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05 品質

 先程まで、海老原が数名の白装束の男達を連れて〝松山が去年彼女と泊まったリゾートホテル〟を訪れていた。


◇◇◇◇◇



 〝彼〟と向かい合わせにソファへ座った海老原が、

「少し、採血をさせていただきたい。」

 そう言うと、白衣の集団が女の姿の〝彼〟を取り囲んだ。

 〝彼〟の顔は露骨にムッとした表情になり、

「お願い事があるのなら代償を払え。精霊に〝お願い事〟をするのなら、それがお約束だろう?」

 〝彼〟の言葉に海老原は無言で頷き、そのままじっと〝彼〟を見た。

 お互い言葉を交わさず、じっと見つめ合って間が空いた後、〝彼〟はすっと腕を差出した。

「おまえ、精霊を脅すとか、人間のくせに何考えてるんだ?」

 ぼそっと漏らす。

 海老原の表情は全く変わらず、

「〝宿泊の対価として少し採血をさせていただきたい〟と、言い直しただけですが?」

 言葉に出したわけでは無く、頭の中で説明しただけではある。

 フンと面白くなさげに鼻で息を漏らした〝彼〟は、

「〝願い〟と〝代償〟と〝成就〟の順番が無茶苦茶だ。まぁいい、適当に血をとればいいさ。」

「ご理解いただけて感謝します。」

「おまえも〝ご理解〟しているみたいだしな、今回はおまえに貸しておこう。」

「助かります。」

 ここでやっと、海老原が薄い笑みでにこやかに頷いた。


   おんなの採血をしたところで、何か出る訳が無い


 海老原は、それを〝理解〟していた。

 しかし、正体の判らないモノを恐れる『集団』が、少しでも自分達を安心させる為に検査をしたがったのだ。

 〝彼〟は、海老原が〝理解している〟その事を言った。

 腕に注射針が刺さる様子を見ながら、

「俺は痛めつけるのは好きだが、痛めつけられるのは腹が立つ。」

 言って、目線を海老原に向け、睨んだ。

 海老原は涼しげに、

「覚えておきましょう。」

「おまえの事も言っているつもりだが?」

「ええ、判っています。」

 あまりにも海老原が当然のようにさらりと言うので、

「・・・食えないな。」

 〝彼〟の眉間に皺が寄った。



◇◇◇◇◇



 松山はエントランスで海老原一行を見送った後、〝彼〟が居座っている部屋へ戻って来た。

 採血に同席していなかった松山は、先程まで別室で海老原一行の中の数名に〝彼〟についての聞き取りをされた。

 昨日、〝飛んだ事〟や〝彼〟が本当に男性であった事を、包み隠さず話した。

 監視する仕事なのだから、報告義務は当然だったが・・・。


   好きなだけ報告していい、おまえの仕事だ


 先に、〝彼〟にそう言われた。


   俺の〝価値〟が上がる


 と、〝彼〟は付け加えた。

 何がどうと言うはっきりしたモノではないが、松山は腑に落ちないモノを感じていた。

 どちらからも〝利用されているだけ〟、でもいいが、利用されているだけ、と、思うと何故か寂しい気がする。

 相手は人間では無いと、昨日嫌と言う程思い知ったが、それでも何となく寂しい。

 廊下をトボトボと歩きながら、

「・・・見ているだけの簡単なお仕事です、か?」

 呟いて、松山は首を振った。


   簡単なワケが無いだろう、人類絶滅後の世界まで見せられて!


 一瞬鼻息が荒くなったが、溜め息を吐いて肩を落とした。

 諦めて、〝彼〟の部屋の鍵をルームキーで開けて扉を開く。

 前室に足を踏み入れて顔を上げると、前室の扉が開いていた。

 開きっ放しの前室の扉の向こうに、開け放った窓から見える昼間の海から、ふわりと潮の香りがする風が吹き込んでいる。

 部屋に入って、海を向いて据えられたソファに座っている筈の〝彼〟に小声で声を掛ける。

「起きておられますか・・・?」

 松山は、ソファの向こう側に居る〝彼〟がうたた寝していたら起こしては悪いと気を使ったのだが・・・。

 ソファの向こう側から女の声が、

「・・・・ああ。」

 と、気怠そうに掠れた声で答える。


   酒焼けしたみたいな声だな・・・次官から嫌がらせでもされてヤケ酒か?


