7.後悔のはじまり
今日はとても寒い。
でもそんな寒さに耐えながら、朝からずっと花崎歌を見ていた。行動も言動も注意深く。だけども噂の転校生、神村武蔵は放課後まで現れることはなかった。
おっかしいなぁ、花崎歌とインパクトのある出会いをしておきながら、すぐに行動を起こさないなんて。
普通ならお昼休みとかに、挨拶するものではなかろうか?
寒すぎて挨拶どころではなかったのか、早く家に帰りたいとか……異様に眠いとか、そんな思いを持っているのだろうか。
いや、神村武蔵は大小あれほど花崎歌に興味を持つはず、だってイケメンで他の人とキャラ被ってなくて転校生。しかも見た目からして律儀そうだし、うーん?
机の上にある忌々しい(宿題が終わらなかった奴は放課後までに残りをやって職員室まで持って来いとかいう呪いの言葉が含まれた)英語のノートを片付けながら、ちらりと花崎歌の様子を伺う。
どうやら先ほどまで話し合っていた文化祭について池山瑞穂と好き勝手に色々言っているようだった。
結局、喫茶店になったね、瑞穂ちゃんは美人だからメイド服似合いそうだね、とか藍先生は剣道部の方も同時に面倒見るとか、良ちゃんがなんたらとか、本当今日の花崎歌の晩ご飯よりどうでもいい会話だった。まだ晩ご飯の話の方が聞く価値がありそうなくらい。
基本的に花崎歌は予想通りのコメントしか残していかない。
周りがかわいいと言うものにはかわいい、綺麗なものには綺麗、つまらない性格。すべて受け身。確固たる自分を持っていない……と思いきや意外な頑固さを見せる。
私から見たらとても薄気味悪く……いや、まあ恋愛シミュレーションゲームにはありがちな性格か。
まあ何事にも順応できるとも言う、一癖ありそうなキャラとかもいるし。
「あ、そういえば、今日神村くんとお話できなかったな」
かと思ったらいきなり聞き捨てならない台詞が聞こえた。
これはもしや、花崎歌から会いに行くパターンか?それならそれで大歓迎!いやむしろそうしてください、主人公らしく行動してください。
「あー転校生ね、まだいるんじゃない?見に行ってくれば?」
ナイスアシスト、池山さん。
貴女はきっと花崎歌と出会わなければそれこそどこかの漫画やゲームの主人公になれたかもしれない。
逆に美人すぎたりすると主人公におくのも難しいものなのかね?
花崎歌は少し考える素振りをしたあと周りに花を飛ばしながら笑った。
「この前会った時私名前言ってなかったし、私から会いに行った方がいいよね、そうするよ」
やった!もうちょっと今日はないのかなって思ってたから嬉しい。
危うく今日という日を花崎歌ウォッチングきただけという無駄な行為で終わらすところだったわ。
「アタシも行く!と言いたいところだけど、残念ながら部活があるから。じゃねー、また明日転校生くんとどんな話したのか聞かせてね」
池山さんはそれだけ言うと、軽快な足取りで教室から出て行った。これから眠れる美少年の取材にでも行くのだろうか、いいなぁ楽しそう気になる。
「私も行ってみようっと」
花崎歌も鞄を持ち少し慌てた様子で教室から出て行く。
私に背を向けたので、遠慮なくその後ろ姿を見る。
若干癖のある髪の毛がゆらゆらと揺れ、それに合わせるように彼女の鞄についていた真新しいストラップも揺れていた。
……あれ、先週はあのストラップ付いてなかったような気がする。
ピンクと白色をベースにしたビーズが輪っかになっていて、根元に白い羽根がついている、どことなく手作りっぽい。
ま、とりあえずこんなストラップついてたくらいだけ記憶しておくか、今は花崎歌の後について行く方が重要。
周りの生徒から怪しまれないよう、花崎歌が出て行ってから数秒経った後、鞄を持ち教室からでる。
いやー今日掃除当番とかなくてよかった、さすがは私、やっぱりモブキャラの神様に愛されてるだけあるな。
神村武蔵が転校してきたのは隣のクラス、B組だ。ちなみに花崎歌たちのクラスはA組。B組には古城弟がいる。
そしてD組には古城兄。
ってことは古城弟はすでに神村武蔵に会っているというわけか。
廊下にはすでに花崎歌の姿はない、隣の教室に入ったようだ。
