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「おい、馬鹿ソウ。自己完結してねえで、ちゃんと沙耶香ちゃんに説明しやがれ」


「…まだいたの、真山」


「ふざけんな、誰がてめえのサポートしてやったと思ってやがる」



何がなんだか分からない状況の私に助け船を出してくれたのは、真山さんだった。

奏太さんの胸ぐらを掴んで、叱咤している。


…仲良いな。

ぼんやり眺めていると、真山さんが私を見つめてきた。



「沙耶香ちゃん。心配しなくて大丈夫だよ、向井りなはただの親戚」


「え…?」


「西郷家繋がりの親戚でね、ソウの秘密を唯一知る芸能人なんだよ」


「親、戚…?」



思わず復唱すれば、私のすぐ横に奏太さんが座って私を見つめてくる。

顔が近くて、心臓がまた煩くなった。



「里奈から仕事と家のことで相談されてたんだ。アイドル業は年齢が命だし、この先この業界で生き残れるか分からないから両親に反対されてるって」


「でも手繋ぎって…」


「なんか人が増えてきたから、あいつの手引っ張って急いで移動したらやられた」



ムスッと不機嫌そうに言う奏太さん。



「あいつも切羽詰まってたみたいで。家のこと知るのは俺だけだったし流石に見捨てられなかった。ごめんねサヤ?」



奏太さんの言葉に嘘があるようには思えなかった。

つまり、私の早とちり…?