 松山はそう思いながらソファの正面へ回り込むと、だらりとソファで横になっていた〝彼〟は浮かない顔でじろりと松山を睨む。

 睨んで、

「声の事は気にするな。喫煙が思いの外、効いてるだけだ。」

 松山が声に出さずに意識で考えた事に、〝彼〟は言葉で答える。

 それで会話が成立している違和感は松山にはもう無く、完全に順応していた。

 松山自身も、〝彼〟から『人間ほど順応力のある生き物は居ない』と言われた事を思い出し、ふと可笑しくなる瞬間もある。

 この不思議な会話の状態にも、松山は何事も無かったように、

「箱に書いてあるでしょ?『健康を損なう恐れがあります』って。」

 〝彼〟へ言葉を投げる。

 松山があまりにもさらりと切り返して来た事に、〝彼〟は苛っと、

「海老原といいおまえといい、気に障るやつばっかだな。酒がどこに置いてあるのか教えてくれ、正直飲みたい気分だ。」

 言って、煩わしそうに息を吐き、松山に背を向けるようにソファの背凭れ側へ寝返りをうった。

 実際の所はどうなのか判らないが、その様子は松山の目に〝彼〟が拗ねているように見えてしまう。

 どう扱ったものか判らず、松山は〝彼〟の背中をじっと見る。

 今はバスローブではなく、昨日揃えた衣類を身に着けていた。

 白地に淡い色のグラデーションの長袖のTシャツとパンツ姿というラフな格好だが、病衣やバスローブよりもずっといい。


   外見いれものによく似合・・・・


 と、そこまで考えて、松山は『あ、まずい』と、考える事をやめた。

 昨日怒られたばかりだ。


   『似合う』とは、俺を対等に見ているのか?馴れ馴れしいぞ、おまえ


 〝彼〟に言われた。

 気を取り直し、

「どうかしました?なんだか表情が暗いですね。」

 声を掛けるが、

「俺の顔色が判るほどの付き合いか?」

 〝彼〟の背中は突き放すような物言いで答える。

 なんとなく、〝彼〟が読めるようになってきた松山は〝彼〟の物の言い方に動じる事も無く、

「それなりに。」

 そのまま言った。

 しかし、

「懐くなよ、おまえはただの観察対象だ。」

「・・・そうなんですか。」

 〝彼〟が続けた言葉に、さすがに引いた。

 松山のトーンが落ちると、〝彼〟はソファに埋めていた体を起こし、松山の顔を繁々と眺め、

「・・・・・・そう露骨にがっかりされると、どうしたものだろうな。抱きしめて頭でも撫でてやろうか?」

 苦笑いで言う。

 松山は即答で、

「結構です。」

 〝彼〟のノリは本気かどうか掴みかねるが、そのままの対応でいいような気はする。

 聞き流し、

「今日は、この後どうされますか?」

 訊いた。

「人間観察。移動はおまえに合わせる。」

 『おまえに合わせる』の一言にほっとして、

「飛ばないでいただけると助かります。」

 正直に、言った。

 〝彼〟はやれやれと息を吐き、

「車で移動すると時間がかかるが、飛ぶたびにおまえが休憩するからかかる時間は同じだ。」

 じろりと松山を睨むが、松山は気にせず、

「具体的にどちらへ?テーマを絞っていただけると助かります。」

「〝おまえが感心する人工物〟。」

 課題を出し、〝彼〟はタバコを口に咥えて火を点けた。

 吸い込んだ煙を吐きながら、松山が無言で考え込んでいる様子をじっと見つめる。

「・・・・・・・・。」

 色々と建造物を思い浮かべる松山が、『これ、かなぁ・・・でも、車で行ける場所じゃないし・・・』と思いついた物を口にする前に、

「大した事は無い、人間が人間を使って切り出した石を積み上げて作っただけだ。」

 〝彼〟が答える。

 松山は、

「機械を使っていないんですよ?」

 言うが、

「ピラミッドより今居るこの建物の方が俺は感心するが?」

 〝彼〟は松山の予想外の事を言いだした。

 無言になってしまった松山の、『えー?ココ?』と言う納得いかない思考と、口に出したも同然の松山の表情に、〝彼〟はムッとして、

「石灰の塊とはいえ、何も無いところから思うままの形に石を作り出すのは自然な事では無いだろう?ここもそうだが、形状に関して言えば凡庸な形状では無いものばかりだ。」

 居座っているリゾートホテルは確かに外観も凝った造りをしている。

 が、松山は呆れたような溜め息を吐き、

「何も使わずに一瞬で移動する人が、コンクリートに感動している方がすごいと思います。」

 かみ合わない松山の口振りに苛々した〝彼〟は、

「おまえはその〝コンクリート〟に関して当然だと思い過ぎだろう。誰がどうやってそれに気づいた?それが形になるまでのプロセスの問題だ。」

「あ・・・・・そういう意味でしたか。」

 納得した。

 〝彼〟は怪訝な顔になり、

「どうしたんだ、今日は頭が悪いぞ?同じ人間か?」

 じーっと松山の顔を覗き込む。

 松山が、

「人間ですから毎日同じクオリティではありませんよ。」

 さらっと答えると、〝彼〟の顔には苦笑いが浮かび、

「・・・・おまえ、やっぱりすごいな。」

 素直に感心した。




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