5.夕暮れの面談は面倒
周りにバレないように小さなため息をつく。そのため息さえも聞こえてしまいそうになるほど辺りは静まり返っていて……まあ図書室なんだから当たり前だけども。
香坂馨のイベントが終わって一週間が経ちました。
みなさんこんにちは、モブキャラです。モブが苗字でキャラが名前、漢字で書くと最無キャ羅、キャの部分はほら、カタカナもあったほうが可愛いでしょ?なーんて冗談は置いておいて。
ため息の理由はひとつ。
ここ一週間本当に暇だった!何かあると思ってぼちぼち花崎歌ウォッチングしてたけどなーんにも起きない!!仲良く登校下校両方とも藍先生を除く攻略キャラたち+池山瑞穂としてるだけ。
あれかな、日常パート的な?地道な好感度上げ?とにかく大きいイベントがなくてつまらない。
一応この登下校の好感度上げタイムの相手をメモったので発表しましょう!
先週の日曜日は花崎歌はずっと家に引き篭もって勉強してたっぽいので抜きまして、6日間、登下校で合計12回の行動を彼女は行いました!
多い順から、古城兄4回、古城弟3回、長谷良太2回、池山瑞穂2回、香坂馨1回である。
登校は古城兄弟、下校は同じクラスの長谷良太か池山瑞穂が多い傾向かな。お昼ご飯はこの一週間ずっと池山瑞穂と食べてるので……現在の好感度一位はおそらく古城兄弟のどっちかかなぁ。
でもまだ序盤なはずだしここからいくらでもひっくり返すことができる。
花崎歌の物語の区切りはいつ来るのかは謎だけど少なくともこの様子じゃ三ヶ月くらいはあるだろうし……それにまだ神村武蔵に至っては転校すらしてきていない。
今日は確か九月二十五日、あと一週間すれば神村武蔵が転校してくるのか、そうすればまあこの退屈さも少しはなくなるかもしれない。
さっきから読んでるこの本も全っ然面白くないから1ページも進まないし、小学生の時からこのシリーズ読み始めて最初は面白かったけどここ一年くらいはもう惰性で読んでる、そういう人って案外多いと思う、あーあ……本当に退屈。
藍先生による個人面談なんてなければ真っ直ぐ家に帰ってお昼寝したりゲームできるのに世の中は不条理だ。
またひとつ、小さなため息。
桜色のツルツルとした表紙の手触りは良いので触ってみる……この色、よく見たら花崎歌にすごく似合いそう。笑ったら周りにお花が飛び散るような女子だし、こんな本は私が読むのは少し似合わないかもしれない。
「ここにいたのか」
馬鹿げたことを考えていると、急に正面から影がひとつ伸びて、本の色がほの暗いものになる。
「時間になっても来ないから探したんだぞ」
「もうそんな時間でしたか」
「悪びれもせずに言うな、面談するから教室に来い」
藍先生。
いつかは花崎歌の虜になるであろうなんとまあ可哀想な運命にある人、まあこの人攻略するのちょっと難しそうだけど。
サラサラとした黒髪が羨ましい、切れ長で怖そうな目をしているのに優しさに満ちたような表情をしている不思議な人。
「はい」
面談なんて数分で終わらせてかーえろっ、内容なんてどうせ高校卒業したらどうするのかーとかだろうし、夏休み終わって周りは少しずつ受験ムードに入ってきてるもんね。
本を鞄にしまって藍先生の後ろをついていく、この間なんか今日のお天気は晴れだね、そうだね、はははは。みたいな会話があったけど中身なさすぎなんで全カットで。
教室の中に入ると、夕日の影響か全体がオレンジ色に染まっていた……なんというか、もう帰りたい。
「座れ」
「はい」
「……で、最近どうだ?」
「普通です」
「そうか、確か進路希望は大学への進学だったよな?今の成績だったら中堅のところには行けるし、頑張ればもっと上位のところに行けると思う」
「やめようと思って」
「え?」
「どっかの専門学校に行って、そのまま就職しようって思いました」
藍先生の顔が一気に曇る。
まあ分かる。先生の言いたいことは十二分くらい分かる、私のことを説得したいと思う、だけどきっと何も言わない、いい人だから。