そう思うと情けないのと恥ずかしいのとで、顔が真っ赤になる。



「待ってたんだ、サヤが俺に気持ちを伝えてくれる日を。俺の自惚れじゃないって確信できるのを待つのは辛かったな」


「え」


「…あんな自分勝手なこと言って結婚してもらったのに、そのあと本当に好きになったから俺のことも愛してくれなんて最悪だろ?」



照れくさそうに笑って奏太さんはそう話してくれた。

まだまだ追いつききれていない頭を必死に整理して、私は奏太さんを見上げる。

色々と聞きたいことはあった。

まだまだ分かり切っていないこともある。


けれど、それよりも何よりも。



「奏太さんは、私のこと…好きなんですか?」


そう、それが一番に出てくるべき問いだった。

頭の中では奏太さんが言ってくれた言葉がぐるぐるとリピートされ続けている。

私の願望が強すぎて幻聴でも聞こえたのじゃないかとどこかで思ってしまう。

それを、いま目の前にいる彼に否定してほしかった。



「うん、好き。自分でも驚くほど」


奏太さんはすぐにキッパリと答えてくれる。

好き。奏太さんが私を、好き。

その事実をようやく受け入れることができた私の目は、また熱くなっていく。

こんな水分どこから湧いて出てきたんだと思うほどに涙がこぼれてくる。


ああ、どうやら私は自分で思っていたよりずっとずっと貪欲だったみたいだ。

ずっとずっとその言葉を誰よりも求めていたみたい。

こうなって初めて私はそんなことを知った。


奏太さんは優しく笑って、顔を寄せてくる。

私の目に口元を近づけてきたから、私はパニックになってしまって思いっきり手でそれを阻止してしまった。

恋愛初心者にはハードルが高すぎた。

奏太さんは一瞬拗ねたようにむすっと口元を歪ませて、その後仕方ないとばかりに私の頭を撫でる。


そうして小さくため息をついた。



「あのね、サヤ。言っておくけど、俺もかなり攻めてたんだよ?サヤにこっち向いてもらえるように」


「え、いやいやそんなバカな」


「…俺、確かに仕事バカで仕事オタクだけど。だからって流石に練習でデートに誘ったり、一緒に寝ようなんて言わないよ?」


「え、ええ!?」


「……自業自得なんだろうけど、何だろうねこの反応」



いつも以上に饒舌に語る奏太さんの顔はあきれ顔だ。

というより、奏太さんがこんなに仕事以外でハキハキと話せるだなんて知らなかった。

初めて見る奏太さんばかりで、心臓がだんだんと早鐘を打っていく。

けれど。



「サヤの鈍感」


心を許してくれたようなそんな気の抜けた笑みが、すごく愛しかった。










『風見ソウ、衝撃の告白!実は結婚していた!?』


それからどれだけ経っただろうか。

私は本屋の片隅でそんな風にデカデカと書かれている雑誌を眺める。



「…芸能界って、本当こういうことは仕事早いのね」


「…うん」


「つい3日前まで向井りなとの熱愛騒動で持ちきりだったのに」



私と美月ちゃんは、呆れたようにそんな会話をしていた。

奏太さんの事務所と里奈さんの事務所で話し合いが重ねられ、奏太さんの結婚が発表された。

もちろん熱愛報道は双方の事務所が完全否定。



「で、きのう向井りな来たんだって?」


「あー、うん」


美月ちゃんに切り出されて、私は苦笑した。



『迂闊な真似して本っ当にごめんなさい!!でもソウ兄と恋人とか私死んでもごめんだから!有り得ないから!安心して下さい。ごめんなさい~!』



里奈さんは、何と言うか、とても可愛らしい人だった。

相談乗ってやったのにその言い草は何だと、奏太さんは拗ねていたけど。

でも、とても人懐っこくて明るくて素直な人だ。

奏太さんが毒気を抜かれて思わず相談に乗ってしまうのもわかるほどに。



「あ、そろそろ記者会見始まる。ごめん、帰るね」



そんな回想も終わって気付けば、時計の針もずいぶん進んでいる。

私は美月ちゃんと別れて慌てて店を後にした。


「…バカップル」


美月ちゃんがそういったことには、気付いていなかった。



『本日は私事のために忙しい中お集まりいただきありがとうございます。また、今件で世間をお騒がせしましたことを心よりお詫び申し上げます』



テレビの向こうで、奏太さんは多くの報道陣の前に立っていた。

普段のあののんびりした奏太さんは、どこにもいない。



『ご結婚というのはいつ頃でしょうか』


『はい、2年ほど前です』


『お相手はどのような方で』


『現在大学に通う方です。一般の方なのでこれ以上はお答えできません』


『プロポーズはどちらから?』


『僕からです』


『どのようなプロポーズを?ぜひ聞かせて下さい』


『普通に「好きです、結婚して下さい」ですね』


『現在共演されている向井りなさんとの熱愛が報道されていましたが、お2人の関係は実際どうなのでしょうか』


『はい。実は昔から親同士で付き合いがあり知り合いだったんです。お互いよく知っていたので僕にとっても彼女にとっても良い相談相手なんですよ』


『しかし、手を繋がれていましたが…』


『誤解を与えるような真似をして申し訳ないです。あの時、あの場は人が増えてきたため、騒ぎにならないよう慌てて移動した際ああなりました』


『奥様はお2人の仲をご存知で?』


『はい。仲が良いねと笑っていました』



はきはきとどんな質問にもどもらず対応する奏太さん。

どこからどう見ても嘘偽りなく誠実に対応しているような雰囲気だ。


「…嘘ばっかり」


テレビの前で思わず私は笑ってしまった。


里奈さんと奏太さんが親戚同士であることは、今回は伏せられた。

それは、仮にも恋人として共演している2人が遠いとはいえ親戚だと知れたらドラマに影響が出るだろうということがひとつ。

もうひとつは、双方西郷の関係者であることを隠すことを条件に芸能界にいたからだ。

芸能界に行くなら西郷のネームバリューに頼らずのし上がれ。

これが西郷家のルールだった。

そうやって里奈さんも奏太さんも芸能界でよじ登って来たのだろう。だから奏太さんも里奈さんを見捨てず相談に乗り続けた。今ならやっとそれが理解できる。



『今まで公表していなかった結婚を公表したのは、やはり今回の報道があったからですか?』


会見は続く。

私はテレビの前で正座して聞いた。



『もちろんそれもあります。しかし本当のところ、僕が公表したかったというのが正直な話ですね』


『あら、それはどうして?』


『僕はあまり隠し事が上手くないし得意でもないので、皆さんに黙ったままでいることが心苦しかったんです』


相変わらず彼は嘘も真実のように話してしまう。

さすがの演技力に感心するべきところか呆れるところか少し悩む私。

けれど、奏太さんのファン達の大多数が女性であることを考えると、時にはつかなければいけない嘘もあるんだろう。

芸能界は夢を与える仕事だと誰かが言っていた言葉を私はこの時強く実感していた。



『…それに、やはり妻が大切ですので。いつまでもそんな大事な存在を隠すということも辛かったもので。今まで僕の言葉を全て信じて応援して下さったファンの方々には本当に申し訳ないのですが』


…その後の言葉で、そんな思考回路は停止してしまったけど。



『では最後に、風見さんは奥様のどのようなところに惹かれましたか?』


『…一生懸命なところです』



奏太さんの声は、優しさに溢れて。

自分の心臓の音が、温かく強くずっと耳に響いていた。





『もしもし、サヤ?』


「…嘘ばっかり」


『だって本当のことばっかり言ったら、仕事なくなるもん』


「ふふ、そうですね」



電話ごしに聞こえる、のんびりした口調。

拗ねたように言い訳する奏太さんの声が愛しかった。



『でもね、サヤ。最後の言葉は本当だからね』


「…一生懸命?」


『うん。俺、そんなサヤが可愛くて仕方ないの』


「……」



あの一件から、奏太さんは当たり前のように私にそんな言葉をささやく。

私は照れて何も言えなくて。

ただ真っ赤になって、スマホを握りしめるだけ。



「やっぱり可愛い」


「…な!?」



振り向けば、奏太さんの柔らかい笑顔。



「ただいま、サヤ。大好き」


「う…うー…。わ、私も、です」



西郷奏太、26歳。

私の旦那様は、仕事バカ。

もしかしたら、それと同じくらい、私バカなのかもしれないです。





本編はこれにて完結です。

以降は後日談になります。

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