8.穏やかじゃないね、名も無き生徒たち
「……あれ?」
微かな疑問が口から漏れていた。
教室内は帰りのHR直後でざわついていて、きっと前の席にいた私にしか聞こえなかったと思う。
どうしたの?なんて聞くほど仲良くはない私は、いかにも聞いてませんよ、って顔をして席を立つ。
横目でほんの少しだけ、声の主を見る。
自分の鞄の中を覗き、固まっているようだった。何が起きたのか理解できていない、不思議な表情をしている。
……ははーん。
わたしの名前は女子生徒Y、二日前はZとか言ってた気がするけどそれはきっと気のせい、私は女子生徒Yである。
というのは置いておいて、これは何やら事件の香りがしますなぁ。
「歌ー」
「……」
「おーい、歌ー」
池山さんが名前を呼びながら、花崎歌の席へと行く。
その際、池山さんとすれ違ったが、柑橘系の爽やかな香りが一瞬した、香水なのかな。
池山さんはどちらかというとすごい甘ったるい香りのするものをつけていそうなのに、少し意外。
ニコニコと駆け寄って行く池山さんに対し、花崎歌は返事もせずに突っ立っていたのだろう。
何度目かの呼びかけでようやく池山さんの存在に気付いたようだ。
「……はっ、み、瑞穂ちゃん」
「何よいつもに増してぼーっとしちゃって、どうかしたの?」
「あ、ううん、何でもないの。私の気のせいだったみたい」
「……?今日から文化祭のことで、生徒会の手伝いするんでしょ?大丈夫?」
「う、うん。大丈夫!」
はっ、ってリアルで言ってる人初めて見た。
今の花崎歌の反応で怪しさは倍増したな、あれでうまく隠せていると思っているのか。声に焦燥感丸出し。そしてやっぱり主人公属性の難聴気味。
何となく面白そうなので、さっさと帰ろうかと思ったけど予定変更しよう。
方向を転換させて、黒板と教卓が置いてある教室の前の方に行く。
おっ、ちょうど黒板もまだ消されてないし、消しながら話を聞くことにするか。え?本来消す係がいるはずだって?ふふふ、実は今日私は日直なのだ……ってそういうことにしといて。
できる限り黒板に書かれた文字をゆっくりと消していく。
背後からは二人の会話が聞こえた、あー私の聴力優れててよかったわ。
「多分もう少ししたら隼人くんが迎えにきてくれると思う」
隼人くん、その言葉を口にした瞬間、教室内の空気が淀んだのが分かった。花崎歌は鈍感だから気付かないだろうが、池山さんは気付いたはずだ、それほどに空気が変わった……特に女子が。
「……あら、そうなの。いいわぁ、アタシもイケメンに迎えにきてもらいたいくらい。アタシなんて迎えに来てもらうどころか迎えに行って追いかけないといけないんだけどね!」
「もう瑞穂ちゃんったら。それって香坂先輩のこと?」
「もちろん、今日から本格的に追いかけるわよ。彼のこれから二週間のスケジュールはみっちり記憶してるんだから!」
「す、すごいやる気だね……」
心なしか池山さんの反応速度に遅れが見られた、気付いたな。
ここで私は既に、半分くらい文字を消し、黒板の真ん中に差し掛かった。
もう少したくさん文字書いててくれても良かったなぁ。
そして教卓のすぐそばに女子生徒が立っていたので、謝りつつ退くように言う。
しかしこれが問題だった。
彼女はあろうことか私に話しかけてきた。
「ああ、邪魔だった?ごめんね。それにしてもさー、まーた花崎さん、隼人くんの話してるよ、いつも迷惑かけてばかりのくせに、ね、そう思わない?」
!?いきなりなに?
私に話しかけてくる人がいるなんて珍しい、全然嬉しくない。つい最近似たようなことがあった気がする、あっちの方がひどかった。いきなり腕を掴んでくるんだもんなぁ。
……うーん、モブキャラらしくたまには同じクラスの人とコミュニケーションをとってみるのもいいかもしれない。
目の前にいる女子生徒を見る。……誰だっけ?いや、同じクラスっていうことはわかるんだけど。名前が全く、思い出せない。
思い出す必要ないか、どうせ彼女もモブキャラだし。
「まあ、同じ家に暮らしてるみたいだし、迷惑はかけると思うよ」
我ながら超無難な返答をしたと思う、決して、決して私のコミュ力が乏しいとかそういうことではない。
でも今この状況で、花崎歌を悪く言うのも、かと言って庇うのも良くない選択なのだ。
会話に間ができた隙に、周りの生徒たちの話を少し聞くと、みんな花崎歌のことを言いたい放題言っているのが分かる。
これはやばいね、花崎歌。
「そうそれ、本当図々しいよね」
……図々しい、ね。
別にそういう意味で言ったんじゃない。
私と彼女が話している間にも、花崎歌と池山さんの会話は続いているんだけど?もう終わらせていい?飽きた。
「動きもトロいし、見てるとイライラするわ」
確かに、俊敏とは言えない。が、平均よりちょっと下くらいじゃないか?
花崎歌を見てイライラしてるなんて、この人の人生大変そうだ……別に援護してるわけではない、する気なんてないんだけど。
私はこのモブキャラ、好かない。
同族嫌悪ってやつ?
心の中で勝手に思っとけばいいのに、なんで口にだして私に言うのかね。面倒ごとの巻き込まれ率が若干上がるんだが?
