第二話
「もうすぐ体育祭か。気が滅入るなあ」
と、クラフトン少年がぼやく。
情けない、理化学を志す生徒ならまず体を鍛えるものだぞ、とエドワード氏なら宣うだろうな。
そういえば今日はなんだか元気がなかったが、エドワード氏も気が滅入っていたのだろう。
しかし言われてみれば気が滅入るとは興味深い。
「気が滅入るとはどういうことなんだろうな」
考えたことをそのまま口に出してみる。
そうすると、頭の中が明瞭になる気がするからだ。
「明日も何も変わらないってことじゃないか?」
とクラフトン少年の相槌。じつにいい。
彼の返答は適当だが、そして僕が喜ぶのを知っていて、わざと適当にしている風であるが、それが素晴らしい。
「ふつうは明日は何か変わるのだろうか?」
「明日は、なにか違うだろ。
授業の内容とか。道端にお金が落ちてるかもしれないし」
「でも、僕たちは明日は何も変わらない日常だと思ってはいないか?
そして、変わらないことは、いつも滅入ることだろうか?」
「それは……そうでもないけどさ。
変わらないことがありがたいことだってある」
変わらない習慣が、僕たちを滅入らせることもあれば、心の安定を与えるものでもある。
それはそうなのだろう。
そういうとき、僕たちは勝手なのかもしれないな。
与えられたものに不平ばかり言っているのかもしれない。
変わらないことがどんなに恵まれているか、わかっていないのかもしれない。
「変わらないことに甘えて、気が滅入るとか言ってるのかもしれないな」
「おまえ……。
そりゃ、俺はそう言われればそうだけどさ。
でも、本当は居たくもないところにずっと押し込められて、すごく嫌な思いをし続けて、本当に気が滅入ってる人は、甘えてないんじゃないのか?」
それは確かだと思う。
そういう人にとって、「明日が何も変わらない」ということは、とても重荷なのだろう。
そういえば、「学院」の先輩でも最近そういったひとが居たか。
彼の顔が心なしか苦々しいのは、その先輩のことを思い出しているからかもしれない。
僕が適当に話を振ったせいか。
済まないことをしたな。
「まあ、僕から言えるのは一つだけだ、クラフトン」
ん? という顔で、僕の方を見返してくる。
鳶色の瞳に意志と優しさ、悲しみと幾分の苦しさがブレンドされている。
その優しさに共感してやりたいのはやまやまだし、それを否定するつもりもないけれど、クラフトン。
「君がいつか死のうと思ったら、そのときは自分の世界が狭くなっていないか、狭くさせられていないか、細心の注意を払うことだ。
できたら決断の前に僕に連絡するか、本を読み漁れ」
きっと君は思いとどまるよ、と笑って見せる。
こういうときの自分の顔が、とびきり嫌味に見えることを僕は知っている。
「おまえらしいよ、ウェス」
と、苦笑いを返された。
それでいい。結局のところ、僕たちは死なないために笑うしかないんだ。
笑えないときは死ぬときなのだから。
すこし話を変えるか。
ちょうど件の先輩について聞きたいこともあることだ。
「そういえば、件の先輩は少し面白い状態で発見されたそうだな」
「ああ、まだ聞いてなかったか?」
「うん、まあな」
君以外に話し相手がいないから、情報が入ってくるはずもない。
だが、それをいちいち口にしても意味がない。
「ウェスがどこまで知っているか知らないから、全部まとめて言うことにするな」
といって、クラフトンが話した内容をまとめると、こうなる。
自殺したのは三年の先輩。
他国からやってきた貴族の子弟で、将来は学者を志望していた。
こちらでは寮で暮らしている。
自殺方法は単純なものだ。
夜間に校舎内に侵入し、遺書を残して、首に傷をつけ死亡した。
動機は将来への不安だったということらしい。
そこまではいいが、死んだ場所が問題だ。
「学院」は最先端の研究機関でもあり、外部からの侵入者に極めて厳格だ。
夜間の校舎内は、申請を出している人間以外残ることが出来ず、警邏につまみ出される。
「それはまったく奇妙だな」
「だろ?
どうやって校舎内に残ってたのかって噂になってるんだ」
「場所はどこなんだ?
どこか、その近くに隠れる場所はなかったのか?」
「場所は理化学研究室。
どうも、警邏のひとが調査した限りは無かったらしい」
……少し言葉を失った。
なるほど、エドワード氏の元気がなかった理由はそれか。
そうだとすると、「気が滅入る」というのは、変わらない日常にだけ感じるものではないのだろう。
余計な思考だろうが。
「警邏の人間が見つけられないということは、あるとしても相当大がかりだな」
「違いない。
だから、捜索が頻繁にはいったりてんてこ舞いだよ、こっちは」
エドワード先生に妙に気に入られているせいか、彼はよく理化学研究室に出入りしている。
アルバイトで薬剤の整理を請け負っていたりするそうだ。
そんなときに体育祭なんて関わっていたくないだろうに、大変だろうな。
「気が滅入る」といったクラフトンの気持ちが、少しだけ理解できた。
相変わらず二人が雑談しています。




