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「サヤ、一緒に寝よっか」



奏太さんは、変な人だ。

そして、恐ろしいほどの仕事バカ。



「…ベッドシーンの練習ですか?」


「うん」


「お断りします」


「えー…」



仕事の練習と称しては、たびたび私を恋愛相手に見立てていろいろしようとする奏太さん。

ドライブや、一緒に料理や、おうちデートもどきなら、まだいい。

けど、さすがの私だって無理なものは無理なんです。


キスもまだなのに。

手すら繋いだことないのに。

一緒に寝るなんて、無理。


その日、珍しく奏太さんは1日不機嫌でした。



「うー…」


「どうしたの、沙耶香」


「美月ちゃん。奏太さんって難しい」


「今さら何言ってんの、あんた」



いつものように美月ちゃんの家に避難して、ずっと考える。

お仕事の手伝い断っちゃったから、怒っちゃったのかな。

ぐずぐず悩むのは相変わらず。


そんな私に、美月ちゃんが切り出した。



「あんたさ、この際告っちゃえば?」


「無理」



即答する私。

そんな私に、美月ちゃんは真剣な顔で続けてきた。



「私、風見ソウは沙耶香のことまんざらでもないって思うんだけど」



美月ちゃんの言葉に私はぽかんと口を開く。

訪れたのは少しの沈黙。



「ないない」



必死に頭を巡らせて、私はそう完結させた。



「そんなことないと思うけどな」


「だって、奏太さん仕事で手一杯だもん。私のこと考える時間ないよ」


「でもいくらなんでも何の気もない子に一緒に寝ようはないでしょ」


「仕事のためならアリになっちゃうのが奏太さんなんだよ」



自分で言ってて悲しい。

けどこれは事実。


「だって奏太さん、お仕事大好きだもん」



そしてそんな奏太さんが大好きなんだから、もうどうしようもない。



「美月ちゃん、同窓会行こう?」


「はいはい。まったくあんたって子は…」



ため息が出そうになるのを抑えて、立ち上がる。

今日は同窓会。

高校の時のクラスメイトに会うのは2年ぶりだ。



「おー、下山じゃん!!珍しい。美月やっと連れてきてくれたのかよ」


「沙耶香久しぶりー!」


「…みんな変わったね。いろんな方面に」



髪が茶色かったり、金だったり、ピアスだったり…高校とは違う雰囲気の一団。

それでも何だか懐かしい気分になって、少し心が軽くなった。

その裏で、ひとつ問題が起きていたことなど、この時の私は気付いていなかった。



『ちょ、ちょっと待って…!』


『俺のこと好きなんだよな?だったら受け止めろ』


『す、好きだけど…!でも何か修くんキャラ違う!』


『これが元の俺だっつの。ほら、いいから目閉じろ』




「ぎゃー!!ソウ様だめ、やめてー!」


「カッコいい、ああ、なんてカッコいいの…!」


「こんなこと言われてみたい…」




…なんでこんなことになっているんだろう。

なぜ居酒屋に来てまで旦那様のラブシーンなんて見なけりゃいけないわけ?




「おう、下山。お前は見ないのかアレ?あれ今話題のドラマだろ?」


「もう胸いっぱいです。声も聞きたくない」



精神的に堪えてると言えないのが、なんとも辛いところ。

ああ、できることなら今すぐテレビのチャンネル変えてほしい。



「そういえば、下山って名字“西郷”になったんだよな?一体何があったんだ?」


お酒が入ってテンションの高い一団。

その隅で黙々と料理に手を伸ばす私の隣にいたのは、当時席が近かったクラスメイトだった。

名前は確か下河原くん。

スポーツ少年で人気があった彼は、性格もサバサバしていて話しやすい存在だった気がする。

下河原くんの質問に、遠くで鳴るテレビをチラッと眺めてため息。



「ちょっと面倒な事情があって」


「ん、なに?」


「ううん、何でもない」



まさかあの女子達が騒いでいる男性と結婚しました、なんて言えるわけがなかった。

大きくため息をつく私に、首を傾げる下河原くん。

さてどう誤魔化そうかと思ったその時。


ぎゃー!!!


すぐ近くから大音量の悲鳴が聞こえた。

その発生源はすぐ近くの級友たちで、あまりの大きな声に思わず耳を押さえて向き直る。



「お前らうるさい。迷惑だろ」



最初に注意したのは下河原くんだった。

しかし、それを聞いた女子達はむしろ勢いづいて下河原くんに迫る。



「だ、だ、だって…!ソウ様に熱愛発覚って…!」


「え…!?」



思わずあからさまな反応をしてしまった。

そんな私にその女子は抱きついてくる。



「共演中のあのアイドルだってー!何でよー!」



頭が真っ白になった。

遠くのテレビに慌てて視線を移せば、いつの間にかそれはワイドショーに変わっていて。

たぶんドラマが終わった後のニュース番組なんだと思う。

それはエンタメ系の軽いニュースを中心に扱う若者や主婦層に人気の番組だった。



“風見ソウ(26)、向井りな(20)と熱愛発覚!?”



