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04 景色

 視界に、朝陽に輝く海があった。

 ふわふわと手触りの良い白のバスローブに身を包んだ〝彼〟は、バルコニーのウッドデッキに据えられていた藤製のガーデンチェアに座り、海風に吹かれながら景色を眺めていた。

 ぼうっとタバコを吸いながら、ただ、景色を眺めている。

 洗いざらしの髪が、海風で冷たく冷えていた。

 今朝、〝人のように〟目覚めて松山に買い出しを言い付け、それから汚れた病衣を脱いでシャワーを浴びた。

 バスルームから出て、濡れたままの体に大きなバスローブを羽織り、裸足のまま外へ出て来て椅子に座り、ぼうっとタバコを口に咥えた。

 〝人のように〟、体を清めてそこへ座り、海風に弄られるまま〝人のように〟体が冷えていくことを体感している。

 肉体を手に入れて、かれこれ50時間以上経とうとしている。

 飽和状態でありとあらゆる場所に存在していた〝彼〟が、たかが0.05㎥程度の範囲に集中してそこに居た。

 色々と制約のある器に不満は無いが、〝点〟になってそこに居る今の状態になかなか落ち着けない。

 ふと思いついて、意識を飛ばして松山の様子をうかがう。

 買い出しに出た松山は、行った先の店舗の中でメーカー違いの同じ品物を、真剣に品定めしているようだった。

 頼んだ物は二つだったが、たった二つの買い物に、真剣に悩んで居る。

 その様子に、

「・・・くっそ真面目なヤツだな。」

 〝彼〟のツボにハマって笑った。

 人が悩む生き物だと知っては居るが、目の前にあるたったそれだけの選択に苦悩する松山の悩み様が面白くて仕方がない。

 〝彼〟はひとしきり笑った後、目を閉じて静かに笑む。


   もう止められない、この賭けに勝ったら・・・


 考えて、それを途中でやめて口元の笑みが消えた。

 落ちそうなタバコの灰を灰皿へ落とし、また口に咥えて吸い込んだ。

 上を向いて吹くように煙を吐き出し、

「〝勝ったら〟じゃない、〝勝つ〟だ。」

 言い終えると、溜め息が出た。



◇◇◇◇◇



 松山がコンビニの買い物袋を下げて戻ってきた。

 〝制服〟にビニール袋が似合わない。

 不愛想に、

「サンドイッチとカフェオレでいいんですよね?」

 言って、女が座るバルコニーのガーデンチェアの傍にあったテーブルに、買い物袋を載せた。

 女は一瞥もせず、タバコを咥えてぼうっと前を見たまま、

「ダメだっつったら出直すのか?」

 訊く。

 言われ、無表情の松山は無言のまま、女をじっと見る。

「・・・・・。」

 女は、無言の松山をチラリと見て、

「『いちいち突っかかる』のはおまえが面白いから。」

 女がそう答えた途端、松山は無言のまま、ニヤリと笑った。

 女の白い顔も、ニッと笑って、

「いい作戦だ、考えたな。」

「頭で考えてる事にはリアクションがあるでしょう?」

 松山は得意気に言う。

 女は短くなったタバコを灰皿へ押し付けて消し、テーブルの上にあったタバコの箱から次のタバコを出して火をつけた。

 そして、煙雑じりに、

「それなりにモノを考える事は得意なようだな。まぁいい、座れ、それ、食え。朝飯食ってないだろ?」

 今、松山が買って来てテーブルに置いたコンビニの袋を差した。

 露骨に意外だと言う顔をした松山は、

「自分のだったんですか?」

「俺は食事の必要がない。」

 女の素っ気ない言い方が気にならなかった。

 とりあえず、複雑な表情を浮かべた松山は、テーブルを挟んで並ぶように置かれた椅子に腰を下ろす。

 そして、無言の間が空いた松山の口から、

「・・・・・・・・ありがとうございます。」

 そう、言葉が漏れると、女は間髪入れずに、