私も隣の教室の手前まで行き、誰かを探すふりをして中を覗く。
「歌ちゃん、どうしたの?」
「神村くんに会いにきたんだけど……いない、かな」
教室にはまだチラホラと人が残っていた、その中にお目当ての姿を発見。
花崎歌は古城弟と向かい合わせて話していた。
たぶん教室に入るなり話しかけたのだろう、クラスの女の子たちが二人を見ながら何かコソコソと言っていた。
「会いにきたの?神村くん、さっきまですごい騒ぎだったよ」
「え?」
「彼、かっこいいからね。朝から質問責め、トイレ休憩以外教室から出られなかったみたい」
古城弟はそう言って苦笑いしながら箒で床を掃いていた。他の周りはみんなもう帰る準備をしているのに、一人だけ箒を持っていて不自然極まりない。
何か悪い罰として居残り掃除させられてるみたい、まあ古城弟に限ってそんなことはあるはずないんだけどさ。
「今はようやく解放されて、どこかに行ったよ。鞄置いたままだからその内帰ってくると思うよ」
「大変そうだね……待ってようかな、でも迷惑じゃない?その、質問責めで疲れてるかもしれないし」
「そんな疲れた様子じゃなさそうだったけど、俺もちょっと神村くんと話したいなーって思ってたから一緒に待ってる?今日一日まともに話せなかったんだ」
悩殺王子様スマイルを浮かべ花崎歌を見る、それはもう周りから小さな黄色い悲鳴が聞こえるほど。
「うん!」
「じゃあちょっと待ってて、今箒片付けるから」
「あ、ごめんね掃除中だったのに」
「いいよ。これは俺の趣味みたいなものだから。当番でもなかったし」
掃除が趣味とな?
古城弟はキレイ好きなのか?
うーんきになる、でもあんまりガン見すると怪しまれるからもうそろそろ覗くのやめるか。
もう一度教室内を見渡した後、わざとらしくため息をつき教室から立ち去る。目当ての人は見つからなかった、というフリ。
……どうするかな、ずっと張り込んでいたいところだけど、まだ人気もあるし怪しまれる可能性がある。古城弟ファンに擬態すればいいのかもしれない、けどなんか嫌だ、一切興味がないし。
どっちにしろ私は英語のノートを提出せねばならない。名残惜しいけど、一旦ここから離れようかな。
それで職員室に行って、また忘れ物したふりして教室に戻るときに覗いてみるか。
さて、ちゃっちゃっと行っちゃいますか。
方向転換して職員室に向かう。
職員室ってここから地味に遠いんだよね、どこにでもいけるドアとか開発されないかなー。開発されたら移動時間なくなるのに、移動時間ってバカにならないよねほんと。
そんなバカみたい、いやバカなことをしばらく考えていると、急に移り変わる景色たちがピタリと止まった。
私が故意的に止まったんじゃない、止まらざるおえなかった。
なぜなら、
何者かに腕を掴まれたから。
「……」
沈黙。
今私がいる辺りは、職員室や会議室に行くとき以外はあまり使わない廊下なのもあって周りもものすごく静かだった。
……なんで?
掴まれた腕の方を見る、ゴツゴツとした大きな手だ。力ではかなわないことが一発でわかった。
次にその手を、腕を辿り視線をできるだけゆっくり私の腕を掴んだ犯人の顔を見る。
真っ黒な髪色、そして短髪、切れ長の黒い目は私をしっかりと捉えている。
古城兄弟は王子様、という容姿だが、それとはまた違う意味で、なんというか武士っぽいかっこよさ、ザ・男前って感じの整った顔をしている男子と視線が合った。
ああ、コイツは紛れもなく。
「……?誰ですか?」
そんなに腕を掴まれるようなことを私はしたのだろうか?いやぁそんな記憶はないんだけど。
それにしてもなんの音もしなかったけど、いや私がぼーっとしてだけなのか後悔。
余裕かましてるがその実とても今焦っているよ、ほんとだって。
相手の名前も顔も知っているが、あえて知らないフリをしてしまったくらいには焦ってる。いや、この対応は間違ってないはずだ、うん合ってる。
「……」
私が言った言葉はあっという間に辺りの静けさに呑まれてしまい、また沈黙に包まれる。
いやいやいやいやいや、包まれる。じゃないわ何か言えよ!
