おしゃべり
昨日投稿出来ませんでした。
今日二話分まとめて投稿しようと思っていたんですが、次回の話がまだまとまってないので、明日にさせていただきます。
どきどきしながら、君を待っていた。朝の九時に現地集合。二年前と、何も変わらない。
違いはと言えば、ぼくの手に原稿がおさまっていることくらいだ。君を想って書いた、君のための小説。
乱雑に朱線で推敲していて、読みにくいところもあるけれど、まず始めに君に読んで欲しかった。
外出は久しぶりだったのに、場所のせいだろうか。あまり日が経っていないように思えた。
うさぎの着ぐるみが子どもたちに風船を配っている。軽やかな音楽が風のように耳を吹き抜ける。楽しそうな笑い声。
来場者の中に君がいないか探しながら、ぼくは目の前の光景と二年前の光景を頭の中で重ねて合わせた。まるで、今が二年前のあの日の延長であるかのよう。小説を書いていた日々の方が遠い昔に感じられる。
銀色の日射しを浴びながら、やってくる君の姿が移った。あの時と変わらない、瑠璃色のワンピースで。
つい、ぼくは視線を反らしてしまった。なんだか恥ずかしくなった。考えていたはずの言葉が、真っ白になって出て来ない。
「大変だったでしょう、お疲れ様。」
のんびりとした、君らしい声。ぼくは久しぶり、といった類いの言葉を予想していたから、驚いて君を見つめた。
「だって、あなた物凄く痩せたんだもの!びっくりしちゃった。あなた、前も太くはなかったのに。」
「ろくな生活をしなかったのは始めだけなんだけど。」
「嘘つき。」
ぼくが困ったような顔をすると、君はおかしそうに笑った。
「来るかもしれないと思ってね、一週間に一度くらいの割合でここに通っていたの。でも、一人でいるには華やか過ぎる場所ね。あなたと来たところで、一番楽しい時には一人だということは変わらないのに…。」
大変なのよ、待つだけっていうのも、と君は笑った。
「ちっとも変わらないね、あの時と。あなたは少し細身になったけど。」
わかっていたつもりだった。君はすぐに笑顔で隠してしまったけれど、その前に悲しい顔をしたのが見えた。君につらい思いをさせていると、本当はわかっていなかったのかもしれない。
「あなたの家に行ってもいい?出来るなら今すぐにでも。早く、あなたの小説が読みたいの。」
いきなりの君の提案に、ぼくは心から驚いた。
「小説を読むって…。」
赤くなったであろう顔を、ぼくはとっさに手で押さえた。
冷たい手の感触が熱い頬に伝わる。
照れているな。ぼくはそう感じた。
「いいんだよ、もちろん!…でも、まだ入ったばかりだよ。遊ばなくていいの? 」
「大した問題じゃないわ、そんなこと。本当はそのつもりだったけど。さっきも言ったけど、ここには何回も来たわ。もう、ジェットコースターも、メリー・ゴー・ラウンドも、観覧車も、みんな乗り飽きちゃった。」
早く小説を読みたい。その思いが伝わって来た。ぼくは君の提案を聞き入れ、すぐに出てぼくの家に向かった。
「ずっと、言いたかったことがあるの。私があなたの小説を読んでいる間に、考えてくれる? 」
「何?ぼくに考えて欲しいことって…。」
ノスタルジアに浸っているような、そんな目を君はしていた。
「…妊娠、してるの。あなたの子を。…それでね、この子のためにも、私と…結婚、して欲しいの。」
「……どういうこと?…ぼくたち、二年間一度も会ってないんだよ?」
裏切られた。ぼくはそんな気分になった。こんな思いは、君と一緒にいて感じたことはなかった。そんなぼくの気持ちが、君に伝わったのだろう。
「信じてくれないの?この子はあなたの子よ!あなたの子なんだから! 」
手を掴んで、涙目で君は訴えた。そんなの、嘘だ。ぼくはそう思った。
「誰が見てもそうじゃない。そんなことは明らかだろう?どうして君は嘘をつくんだ!」
論争したことなど、一度もなかった。ぼくが怒鳴ると、君はぼくの腕を離して、黙ってうつむいた。
裏切ったのは、もしかしたらぼくの方かもしれない。気がつくと君はぼくの下でぐったりとして動かなかった。