「『一応礼は言うべきだよな』ってのは余計だろうよ。」

 松山が無言の間に考えて居た事に対して言った。

 松山は溜め息を吐き、

「やりにくい・・・。」

 心を読まれる事について口にする。

 女も、

「同感だ。」

 松山に同意した。

 気を取り直して、松山はコンビニの袋の中からサンドイッチを取り出し、ビニールを破りながら、

「今日はどうされますか?出掛けると武田さんから聞いていますが。」

 女へ訊く。

「人が多いところへ行きたい。お前が思いつく限り〝思い浮かべろ〟。」

「今ですか?」

「食いながらでいい。」

 言われて、

「え・・・・と。」

 松山が普段の生活の中で〝人が多い〟と感じる場所を思い浮かべた。

 利用駅で地下鉄を降り、改札を抜けて地上へ出て来ると、雑踏とぶつかる。

 地上に出た途端に目に入る、信号待ちの人の溢れかえった交差点を思い浮かべていた。

 途端、松山の耳に聞こえていたリゾートホテルのバルコニーから聞こえる波の音が、朝の通勤通学時間帯の雑踏の音に変わる。

「え?」

 我が目を疑って立ち上がった。

 松山の目の前に、見慣れた交差点の風景があった。

 居る場所は歩道の隅で通行の邪魔にはならない場所だが、周囲を行きかう人々の目が、不思議な物を見るような目でこちらを見ている。

 松山は何が起こったのか判らず、サンドイッチを手に呆然とそこに立ったままになってしまった。

 その松山へ、

「次。」

 と、男の声が言った。

 松山がゆっくり声の方へ顔を向けると、テーブルの向こう側のガーデンチェアに座るバスローブ姿の男が、タバコを吸いながらチラリとこちらを見る。

 顔にばらりと掛かる長めの髪は真っ黒な髪だが、肌の色が濃い。

 はっきりした顔立ちは、日本人のものでは無かった。

 南方系の、かなり造形のいい顔立ちをしている。

 体格も、かなり良い。

 それが、〝彼〟だと理解した途端、

「えええええ!」

 大声が口から漏れていた。

 松山の様子に、〝彼〟は舌打ちしながら、

「動揺するな、座れ。」

 言う。

 続けて、

「姿が変わったくらいで驚くな。」

「・・・本当に男の人だったんですね。」

 力が抜けるように、松山は椅子にストンと座ってまじまじと〝彼〟を見た。

 しかし、松山の動揺には気もくれず、

「答える義理は無い。次、早くしろ、このままここで完食するか?」

 〝彼〟は次の目的地を要求してきた。

 この調子で松山の思い浮かべる場所へ片っ端から移動して行く気なのだ。

 松山は、

「じ、じゃあ。」

 慌てて場所を思い浮かべる。

 すると、松山の耳に波の音が戻って来た。

 波の音と一緒に、

「なぜ部屋へ戻る?」

 と、女の声が言う。

 目の前の〝彼〟は、女の姿になっていた。

 ここまで来ると何も驚かない。

 松山は冷静に、

「落ち着くまで待ってもらっていいですか?」

 〝お願い〟するが、女は答える代わりに舌打ちした。

 すぐに松山は、

「自分の常識にない事に付き合わされるこちらの身になってください。」

 説明するが、女はバッサリと、

「そんな義理があると思うな。」

「無理です!」

「慣れろ、人間ほど順応力のある生き物は居ないだろう?」

「人間じゃない人に言われても説得力が無い。」

 さすがに、女は困ったように言葉に詰まった。

 黙り込んだ女はしばらく何かを考え、顔を上げて放った言葉は、

「じゃあ、おまえに付き合ってやろう。どこへ行きたい?」

 と、松山の顔を覗き込んだ。

「え?」

「サービスだ、どこへ行きたい?」

 子供のように無邪気な笑顔で、楽しそうに松山へ訊く。

 女があまりにも簡単に言うので、

「・・・・・・・・。」

