9.好き勝手に行動する名無したち
ふと我に返ったとき、自分はいったい何をしているのかとバカバカしくなる。
こんな人権を無視した行動に、微かに残っている良心が痛むときだってある。
「おい歌、また文字間違えてるぞ」
「え……?あ!ごめん隼人くん」
耳元から若干ノイズ混じりに聞こえてくる男女の声、いやーそれでもこんな綺麗に聞こえるなんて最新の技術すごいな。
でもさすがに、生徒会室という密室の中の話を盗み聞くのもなんか、罪悪感が。今更だけど。
こんにちは、今日も楽しく毎日を過ごしているモブキャラです。
一昨日から花崎歌が生徒会の手伝いを始めてしまったため、私はとうとう限りなくアウトに近いアウトなことをしざる負えなくなりました。
そう、盗聴器で盗み聞き!です。
いやー、これ相当お値段はるんだよね、だから手を出したときに一瞬の後悔が訪れたけど、私はこのままどこまでも進もうと思います。
どうせもう引き返せはしない。
仕掛けてあるのはもちろん生徒会室、数日前に仕掛けさせてもらった。
ほら、私モブキャラだし?生徒会室に侵入するのなんてお茶の子さいさいよ。
で、今私はこうして観察しなくても、花崎歌のおおまかな行動を掴むことに成功している。
良い子も悪い子も絶対真似しちゃあダメだ。私はモブだから許されてる。
「いや、別にいいけど。なんかお前昨日からおかしくないか」
「そ、そんなこと……ないよ」
声が引きつってるし。
明らかにおかしい。
それは分かってる、なんせ私は今日一日後ろの席からずっと花崎歌を眺めていたのだから。
昨日ファミレスであんなことがあったからか、ずっと授業中も休み時間もうわの空。池山さんや長谷良太が話しかけてもああ、うん、そうなんだ、そうなの?くらいしか言わない。
そんな相槌用ロボットと化した花崎歌だが、生徒会の手伝いはサボることなくきちんと行っているようだった。
「はぁ……そんな調子で本番までもつのか」
さすが高音質を謳っていただけあって、(たぶん口調的に)古城兄のため息も拾ってくれる。
「ごめんなさい……」
「怒っているんじゃない。……作業始めてからもうそろそろ1時間経つし、お茶でも煎れるか」
「それなら私が」
パイプ椅子が軋む音がして、花崎歌が慌てて立ち上がっている姿が安易に想像できる。
声だけでここまで想像しやすいのは、決して私がよく花崎歌を観察していたからということではない……と思いたい。
花崎歌の行動があまりにもベタなのが悪い、絶対にそう。
「歌は座ってろ、ついでにお前の分も煎れてやる」
「……えっ?ハヤが?天変地異の前触れかなんか?」
「お前は口を開けば余計なことしか言わないな、礼くらい言えないのか」
「ひっど。はいはいありがとうございますーコジョーハヤトサマ」
どうやら生徒会室には、花崎歌と古城兄だけではなく、もうひとり男子生徒がいるようだった。
まあ、例に漏れず彼もモブキャラなのだろう。その砕けた感じから、古城兄とそれなりに仲が良いのかな。だとすると、ちょっと意外。おちゃらけた人とかすごく嫌いそうなのに。
その後数分にわたって古城兄と男子生徒の実りのない話が続いた。
その間花崎歌はずっと黙ったままだった、最早相槌すらない。きっと古城兄を必死に愛想笑いを作りながら見ているのだろう。
どちらかというと、今の花崎歌は落ち込んでいるというより考え込んでいる、って感じがする。
昨日の不良に何か言われたのが原因だろうけど……本当、何言われたんだか気になる!
ああもっと積極的に近くに行って聞くべきだったか、でもそしたら不自然だし、難しい。
「ほら、お茶」
「ありがとう、隼人くん」
「あ、オレ今ちょっとキリ悪いからそこに置いといて」
「わかった……で、歌は何をそんなに悩んでいるんだ?」
さすが古城兄、分かってる。
そこが気になるところなんですよ。
花崎歌はその質問に、かなり長い間をおいた。ノイズしか聞こえなくて、壊れたのかと思ったくらいに長い。
そんなためる必要なんてないだろ、どんだけ勿体ぶっているのか。
「……昨日、他校の男の子に声をかけられた、って話したよね」
「ああ、してたな。あの不良校の」
「やっぱり不良が多いの?」
「多い、特に普通科は。特進科は真面目なやつがほとんどみたいだけど、悪い空気っていうのは感染するのか、不良化するやつもいるらしいな」
何を話し始めたかと思えば、不良がたくさんいる男子校の話だった。
たしかにあのモブ不良はその男子校の生徒みたいだったけど。
「あの……ね、東堂時雨っていう人、知ってる?」
遠慮がちに花崎歌は人名を口にする。
いやいやいやいや!待てって。これ以上登場人物を増やすつもりなのか?やめてくださいキャパオーバーです。
主人公が口にしたということは、そうだよね、モブキャラじゃないってことなんだよね。
本当にやめてくれ、と花崎歌に直接文句を言いたいくらいだわ。
「……いや、知らない。その男がどうかしたのか?」
「あ、いや、その」
ものすごい口ごもってる。
そんなに言いづらいこと?