別に専門学校を貶しているとかそういうことではなく、いきなり進路の変更を申し出た上にその理由を察することができているので、この先生は不服なのだろう。私には知ったこっちゃない。
「それでいいのか?」
「はい」
「……俺は生徒が決定したことに強く何かを言いはしない、が、これからの人生長いんだ。まだいくらでもやり直しがきくってこと覚えておけ」
「そうですか」
やだなぁ、まるで私が大きなミスをしたような物言い。藍先生に悪気はないっていうのはよくわかる、仕方ない、仕方ないんだ。
あまりにも気まずそうな顔をするものだから、私も自然と視線が下に、床へと向く……あ、あんなところにシミが。
「まあ、お前も色々と苦労してるみたいだ、もともと真面目なようだし。何かあるなら遠慮なく相談しろよ」
「そうですね、分かりました」
しないけど。
「で、どこの専門に行くんだ」
「まだそこまでは、ただ一人で自立して暮らしていければどこでも」
「そうか。じゃあこれからまた、考えないとな」
こんなモブキャラに過ぎない私のことを、真面目に話を聞いてくれて。とてもいい先生、本当に……かわいそう。
「ああ……あーえーと、話変わるけど、花崎のことなんだが」
ものすごい勢いで切り替えを行ってきたな、先生なりの気遣いだろう、あんまり触れられなくないところの一つや二つ誰にでもある、私の場合はまさにそれだからな。
っていうか花崎歌のこと?私何かしたっけ?何もしてないよね、むしろ1度だって私的に話したことないよ!回ってきたプリント後ろに回すときに少し話す程度だよ??
「花崎さんですか?」
「何か他の生徒から良くない噂を聞いてな、まあたかが噂だが気にするに越したことは無い、花崎について何か知ってることとかあるか?」
うーむ、なるほどね。私と花崎歌は席が前後だから何か知ってるんじゃないかってそういう事か……それにしても、良くない噂ねぇ、この文脈だとまるで花崎歌が良くないことしてるみたいだけど、たぶん花崎歌の周りで起きてる良くない噂なのだろう。どうよ、私の推理。
大当たり間違いなし。
今こそ裏でモブキャラが役に立つ時がきたか、せいぜいここで何か言っても花崎歌に届くのは生徒からこういうこと聞いたんだけどぐらいのことだろう。よってモブキャラからは脱しない。
少し考える素振りをしたあと、私は不安そうな雰囲気を全面的に押し出し藍先生に言う。あ、心の中はすごく笑っています。
「そういえば、花崎さんって古城くんたちと一緒に暮らしているじゃないですか、それでその……古城くんたちを好きな子たちが花崎さんのこと邪魔だなぁって言ってるのはききました」
必殺!告げ口!
「それって……」
「あ、でも!誰が言ってたのかは分からないです。同じクラスの子ではないとおもいますが」
「あ、ああ。そうか、ありがとな」
嘘を吐いた。
本当は誰が言ったかも知ってるし、でもそこまで言うのはさぁ……、ね?つまらないでしょ?せっかくこれからが面白くなりそうなネタを見つけたのに。
私は今もこれからも助けたりなんてしないよ、だって傍観者だしモブキャラだし、暗躍するモブキャラなんて聞いたことないからダメ。
それで、
「先生の反応からみるに、関係あるみたいですね……クラスメイトとして不安です」
「大丈夫だ、こういうことは教師に任せておきなさい」
この反応は確実に近い未来、花崎歌の身に何が起きるな。
皆さん覚えているでしょうか、古城兄イベントのときに古城兄に振られ「花崎歌……邪魔だなぁ」と不吉なこと言い放った女子生徒Aを。
要するにその女子生徒Aさんがアクションを起こしつつあると、それでその噂はたぶん花崎歌になになにしようみたいなこと言ってるの聞いたモブキャラが私以外にもいた。
犯人が女子生徒Aであることは藍先生知らなさそうだし、そこまでは広がってないのか。
「藍先生が言うと心強いですね」
訳の分からない褒め言葉を口にし、あとはちょろちょろ学校生活について話面談は終わった。
つまらなくて退屈そうな面談だったけど重要そうな情報で一気にテンション上がってきた!
さてと、また明日からの花崎歌のストーカーが楽しみだ。女子生徒Aの行動に神村武蔵に……ね。