でかでかとしたテロップ。

噂の相手は、さっきまでドラマで奏太さんとキスしていた人物。




「あー、まあ風見ソウもいい歳だし、そろそろ噂のひとつも立つんじゃねーの?」


「違うよ!ソウ様恋人募集って言ってたもん!きっと向井りなが無理やりソウ様に…!」


「…そんなヘマする人じゃないよ」




反論が無意識に口から出ていたことに、私は気付いていなかった。

奏太さんは仕事第一の人だ。

恋愛なんて仕事に比べたらずいぶん下の優先順位。

結婚がバレて仕事に支障をきたすのが面倒だからって、ひたすら私達のことは隠し続けてきた。

変装して、お店にも立ち寄らず、それはもう徹底的に隠してきたことを私はよく知っている。

事実、この2年私達の結婚は全くバレてこなかったのだから。


それなのに、熱愛発覚というニュースが飛び交うということ。

手繋ぎデートが撮られるということ。


…きっと本気なんだ。


私との違い。

今までの奏太さんでは考えられない行動。

そんな結論に至るまで時間はかからなかった。



「おい、どうした下山?」


「あれ、もしかして沙耶香もソウ様の隠れファン?仲間ー!」




2人の声は耳には入ってこない。

ああ、奏太さんにもちゃんと本気の人がいたんだ。

その事実が衝撃的すぎたのだ。


…恋愛に興味ないって言ったのに。

プロポーズの言葉を思い出してグッと唇を噛む。



「沙耶香、あんたお酒飲み過ぎ。顔色悪いよ、ちょっと休んでこよ」



まともに思考が働かない私を、美月ちゃんが引っ張ってお店の外に出してくれた。



「沙耶香、大丈夫?」


「…ごめん」


「きっと誤報だって。風見ソウもミスしちゃったんだよ」


「ないよ。奏太さんは仕事以外では基本的に誰ともつるまないもん」


「沙耶香…」



こんな時にも、誤解だという思いに頼れない自分が嫌だ。

でも奏太さんは何でもない人と2人で出かける性格じゃない。

きっと、本気。

あのアイドルと何の関係もないわけがない。



「どうしよう、美月ちゃん。私、知らない間に奏太さんの邪魔しちゃってたのかな」


「沙耶香!それは違…」


「奏太さんのことを恋愛に興味ない変わり者だなんて思って安心してたバチが当たったのかもしれない。それなのに私…別れたくない。こんな状況でも、一緒にいたい」



なんて図々しい願いなんだろう。

気持ちひとつ伝える努力すらしていなかったくせに、初めから愛のない結婚生活だって理解していたはずなのに、いざ奏太さんの目が他に向くとこんなに動揺してしまう。

応援なんて、とてもできないと思ってしまう。



「下山!」


「…下河原くん?」


「お前大丈夫か?なんか様子おかしかった気がしたんだけど」




美月ちゃんと私の間に沈黙が流れた頃に現れたのは下河原くんだった。

落ちた私を心配して様子を見に来てくれたらしい。

なるほど、人気者になるわけだ。

その優しさを実感して苦笑する。

美月ちゃんに一通り吐き出したことで、私は少し冷静になっていた。



「大丈夫」


「でも顔赤いし、頬も熱いじゃん」


「お酒飲んでるからね」



彼が私の頬に触れてきた手が冷たくて、私は笑ってしまった。

この寒い中、私を心配して躊躇わずに手を指しのばしてしまう優しい級友。

イケメンで人気者で人が良いだなんて、世の中には素晴らしい人がいるものだなあなんて妙に感心してしまったのだ。




「ごめんねー、この子人妻だから触らないでくれるかな?」



しかし、その下河原くんの手はすぐに私の頬から離れることになった。

それと同時に響いた声に、私は目を丸くする。



「え、真山さん?」


「真山、来るのが遅い」


「あのな、こっちはどれだけ急いだと…」



私と下河原くんの間に入ってきたのは、真山さんだった。

いきなりの展開に私は固まる。



「……人妻?」



けど、私以上に困惑していたのは下河原くんだった。

まあ、いきなり私が人妻なんて言われたらそうもなるよね。



「じゃ、美月あとはうまく誤魔化しといて」


「…面倒くさ」


「フランス料理」


「乗った」



よく分からないこのカップルの会話を耳にした後、私は真山さんに腕を引っ張られて強引に車に乗せられる。何がなんだか分からないまま、私は真山さんに連行された。





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