09 観察
「精霊さん、タバコ買ってきましたよ。」
そう言いながら上機嫌の松山が部屋へ入ると、部屋の真ん中で仁王立ちしている女の背中が目に入った。
〝彼〟は弾んだ声で、
「松山、魚をバケツ一杯買って来い。15センチくらいの青魚がいい。」
戻った早々、松山に次の〝パシリ〟を言い付ける。
はぁ???と口だけ動かし、〝彼〟の向こう側の様子を窺うと、白い大きな鳥が2羽、そこに居た。
水ごと魚を掬い取って丸呑みにする特徴的な長いクチバシが目に入った途端、
「何ですかソレ!?」
と、大声を出してしまった。
松山の大声に驚いた1羽が部屋中の物をひっくり返しながら飛び回る。
広げた翼長は2メートル以上はある。
飛び回ると言うより、そこら中をぶっ叩きながらゴアゴアと変な鳴き声を上げて歩き回っていた。
〝彼〟は不思議そうな顔で振り返り、
「ペリカン、知らないのか?」
真面目に訊く。
訊かれた松山は、顔を顰めて、
「ペリカンは知ってますけど・・・・・。」
言葉が続かない。
じっと無言で〝彼〟を見た。
と、今度は〝彼〟の方が大声で、
「あぁそうだよ!暇だったからだ!そこまで大声で考えなくてもいいだろう!オマエ、だんだん図々しくなってくよな!」
言って、顔を顰める。
松山はぽつり、
「ヒマだからって、ペリカンは無いでしょう?」
呆れたように言うが、〝彼〟は、
「面白いから黙って見てみろ、こいつらの違いに気が付かないか?」
言って、2羽のペリカンを指差した。
松山の大声に驚いた方の1羽はまだゴアゴア言いながらそこら中を歩き回っているが、もう1羽の方は微動だにせず、〝彼〟の方へ体を向けたまま置物のようにそこに佇んでいた。
〝な?〟という顔で松山を見て、
「動かない方が野生、動き回ってる方が動物園から拝借したんだ。」
〝彼〟は楽しそうに言う。
松山は、
「・・・動物園大騒ぎですよ。」
またぽつりと言う。
しかしテンションの高い〝彼〟は松山にお構いなしで、
「見ろ、野生のヤツは俺が〝何〟だか判ってる。動物園のヤツは人間並みの感覚だ、俺が判らない。」
「どういう事ですか?」
「跪いてるのさ、精霊の前に。本能的に『ご尊顔を拝謁し』ってスタイルだそうだ。」
「ペリカンがそう言ってるんですか?」
松山が言った瞬間、すっと真顔になった〝彼〟は、
「鳥とおしゃべりなんて、おまえ、メルヘンな想像するんだな。」
気の毒そうな顔で松山を見る。
松山は溜め息を吐き、
「も、解りましたから、観察の邪魔しませんので。」
会話を放棄した。
〝彼〟は松山の気苦労を無視して、
「魚買って来い、コイツらを持て成してやってくれ。ついでに肉も買って来い、次は肉食獣を呼ぶ。」
そう言って楽しそうに2羽のペリカンを眺めていたが、〝彼〟の次の企画に顔を顰めた松山が、
「・・・・・動物園のは呼ばないでもらえますか?」
ボソッと言うと、冷静になった〝彼〟は、
「・・・・・おまえ、頭いいな。」
真顔で松山を繁々と見た。