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「サヤ、お帰り。久しぶりだね」
「いたんですか、奏太さん」
大学から帰ると、リビングにいたのは映画撮影で2週間日本にいなかった旦那様だった。
夫婦の会話らしくない会話を交わして私は思わずジッと奏太さんを見つめる。
「ん、どうかした?」
「いや、何でもないです」
…なんで好きになったんだろう。
こんなにじっくり見つめた所で全くもって分からない。
分からないのに、なぜだか心が弾む。
「次のお仕事はいつですか?」
「明日の早朝。日の出のシーンがあるからね」
こんなに相変わらずの仕事バカになぜ。
疑問は消えないまま、私は晩ごはんの支度をしに台所へと向かった。
「うん、サヤこの一年で本当に料理上達したね。美味しい」
「ありがとうございます」
まともに顔を合わせて話をする機会は、ご飯時くらいしかない。
他の時間たいてい彼は仕事をしたり台本を読んだり役づくりに集中したりしているから。
もっともその食事だって一緒にとるのはそんなに多くないけど。
でもこんな短くて些細な言葉でだって、バカみたいに浮かれてしまう。
きっと私の料理の腕は上がり続けると思う。
美味しそうに私の手料理を頬張る姿を見ていると、何もかもどうでもよくなってしまうのだから仕方がない。
一年前は週に一度あるかないかの2人の時間。
今年に入ってから、それは2、3日に一度くらいのペースになった。
私の料理が彼の胃袋を捕まえてくれたんだろうか。
仕事量は増えたのに、会う回数が増えたことは純粋に嬉しくて。
「サヤ、大学は楽しい?」
「はい。色々できて楽しいですよ」
「そっか、良かった」
会う時間が増えたぶん、奏太さんがこうして私を知ろうとしてくれる時間も増えた。
一緒に暮らしているのにお互い知らないことだらけの生活。
夫婦なのに手すら繋いだことのない私達。
それなのに、私は不思議とこの生活に満たされていた。
「明日仕事から帰ってきたら、どこか行こうか?」
「え…!?」
「なぁに、そんな豆鉄砲食らったような顔して。」
ふいに奏太さんがそんな珍しいことを言う。
仕事第一の奏太さんが、私とお出かけ?
マスコミに追いかけ回されると演技に集中できないからと、結婚の事実を隠し続ける彼が?
目を丸めたまま固まっていると、奏太さんは可笑しそうに笑っていた。
「たまにはいいじゃない」
「だってバレちゃ」
「うん、完璧変装するしさせるしドライブだけでお店とかも行かないけど」
相変わらず仕事第一で、仕事のためには徹底的。
やっぱり普通の人とはちょっとずれている奏太さん。
でも、彼の言動ひとつで私はこんなに嬉しい。
「お仕事でドライブのシーンでもあるんですか?」
「当たり。恋人とのドライブのシミュレーションしなきゃ」
「…期待した私がバカだったけど、いいです」
彼の行動には必ず裏がある。
それを分かっていながら、それでも嬉しいんだから仕方ない。
たとえ芝居の中でのドライブデートのために、本物夫婦のドライブデートが利用されてもいいんです。
…ちょっと、いや、かなり気にくわないけど。
「サーヤ」
「何ですか」
「いつも家事ありがとう。好きな所連れていってあげるから」
「…お店もダメなのに?」
「そ。これが俺の精一杯」
だって私の頭を撫でてのんびりと笑う奏太さんを見ていると、何もかもどうだって良くなってしまうのだから私はもう諦めるしかないのだ。
『今回のドラマは“愛のささやき”がテーマですが、風見さんには愛を囁く方は現れましたか?』
『います、と言えたら嬉しいですがね。残念ながら寂しく独り身です』
『あら、風見さんほどの男前なら世の女性が放っておかないと思いますけどね』
『いやいや、そのようなことはないですよ。ですが僕もこのドラマの主人公のように愛を囁くただ一人に出会いたいですね』
そうして迎えた初デートの日。
テレビ越しでは奏太さんが笑顔でとあるドラマの制作発表に臨んでいた。
私の旦那様は、さすが本業なだけあって演技が上手だ。
すらすらと笑顔で結婚の事実を隠し通せる。
私には絶対できないことだから、悲しくも寂しくもなく純粋に尊敬すらしている。
「ただいま、サヤ。何見てるの?」
「う、わあ!」
「仮にも夫に対してひどいな、その反応」
テレビにかじりついていたら、真後ろに実物がいて思わず叫ぶ私。
奏太さんは、笑顔のまま私を見つめていた。
そして彼が視線をテレビに移すと、笑い声が部屋を包む。
「ああ、これ昼の制作発表。なに、旦那様に見とれてた?」
「ちが…っ、よ、よくこんな嘘つけるなって感心してただけです!」
「だって仕事だしね。素人に演技だってバレるようじゃ役者失格でしょ?」
相変わらず、どんなところでも仕事に対する誇りがとても高い奏太さん。
仕事に関しては、自分に厳しく人にも厳しくだ。
うん、色々難ありな彼ではあるけれど、こういう所はやっぱり尊敬する。
彼の意識の高さを再認識して、そう思った。
「それは置いといて、行こうか」
「は、はい」
「サヤよくそこまで変装したね。うん、普段と比べてずいぶん色っぽい。えらいえらい」
「い、色っぽ…そ、そんな完璧に女装してる奏太さんに言われたくないです」
「うん、素人に負けちゃ堪らないからね」
「女装は別に俳優のお仕事じゃないですよ!?」
「何事も形からって言うだろ?変装して役作るのもお仕事です」
約束通りの時間に現れた旦那様は、それはもう完璧に妖艶な女性になりきっていた。
というか、その衣装とカツラと化粧道具…一体どこから持って来たんだろう。
私よりメイク上手いって何事よ。
聞くのが怖いから、そんな疑問は無理やりどこかへと投げる。
奏太さんは、声と口調以外は終始見事な女性だった。
なぜそこだけ素なのか聞けば、ぽつりと一言。
「だってそんなところまで女になったら、サヤ俺のこと男として見なくなっちゃうだろ?」
…どういう意味だろうか。
しばらく悩んだのは言うまでもない。
「サヤといると楽しいね。素でいても怒らないから、楽」
「怒らないんじゃなくて、呆れているんです」
「うん、知ってる」
そんな会話をしながら私達を乗せた車はゆったりと走る。
土地勘のない私は結局どこの道が良いとか、どこに行きたいとか分からなくて。
ただ人気があるんだかないんだか分からない道路をひたすら走っただけのドライブデート。
それでも、車の窓ごしに見える平凡な町並みは、すごくキラキラして見えた。
奏太さんの言葉の効果で、最高のデートスポットにすらなってしまうんです。
結局のところ、私は彼にメロメロ。




