フリーダに迷惑をかけないようにしないとな。
フリーダとこの3日間の情報を交換する。特に気になる情報は無かったので、フリーダが食事を始めるのに合わせて昼寝をする事にした。
「ん?何の匂いだ?」
どれだけ時間が経ったのかわからないが良い匂いがしたので目を覚ます。
「起きてくださいましたか。お食事はいかがですか?」
目の前にいたのはフリーダのはずだ。フリーダのはずなのだが、纏う雰囲気や言葉遣いがいつもと違うため、別人のように見える。香水のような物を自分に振りかけていて、それが良い匂いの元のようだ。
「フリーダか?いつもと雰囲気が違うがどうした?」
「お気になさらず。これも私です。それよりもお食事はいかがですか?食事は必須ではないが取れないわけでも無いと聞いていますよ」
雰囲気の違いについて質問してみたが、返答を聞く限り、明確な答えは教えてくれないようだ。
「食事か。もらえるのなら食べるがどこに有るんだ?」
「目の前に有りますよ」
目の前にはフリーダしかおらず、先程までフリーダが食事をしていた机の上は綺麗に片付けられており、何か有るようには見えない。
「いったいどこに?」
「ここに」
どこに有るのかわからず困惑する俺に、フリーダは更に近づいてくる。両手を俺の口許に添え、口を開かせる。そしてその体を口の中に横たえた。
「私をた・べ・て♡」
全く意味がわからない。わからないが、以前フィーゲルの街に向かうために、フリーダを背中に乗せて飛んだ時に感じた恐怖と同じものを感じた。
フリーダを慌てて吐き出し、出来る限り距離をとる。家の中なのでそれほど離れる事は出来ないが、最悪壁を壊して脱出しよう。完成した翌日に破壊したら、作ってくれた職人達に何て言われるだろうか。
「いったい何の真似だ!」
吐き出した時の衝撃で転がっていたフリーダだったが直ぐに起き上がっていた。
「何かご不満が有りましたでしょうか?龍種が好むという香りの香水も準備したのですが」
「何故お前を食べなければならない。お前を食べたりしたら、せっかく人と共に暮らせるようになったのが全て無駄になるだろうが!」
「それが私の望みだからです」
「お前の望み?」
良い匂いだと思ったのは、龍種が好む香りだったかららしい。ようやく始まった俺の望んだ生活を、滅茶苦茶にしてしまいそうなフリーダに怒りを向けると、フリーダは自分の望みを話し始めた。
「私達エルフは自然な環境を好み、自然と共に生きています。そしてその環境を壊す者を許しません。いわゆる自然崇拝というものですが、ある時私は思ったのです。自然界で最も強き者、ドラゴンこそが最も尊き者なのではないかと。そしてドラゴンに食べてもらい、その血肉となる事が最高の自然崇拝になるのではないかと」
その瞳からはいつもの知性有る輝きは感じられなかった。狂気を感じさせる瞳のまま、フリーダは自らの宗教観について話し続けた。
「ですので私は、ドラゴンに食べてもらう事が望みでした。ですがドラゴンは会おうと思って会えるものでもありません。辺境であれば会うことも有るかと思っていましたが、残念ながらこれまで会うことは出来ませんでした。
ですが今回、ようやくドラゴンに会うことが出来ました。それも知性を持ち、会話を行うことが出来るドラゴン。あなたこそ私の望んだドラゴンだと確信しました。だから……」
そこまで話したフリーダは、外の様子を伺うような素振りを見せると、俺から離れ、机に置いていた荷物をまとめ始めた。
「こんにちは。あれ?ギルドマスター来てたんですか?」
急に雰囲気の変わったフリーダに戸惑っていると、マイラが顔を覗かせた。
「ああ、休憩ついでに様子を身にな。そろそろ戻ろうとしていたところだ。ではなアーク。また来る」
「……」
これまで見ていたいつもの雰囲気、言葉遣いに戻っていたが、俺はフリーダの言葉に答えられなかった。
「どうかしたんですか?」
「い、いや何でもない……」
マイラからの問いに答えず、フリーダの後ろ姿を見る。
荷物を持って冒険者ギルドへ戻る姿からは、先程までの俺に食べてもらおうとしていた姿は微塵も感じられない。多分、街の人はドラゴン至上主義者としてのフリーダの姿を知らないのだろう。知っていたら俺と2人きりの状態にはしないはずだ。
ギルドマスターとしての姿と、ドラゴン至上主義者としての姿を完全に使い分けているようだ。
フリーダの真の姿を知った俺は、今後彼女とどのような関係を持てばいいのかと悩んだ。
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