自分から掴んできたんだろ!
てか離せ!
「なんなんですか、離してください」
できる限り怯えを含ませた声色で、知らない人に声かけられて怖いですよアピールをする。
「……はなさき?」
は?花崎?
ようやくなにかを発したと思ったらそれ?っていうか私の離せって言葉は無視?なんなのこの人は。
心の目で強く目の前の男子、神村武蔵を睨みつけた。あくまでも心の目で。
私の腕を掴んだ犯人は、先ほど花崎歌が探していた転校生。
私が最も関わりたくない人たちの内のひとり。それは、焦るでしょ。
「は?誰のこと言ってるんですか?」
思わず素で返してしまった、いやだって、意味がわからなすぎて。
「あ、いや、悪い。知り合いに似てたもんだから」
私の後ろ姿は花崎歌に似ているのだろうか?身長はまあ数センチの違いだけど、髪の色、長さからして違うんだが、あれか?神村武蔵の目は節穴なのか?
背中にじわりと嫌な汗が滲む。
頼むから早く手を離してくれ。
「そ、そうですか。……あの、役に立つかは分からないけど、はな、花崎って人なら私のクラスにいますよ」
ピクリと肩が揺れ、神村武蔵が反応した。
不自然なほど唐突で、失敗したとも思ったけど神村武蔵は私の発言の内容に気を取られ気にしてはいないようだった。
「本当か?」
「はい、2年A組に」
「……そうか、同い年か。なら敬語じゃなくていい。むず痒い」
いや、だから。
そんなことはどうでもいい。
手を話せって。
私の有益な情報はもう渡したでしょ、なのになぜ離してくれない。
「離して」
なんとなく私だけが重苦しい雰囲気のまま、神村武蔵は手を離すことなく口を開いた。
「ところで、職員室はどこだ?入部届けを顧問に出したいんだが、迷ってしまったみたいでな。転校してきたばかりなんだ。道を教えてくれるとありがたい」
はあ!?自力で行け!
と言いたかったが、さすがにここでそんなことを言うのは不自然だ。
入部届けを提出しにきたのか。
「なるほど転校生なの、この廊下突き当たったら階段あるんで上に上がって、そこから右に行けば着く。今の時間なら藍先生もいると思う」
「……そうか、わかった」
苛立ちからか大分素っ気ない言い方になってしまったが、神村武蔵は特に気にせず納得したのかようやくそこで私の腕を離した。
今すぐ走って逃げたい衝動に駆られた。
「ありがとう、アンタも行く途中なのか?なら一緒に」
「私は、行かない。大した用事でもなかったし、急用を思い出した」
神村武蔵の恐ろしい言葉を遮るように、でも荒げることもなく冷静に言う。
不機嫌なの見て分からないのかお前の目はやっぱり節穴か?
いち早くこの状況を抜け出したいからね。もう英語のノートなんて後回しだ。
「じゃあ私行くから」
返事を聞く前に職員室とは逆の、たった今歩いてきた道を少し早めに歩く。
神村武蔵はついてくることはなかったが、私の背中に言葉を投げた。
「神村武蔵、よろしくな」
微妙にトーンが明るく、どこか楽しそうな声が廊下に響く。
無視無視。
だってよろしくなんてしないし。
こんな冷たく愛想のない私の、どこによろしくする要素があったのか。
とりあえず予定変更、神村武蔵に見つかると面倒だ、また絡まれる可能性がある。
古城弟との会話とか、神村武蔵と花崎歌の邂逅を見届けたかったけど、面倒さの方が上回る。
ってことで帰ります。
……これからは花崎歌ウォッチングも少し警戒しながらするか。
もう関わりたくないから、絶対に絶対に関わりたくないから。
でもとりあえず、登場人物は揃いつつあるようだ。
もうそんなにたくさんは出てこないだろう、さて、明日から花崎歌は生徒会の手伝いをするようだし、イベントがたくさん起きる。
見逃さないためにも今まで以上に目立ってはいけない。
私はモブキャラだから。
どんなこともこの私から溢れ出るモブキャラパワーでなんとかしてみせる。
それが例え、他人を傷つけることになろうとも。




