長谷イベント1「思い出を作りたい」
平和な昼休み。唐突に彼女は口を開き小動物のような可愛らしい声で私が来る前はここはどうだったの、と長谷良太に聞くところから話は始まる。
すぐ後ろの席なものだから会話がすべて聞こえてくる、これはまあ私得なんだけど、やっぱ私はモブキャラ様に愛されてるぅー、なんてね。
「いきなりどうしたの?」
「いやなんか、この学校ってすごくその……色々あるなぁって思って」
花崎歌のくせにご名答。
この学校ってすごくいろいろなことがある、まだ私が知り得てないことだって多くあるだろう。それ以前に花崎歌の周りに起こってることがまず不思議だよね、学校の七不思議の仲間入りできるレベルだって本当に。
こんなイケメンがぞろぞろ集まることなんて普通ありえないし、さすが主人公様。
「まあ確かに、ことってか変な奴らが多い気がするな」
「変って……」
「例えば保健室にいるアリス先生とか、あと古城たちなんかもキャラ濃いよな、ファンクラブあるみてーだし」
そういう彼も、けっこう目立つ存在ではあるんだけども。
他の人たちが濃いせいか霞んでしまっている感も否めないのは事実だ。攻略キャラのお手本のような感じがする。攻略制限がかかってるゲームだと最初から攻略できるような、あるいはオススメの攻略順で一番最初に挙がるような、そんなキャラが長谷良太。
これだけ言うとディスっているようにしか聞こえないが、そうじゃない。そういうのって大切だったりする。大体話に入り込みやすいように設定されているし、刺激もないし大きな山もないけどさっぱりしていて、深く考えなくてもいいからやりやすい。
ほらだって……隠しキャラとかはさ、複雑な話だったり真相だったりとか、明かされて考察しなければならない。
「あーあと、行事もあったな」
「行事?パンフレット見たとき、ここの行事って遠足とか、体育祭に学祭、音楽祭、あと私たちは2年生だから修学旅行もあるけど、特に変わったところはないと思ったけど」
「パンフレットには載ってないけど、七夕祭とかハロウィンとか、あと一番大きいのがクリスマスパーティだな」
「な、なにそれ」
長谷良太も言ってるがこの学校、お祭り大好きな学校である。幼稚園が七夕には笹飾りましょーねハロウィンにはお菓子云々ならわかるけど、高校なのにも関わらず事あるごとに何かをしている。
七夕祭りやハロウィンはそんなに大事にはならないが、クリスマスパーティだけは別格。
「あー何ていうか、飯が美味い」
「もう、答えになってないよ良ちゃん」
花崎歌は苦笑い。
ああそうだよね、長谷良太はこういうの説明するようなタイプじゃないもんね!でももうちょっと言い方があると思う、どんだけ食い意地はってんだ……いやはってるか、高校生だし。
「特にクリスマスパーティがな、美味いんだよ」
「そうなの?クリスマスパーティってご飯とか出るんだ」
「ああ、毎年生徒会主催でやってて、体育館に絨毯とか敷いてツリー置いて周りに飯置いて食べるってだけなんだけど、本当美味いんだよ」
「すごい、そんなことするの?楽しみだなぁ」
目をキラキラと輝かせている、そんな姿が予想できる。
好きだよね、こういうの。主人公も大体お祭り好きなことが多いし、例に漏れず花崎歌もそうらしい。本当なんの面白みもない。
「歌祭りとか好きだったもんな、あ、歌が好きそうなのもうひとつ。クリスマスパーティってジンクスみたいなのがあるな」
「ジンクス?」
「クリスマスパーティの前に、男子が女子に手紙を渡すんだ、パーティ中一緒に過ごしてくださいって。それで一緒に過ごして告白とかして恋人になるとその二人はずっと幸せになれるってやつ。俺はあんま興味ねーけど」
……あ、うん、私が説明する前に全部長谷良太が説明してくれちゃって出番がなかったよ。なんだ、案外説明できるんじゃんこの人、ちょっと舐めてかかりすぎたかな。