 言葉に詰まり、頭の中が真っ白になったのだが、ふと頭に閃いた言葉を発した。

「あなたが知る一番印象深い景色。」

 松山が言った途端、女の顔がまた〝彼〟に変わった。

 ただ、〝彼〟の表情は、驚き過ぎて目を見開いている。

 その驚いた顔で、

「・・・意外と頭がいいんだな。」

 ぽつりと呟いた。

 松山も、目に映る彼の姿に驚いて目を見開いた。

 先程の〝彼〟と違い、身に着けている衣服が違った。

 濃い肌の色によく似合う濃い青の布地に、金糸の細かい刺繍がされた民族衣装のような上下の服を着ている。

 腕に螺鈿を象嵌した金の腕輪を何本もしていた。

 耳飾り、首飾りも同じく。

 〝精霊〟らしい身形ではあったのだが・・・。

 その姿に松山が頭に思い浮かべた感想に対し、〝彼〟はムッとして、

「『似合う』とは、俺を対等に見ているのか?馴れ馴れしいぞ、おまえ。」

 松山を睨む。

 睨まれて目を逸らした松山の視界に、雲一つない青い空とどこまでも続く一面の砂漠の景色があった。

 相変わらず〝彼〟とはテーブルを挟んでガーデンチェアに腰掛けている状態なのだが、周りの景色がまったくそぐわなかった。

 足元が少し熱い砂に埋まっている。

 周りに気を配って初めて、空気が乾燥している事に気が付いた。

 日本では体験した事の無い、カラっと乾燥した熱い空気だった。

 何も無い、広大な砂漠の景色に、

「ここは、エジプトか・・・中国?ですか?」

 松山は砂漠のある国を挙げていくが、嫌な予感がしていた。

 ニヤっと笑った〝彼〟の顔は、松山の予感を肯定している。

「さすがに時間は飛べないからな、疑似空間だ。」

「・・・・・・・過去であってほしいんですが。」

 松山の嫌そうに歪んだ顔に頷いて、

「勘がいいな、未来だ。場所は今いる場所と同じ。」

 〝彼〟はにっこり笑った。

 落胆したように大きく溜め息を吐いた松山は、

「そんな気はしました・・・・・・。」

 肩を落とす。

 〝彼〟はカラカラと笑い、

「安心しろ、おまえなんか化石でも残っていないほど未来だ。」

「戻してもらってもいいですか?長居したくないです。」

 松山は内心半べそ状態なのだが、〝彼〟は椅子の背もたれにダラリと背を預けて顔を空へ向け、咥えタバコで空を眺めている。

「せっかくだから終焉の場所で朝飯食ったらどうだ?」

 長居を決め込んでいるようだった。

 落ち着かず、どちらを向いても砂漠しかない景色をキョロキョロと見回していた松山は、ふと気が付く。

「あれ、たしか、空が青いって事はまだ海がある 」

 〝彼〟がまた目を丸くして松山の方を見た。

「本当に意外と頭がいいんだな。」

 言って、座り直して松山の方へ真顔を向けた。

「海はかろうじてまだあるが、間もなく蒸発する。それが無くなれば、俺を構成するものが無くなって俺も消える。」

 松山は、『あ』と口を開きかけて言葉を失った。


   あなたが知る一番印象深い景色


「・・・・最期の景色、ですか?」

 松山は苦い顔で結論を口にしたが、〝彼〟は特別気にする風もなく、

「人の感覚では刹那だな。だが、そう大したことではない。」

 さらりと言葉にした。

 やるせなく溜め息を吐いた松山は、〝彼〟が松山を気遣ってくれた手にあるサンドイッチを見ながら、

「・・・・こんなにお喋りする人だとは思いませんでした。」

 ポツリと溢し、自分の中の〝彼〟に対する警戒心が消えている事にも抵抗は無かった。

 が、松山の感傷もお構いなしで〝彼〟はやれやれと溜め息を吐き、

「〝人〟じゃない、やっぱり頭悪いな。」

 本気で苛々と吐いた。





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