4.物語の裏、偶然にも表になる
保健室の扉が開く音に気付いたけれど、瞼は重くてなかなか開かない。寸前まで見ていた夢も、ものの数秒で忘れてしまった。うーん、なかなか良い夢だったのに、残念だなぁ。こうやってずっと目を瞑っていたらまた見れないかな、なんて。
「香坂くん」
「こんちは、アリスちゃん」
保健室の居心地を一気に悪くする男がきたなぁ。なんなの、たまには私にも休息がほしくてここに来たというのにこの仕打ちよ。
……というのも、花崎歌が転校してきてからほぼ毎日ストーカ……いや、観察しっぱなしで自分ひとりの時間というのがなかった。
そもそもいつもひとりじゃん、とか言うツッコミはなしで。モブキャラにも一応私生活はあるんです!たぶん語られることはないけどな!!そんな場面に直面はしたくない。
で、保健室休めるじゃん!って仮病つかってベッドで寝てたらこうなった。そういえばこいつ保健室の住民だったもんな。
「ふふふ、今日は何の用かしら?」
「やーちょっとまた親とケンカしちゃって、参るよねーほんとほんと」
「そうなのね」
全然参っているようには聞こえない軽い口調だった。
直後にトスっと座る音がしたのでソファに座ったのだろう。……なんだか出るタイミング逃した、仕方ない花崎歌以外は大して聞く価値もないような話だけど、たまには聞くか。
「家を継げって言うの、馬鹿げてない?他人だよ?……何でかな」
「相変わらず香坂くんはお父さんが大好きね」
「どこを聞いてそう思うのかなー。まあ、尊敬はしてるけどさ」
でも、と香坂馨は親への不満をぶつぶつと漏らしている。その不満のひとつひとつに本当は親を大事に想ってるというのが嫌なほど伝わってきたような気がした、だから……死ぬほど、気持ち悪い。
こんなチャラくて、学校をサボりまくってるくせに実は親想いの男子高校生、使い古されたような設定。
花崎歌の周りには本当にテンプレばっかな男たちが集まるなぁ、前世で一体どんな徳を積めばこんな薔薇色の人生を歩めるのか知りたいところだ。
「もっと頼ってくれればいいのに、そりゃあ遠くに住んでるから出来ることは限られるけど」
「もうー本当に香坂くんは可愛い、そういうところ好きよ」
「本当?俺の彼女になっちゃう?アリスちゃんなら大歓迎するよ」
「残念、とても魅力的な申し出だけどー生徒には手を出しちゃいけないのぉ」
白川先生はところどころふざけるものの話は真面目に聞いている、か。なんだかちょっと珍しいかもしれない。
そしてこんな話を聞く度に私のテンションはそりゃあもうドンドン下がっていく、いつものテンション高い語りができなくなるほど苦痛。こういう話は控えめに言って大嫌いなんだ、だって面白くないし。
現実をゲームに例えてると時々麻痺することがあるけど、花崎歌に対しての好感度とかだけじゃなくて、攻略対象と言われている人たちにも他の感情があるんだ。そしてそれは乙女ゲームやギャルゲーみたいな単純なものじゃない、きっと、たぶん。
「そっかぁ」
「ごめんなさいね……あっ、忘れてたわ」
「どうしたの?」
「ちょっとぉ職員室に行かなきゃいけない用事があったの、申し訳ないけどちょっと待っててもらえるかしらー」
「ああ全然いいよ、いってらっしゃい」
白川先生はそれだけ言うと慌ただしく保健室から去っていったご様子。
さすがの香坂馨もカーテンで仕切られてあるベッドで寝てる奴のところにまでは来ないだろうからまた寝るか。
なんだか、体力を回復するためにここにきたのに逆に削られた気分なんだけど、何でだろう……分からないな。
「……」
目を瞑る。すっかり眠気もどこぞの綿あめみたいなやつと、テンプレチャラ男にどこかへと吹っ飛ばされこのままもう眠れなさそう。
仕方ないから、私が知りうる現在の登場人物をまとめとくか。
中心人物は花崎歌、九月に転校してきた天然系ゆるふわ女子。主人公補正効きまくりあざとすぎ難聴すぎ……こんな女子高生は嫌だ。
次に長谷良太、忘れられがちだけどバスケ部のエース兼キャプテン。花崎歌の幼馴染みで最初から好感度マックス、一番攻略も容易いであろう。
そして花崎歌と同居しているダブルプリンスこと古城隼人と勇人。
古城兄は典型的なツンデレっぽい、最近早くもデレ始めた。次期生徒会長候補。
古城弟は王子様タイプの優男で、でも一昨日からの様子だと絶対に何か裏がありそうな予感がするし、案外攻略に手こずる感じもする。
今現在保健室にいるのは香坂馨、唯一の先輩キャラ。まあさっき思った通りの人なんで省略。
あとは藍先生、厳しくも優しくもある教師、白川先生&香坂馨とは折り合いがかなり悪い。この人もゲームならけっこう難易度高そう、教師ってやっぱりほら、立場的にね?
残りは神村武蔵か。十月という何とも微妙な時期に転校してくる男。私によるデータだと硬派な天然ボケ野郎で剣道部、長身でほかの人と比べると体型もガッチリとしている。なんで知ってるのかはほら……私はモブ神様に愛されてるからね、そんな情報入手するのなんて簡単誰でもできる。
脇役は今のところ新聞部副部長の池山瑞穂と保健室の先生、白川アリス。
うーん、もうほとんどでてるよね、これ以上増えてももう私も覚えてられなさそう。でもなんかまだ何か足りないような……。
なんでただ私は目立たない、なにもない人生を生きたいだけなのに、こうモブキャラらしく振る舞うのが難しいのかな、こんな色々考えて行動しなきゃいけないんだろう。
みんなわざとモブらしく振舞ってるとしか思えない。
そりゃあ花崎歌を尾行してれば?モブキャラらしいとは言えないけど、モブにだって楽しみはあっていいと思う……そうこれはただの暇潰しだ暇潰し。
投げやりな考えになってきたところで保健室の扉がまた開く音がした、白川先生が帰ってくるのにはまだ早い気がするけども。うーん、ん?いや待てよ、このほわほわしたよく分からない足音はよく聞いたことがある音、まさしく。
「失礼します」
「あれ、天使ちゃんだ」
一気に保健室に緊張が走る。
いやだってまさか、主人公様自らが保健室に来てくれるとかどんなご褒美ですか!?私今回は本当にたまたま偶然なんだけど、ゆえに動揺が隠せないんですけども。
「あなたは、香坂先輩……」
「名前覚えていてくれたんだ、嬉しいな」
顔を見なくても分かる、香坂馨めっちゃ嬉しそうな顔してるなこれ。
なんだか、長くなりそうな予感。
そしたら名乗るか……皆さんこんにちは、女子高生1です。
今私は!なんとたまたま、本当にたまたま保健室で寝ていたら花崎歌と香坂馨のイベントに遭遇しました!
みたいな、 こと言っていつものテンションで、よろしく!