花崎歌がアクションを起こす度に私は後悔が募っていくよ。
なんで昨日もっと真面目に話を聞かなかったのかって。
よくよく考えたら一番肝心なところを聞いてないって、モブキャラとしてどうなのだろうか。肝心なところを聞いてこそモブキャラだと思う、うん。
やっぱり声だけだと、花崎歌は分かりやすいけどそれ以外の人の動きが分からなくてモヤモヤするなぁ。
古城兄は今どんな顔をしているのかとか、イマイチ分からない。
「オレ知ってるよ、そいつ」
作業をしていたからか、さっきからずっと無言だった男子生徒がいきなり口を開いた。
ああなるほど、このために今日モブ男子は生徒会室にいたのだと察しました。
この世の中、できすぎてるね。
あるある、主人公が何かの情報を欲しがったとき、都合よくその情報を持っている人がいたってこと。
「特進科の問題児、すっげー怖い奴。不良校の不良たちのまとめ役だから、番長とかって呼ばれてる。あと顔だけはめちゃ良いからモテる」
「え、そうなんですか?」
「って言っても、直接話したことあるわけじゃないから。東堂時雨については三年の香坂パイセンの方が詳しいと思う、友達みたいだし」
「……え、香坂先輩?」
「そ。まあパイセンも不良だし、そこ絡みで連んでるんじゃねーの……あっ、やべ」
モブキャラにあるまじき長文を言った直後、耳元からイマドキの若者が好きそうな曲が生徒会室全体に流れる。
「学内ではマナーモードにしろといつも言っているだろう」
「ごめんごめん、許して」
全く心のこもっていない謝罪をしながら、男子生徒は生徒会室から出て行ったようだ。
ガラガラと扉が開いて閉じる音がした。
必要な情報だけ与えてタイミングの良いところでいきなり退場ですよ、都合のいい展開になったなぁ、私としてはとても嬉しいんだけど。
生徒会室からは男子生徒がいきなり消えたことにより、古城兄がぶつぶつと文句を言っているのが聞こえる。
こんなんが生徒会にいて大丈夫なのか、とかひどい言い草で少し面白い。
そうそう、忘れがちだけど古城兄って花崎歌とか古城弟以外にはかなりの塩対応なんだよね。
さてと。
これで邪魔者はいなくなったわけだ。
「もし、どしたの?電話してくるなんて珍し。てか初めてじゃね?天変地異の前触れか」
さっきよりも幾分かくぐもった呑気そうな声が聞こえてきた。
あーあ、丸聞こえですよモブ男子。
まあ今はそんなことどうでもいいか。肝心なのはここからだ。
「本当あいつはいつもいつも……。で、歌はまたなんでいきなりそんな話をしたの」
いつもより幾分か鋭いトゲのようなものが含まれている声色。
まあ、そうだよね。自分が大切?にしている人がいきなり訳の分からん不良の話を始めたら動揺するだろうし。
「それは……」
「あのさ、そんなに言いづらいなら、別に無理に言わなくてもいいよ。無理強いしてるわけじゃない。でもいきなり不良に絡まれたとか言い始めるし、不良校のまとめ役やってるようなヤツの話聞いてきたり、なんか危険なことに突っ込んでるんじゃないかって心配してるんだ、これでも」
古城兄って他の人に対して、素直に心配してる、とか言えるんだ。
いつの間にこんなデレデレになってたんだろう、まだ花崎歌が転校してきてからひと月ちょっとしか経ってないのに。
「言いたくないわけじゃないの、あの、隼人くんだから余計に言いづらい、っていうのかな」
「は?俺だから?なに、俺の話でもしてたの?」
「う、ううん。隼人くんじゃなくて……」
そこでまた花崎歌は口を閉ざしてしまう。もうそこまで言ったんなら全部言えるでしょ、なんだ今日の花崎歌は。茶化しづらい。
いつもみたいに花飛ばしてる方がやりやすいよ、本気で。
「ゆ、勇人くんの話」
そして散々待った挙句、花崎歌がポツリと呟いたのは、古城弟の方の名前でした。
「勇人?」
「うん……、あの男の子が言ってた。古城勇人はサイアクで、東堂時雨と手を組んで酷いことをしてるって」
……はぁ、そうきたか。
そうきたかぁ。
なるほどな。
モブ不良が、花崎歌にそれを言ったの?
なんだかこの話は長くなりそう……だよなぁ。