「あ、ごめんね。こんなこと言って、なんかムカつくからさ」
「そういうのって……。……ううん、大丈夫」
ただの嫉妬じゃない?なんて言葉がでかかった。ちょっとやばかった。
本人が一番よく分かっていることを私が言う必要はないだろう。
口に出すなだなんて、人のこと言えないな、もっと感情を自制しなければいけない。
ここ最近少し乱れがちだったし。
女子生徒は言うだけ満足したのか、さっさと教室内に残っている他の女子グループと合流していた。ようやくこれで安心できると思った、……最後の彼女の言葉さえなければ。
去り際、私の耳元で彼女は囁いたのだ。
「だからさ、隠しちゃった。花崎さんの大切なモノ」
……ああ、なるほどね。
彼女はグループに戻りまた花崎歌の悪口を好きに言い始める。
……最初からグループ内で言っていればいいのに。
そして、そのモブキャラの言葉を考える間もなく、今回のメインが登場した。
「歌」
凛とした声が教室内に響く、教室の雰囲気はまたそこでガラリと変わる。
「隼人くんだー」
「相変わらずカッコイイ」
「こっち見て!!」
変わり身はやっ。あなたたちつい数秒前まで花崎歌の悪口言ってたじゃん。
あーついていけない。
神様はやっぱり意地悪だね、私にもモブキャラらしい共感する力を与えてくれればいいのに。あるいは、イケメンビームが効くようになるとか。
きっと私も、あり得ないけど、もし仮に古城兄弟が好きだったら、この子たちに混ざれたのかもしれない。
私は私自身の醜さをよく知っている、言いたい放題のモブキャラと実は大して変わりはないはずなのに。
でも、私は誰かの所有物を隠したりなんてことは、しないと思う。
「あ、隼人くん」
「あーら、ダブルプリンスお兄さんじゃない。遅い、女の子を待たせるなんて」
そしてふと気付けば目の前の黒板の文字はすべて消えている。
……少し、動揺してた、私?
ま、いっか。
うん、黒板とても綺麗になった。
満足して振り返ると、池山さんはものすごく怖い笑顔でダブルプリンスお兄さんを見ていた。
目が笑ってない。
きっと周囲の話がなんとなく聞こえていたのであろう。
花崎歌は池山さんとの会話に夢中で気付いてないっぽいのが救いか。
何はともあれ面倒くさいことにかわりはない。
ま、今クラスのほとんどの連中が花崎歌たちに注目してるし、私が見ていても不自然ではない、はず。
ということで、遠慮なく彼女らを見る。
古城兄は周りにざわつかれているのをまったく気にせず、一目散に花崎歌の元へ行く。
周りには興味がない、そんな風に捉えられても仕方がないし、実際そうなのだろう。
「その呼び方はやめてくれないか」
「はいはい」
「はぁ。少し待たせたか、ごめんな。これからとりあえず生徒会室に行くから。そこでやることは説明する」
……そういえば、何気に古城兄を見るの久しぶりな気がする。
久しぶりだからといって、二人は同じところに暮らしてるから、そこではイベント盛りだくさんだろう。ああ気になるなぁ。
「大丈夫だよ、役に立てるように頑張るねっ」
「やる気は十分だな」
古城兄は緩く笑う。名もなきモブキャラには見せないその表情に、また周囲がどよめく。
いちいち燃料投下してくるなコイツら。
ああなんだか、とても穏やかじゃない感じがする。
そこから花崎歌と古城兄は何言か話し、仲良く教室から出ていった。
池山さんも二人を微笑ましげに見送ったあと、クラスを見渡して軽く睨らみ、鞄を持ってさっさとクラスを出て行ってしまう。
花崎歌は良い友達を持ったね。
そんな呑気なことを言っていられればいいのだが。
池山さんの睨みも特に効いた様子がなく、みんな花崎歌たちの話を始める。
内容は聞くに耐えないものだけど、例を挙げるなら、
「なにあれ、ありえなくない?お姫様気取りかよ」
「瑞穂もさー、あんな子のどこがいいんだろうね」
「気にくわないなぁ」
……と、不愉快なものだった。
ここにいても、何一ついいことなんてなさそうだし、私も帰るか。
花崎歌と古城兄については気になるけど、さすがに生徒会室まで行くわけにはいかないし。
まあ、大丈夫。手は打ってあるから。
鞄を持ち、早歩きで不快な教室から出る。手が黒板を消したせいで粉っぽくなっていて、鞄に少々ついたけど気にしない。
……さて。
あのモブ女子はなんで私に耳打ちしたのだろうね?
たぶん、私がどこのグループにも属してなく、率先して卑劣なことをしそうにもないから牽制しといた、そんな感じでしょう。
ああ、くだらないな。
花崎歌をストーカーしている私が言えたものではないんだけど。
あのモブは暗に、何もするな、と言っている。じゃなきゃ私にも同じことをすると。
「はぁー……」
おかしな話。
そんなこと私に言わなくても、私は何もしないよ?
例えば、花崎歌の大切なモノ?を見つけたとしても、私は何もしない。
私は花崎歌……主人公の人生に関わりたくないから。
だからこんなことしたって笑っちゃうくらい無駄なんだけどね。
いやむしろ、ここはモブキャラらしく楽しみが増えたって喜ぶべきところなのかもしれない、うん。
やった!これでまた楽しみが増えるね、さーて、本格的に文化祭の準備が始まったけど、花崎歌だけじゃなくて、周囲の動きにも要注意ってことで。
そういえば、今回全く出てこなかった男子生徒のモブキャラの様子だけど、ほとんどは普通に悪口にひいてた。
彼らはこれからもあまり関わってきそうには見えないので端折っただけ。
ああ、また回避すべきことが増えそうだなぁ……。