私はこの行事とても嫌いだ、くだらないジンクスを信じて付き合うカップルが絶えない、この学校のカップル率が割と高いのもこの行事のせい。
そんなんで幸せになれるのなら、なんて安い幸せなのだろうと……お前らそれで本当にいいのかと言いたくなる。
「素敵!私の住んでところは全然そういうのなかったから新鮮だな」
「そっか、お前が楽しみなら俺も楽しみだよ。それよりさ、俺は歌が住んでたところの話とか聞きたい」
「ええ?ちょっと恥ずかしいな、えっとねー……」
花崎歌は前の住んでた場所の出来事をぽつぽつと話し始めた。この授業の先生が面白かったとか、家のそばに大きな川があるとか、そんな話。
私の頭の中はどうでもいいつまらない話よりさっき話した行事のことでいっぱいだ。
ここでクリスマスパーティの話をするとしたら、花崎歌の物語はそこまでは続くのかもしれない。ってことは必然的に私もそこまで付き合わなければならない、無論モブキャラとして。あーやだ、面倒くさい。運命の悪戯ってやつ、モブ神様は意地悪だなぁ、私のこと試してるのか?
クリスマスパーティを独り身で参加とか、悲しすぎるだろう。もちろん参加できるけどみんな大体、カップルとか仲良い男女とか友達同士で行くのに、私そんな友達いないし単品で参加。ああ本当に辛いわ。モブの友達作っとけばよかった。
「でね、この間前の学校の友達と連絡とったんだけど、みんな元気そうだった。私ちょっと寂しかったな……」
「大丈夫だよ、この学校、俺の元に来たとなれば絶対楽しく過ごさせてやるから」
あ、なんかちょっとかっこいいこと言ってる。
「俺こそお前がいない間本当に寂しかったんだぞ!行事の度にお前のこと思い出して、一緒に過ごせたらすっげー楽しかっただろうなって」
「良ちゃん……」
告白かな?
「私もまたここでたくさん思い出作りたいな、みんなと」
そして鈍感が発動してあんな分かりやすい言葉なのに気付かない。最初からここまで花崎歌が好きとか、もう攻略する必要があるのだろうか、既にされてる。
あえて選択肢をつけるとしたら、思い出を作りたい相手だろうか、
良ちゃんと
みんなと
という、分かりやすい選択肢を。
「ああ、作ろうぜ」
恋をすると世界が輝いて見えるだとかよく言われる。きっと長谷良太の世界はキラキラと希望に満ちて輝いているのだろう。
……だけど、花崎歌は分裂できないわけだから将来くっつくのは一人だけなんだ、ハーレムエンドじゃない限り。
もしその時、長谷良太が選ばれなかったら、彼は何を思うのだろうか。主人公と結ばれなかったキャラは脇役におちる、そしたらその後を詳しく語られることはあまりない、必要がないから。
「あ、もう少しでお昼休み終わっちゃう、早く食べないと」
「ほんとだ、歌の話面白くてつい聞きすぎちまった」
「そう?嬉しいな」
この組み合わせは本当波がない、古城兄のような不穏な要素もないし、古城弟のような違和感も、難しい立場の藍先生や色々事情ありそうな香坂馨とは違う。たぶん花崎歌にとって一番幸せなのはこの長谷良太と一緒になることだと私は思うね、少なくとも現時点では。
こういう最初から好感度マックスな人とくっつけばいいのにね。でも話としてはあまり面白くないのかな。……ま、私にとってはどっちでもいいこと、これからどういう展開になるのかを待つだけですな。
しばらくすると昼休みを終える鐘が鳴り、各々授業の準備を始める。
そう、何でもいい、気にしてはダメだ、私はモブキャラ。絶対的にモブキャラなのだから。私の感情なんて、誰もきにするところではないのだから。
彼らにとってモブキャラとはそういう存在、それでいい。
ああ、明日からも楽しみだよ。花崎歌がどんな道を辿るのか。