表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

25 蒼茫(3)

 闇の中で、ひたすら相手を想う。

 手を伸ばせば触れられる。

 触れた途端、辛さが増すだけだと判っているから触れられない。

 辛さが恐ろしくて、できない。

 ただでさえ、手に負えない程辛くて息が苦しい。

 溜め息を吐く事さえも、余計に辛くなりそうで、美羽には恐ろしかった。



 静かにそこに佇む精霊は、目を閉じたまま、美羽の心の動きにじっと耐えていた。

 それしかしてやれない。

 星さえ砕く力を持つ精霊が、それしかできなかった。



 時間の感覚が無くなるくらい、身動きできずに肩を並べてそこに居た。




◇◇◇◇◇



   傍に居たいだけなのに

   困らせたり、苦しめたりするつもりは無いのに

   私が望むとあなたが苦しむ・・・



「おまえが苦しんでいる事が苦しい。」

 目を閉じたまま、ぽつりと、美羽の心にマナが答えた。



   私があなたのためにできる事は、傍に居たいなんて望まない事なの?



「自分の事だけ考えろ、もう、時間が無い。」



   あなたが好きです



「・・・・知ってる。それはもう受け取った。」



   だから、困らせたくない

   どうしていいのか、わからない・・・



「三つ目を考えろ。おまえが今するべき事はそれだ。」

「嫌。」

 美羽がとうとう口に出した時、水平線の先にある暗闇が白み始めていた。

 顔を上げたマナは目を開き、じっと海と空の境を見つめ、

「じきに夜明けだ、三つ目を考えろ。」

 繰り返す。

「嫌。」

 水平線を見つめたまま催促するマナの言葉に、美羽も首を振って繰り返した。

 美羽は関節が白くなるほど握りしめた自分の手を見つめて、〝望む事〟を拒否した。



   困らせたくない

   でも、もう、何も望まない



 矛盾している事も判っているが、どうしようもなかった。

 美羽が自分を責めている。

 〝責めるな〟とも、〝苦しむな〟とも、相手に望む事はマナには言えない。

 三つの要求に対する〝ひとつの代償〟はもう告げてしまっている。

 白み始めた闇を睨み、マナは寄り掛かっていた岩から体を起こして立った。

 白む水平線を背に、美羽へ向き直る。

 表情の無い顔を美羽へ向け、 

「美羽、おまえは『最後の一人』まで続く道を作った。」

 言える事を告げる。 

 意味が解らず、顔をあげた美羽の顔色が青白い。

 マナを真っ直ぐに見つめているが、心が千切れそうで、美羽は今にも目を逸らしそうだった。

 美羽の不安そうな視線に、マナは静かに笑って見せて、

「一つ目の要求で、おまえは『俺の傍に居る』事になった。」

 言う。

 美羽は首を振り、

「私の望む形では無いのでしょう?」

 人では無いマナが言う、その意味が解る。

 目の前の精霊は、〝星の表面〟全てに存在している。

 そう言う意味なのだと、美羽は思う。

 マナは頷いて、

「それでも、おまえは俺を手に入れた。おまえの血が続く限り、その血に寄り添う、適う限り護ろう。」



   手をつなぐことも、見つめることもできない



「俺を構成するものが、おまえが今、目の前に見ているものだけでは無いように、おまえを構成するものはおまえだけでは終わらない、いろいろな意味で。」



   〝あなた〟の傍に居る



「〝おまえ〟の傍に居る、最後の一人になるまで。」

 ふと、マナは目を伏せた。



   それで、あなたが少しでも独りにならないのなら



 静かに笑む美羽は、

「マナ・・・、私     」

 言葉にせず、三つ目を告げた。

 受取り、

「わかった。」

 マナが頷いて、微かに震える手を美羽の頬へ添えると、美羽の目がゆっくりと閉じられ、美羽の体がマナの方へ倒れ込んだ。

 美羽の体を受け止めて、

「松山。」

 マナは暗がりへ向かって声を掛けた。

 〝黙ってろ〟の終了を告げる。

「はい。」

 離れた場所で成り行きを見守っていた松山が暗がりから現れる。

 マナは抱き上げた美羽を松山へ渡し、

「頼む。」

 短く言った。

 振り返り、水平線の様子にちらりと目をやる。

「もう、時間切れだな。」

 マナは軽い調子で言う。

 松山へ顔を向け、

「海老原に伝言を頼む。」

 ニヤッと笑った。

 その顔を見て、松山は目を丸くした。

 ここへ来て、マナが笑うとは思っていなかった。

「何ですか?」

 訳が判らないが、訊く。

 マナは松山が抱きかかえる美羽の顔を見つめ、

「〝望むものを手に入れた〟、そう言えば判る。」

 静かに笑む。

 松山には判らないが、

「判りました。」

 判るような気はした。

 マナは答えた松山へ強い視線を向けて、

「以上だ。」

「はい。」

 頷いた松山の視界に、水平線に現れた強い光源が見える。

 同時に、マナは松山へ背を向けた。



◇◇◇◇◇



 高層階から見渡す窓の外には、いつもと変わらない日常の都市の景色があった。

 無残に崩れ去ったはずの都市が、何事も無かったかのようにそこにある。

 景色を横目に見ながら歩を進めていた海老原は、後方から足早に追って来た武田に呼び止められた。

 呼び止められ、〝それ〟を告げらる。

 海老原の口元が、ふっと笑んだ。

「・・・ならば、いい。」

 武田経由で松山が預かった〝伝言〟を受け取り、頷いた。

 頷いて、

「それっきりという事だな・・・。」

 呟く。

 海老原の脳裏に、


   〝おまえ達の生活は何ひとつ変わらない〟


 精霊が吐いた言葉が過る。

 その言葉通りで、大惨事の後でも、人はまた、何ひとつ変わらない時間を始める。

 呆れるが、それが人なのだと思うと、自然に納得した。

 人間じみた表情を浮かべる海老原の横顔に、武田もぽつりと、

「そのようですね。」

 溜め息混じりに頷く。

 いきなり現れた精霊は、あっけなく姿を消した。

 武田は精霊ときちんとした区切りをつける事無く、別れている。

 精霊へ二つ目と三つ目の要求の告知の後、精霊が〝海老原と二人で話があるから外へ出てろ〟と言って武田を部屋の外へ出した。

 そのまま、精霊とは言葉を交わしていない。

 微かに曇った武田の表情を読み、

「美羽さんはどうしている?」

 海老原は訊く。

 はっと顔を上げ、内面を見せない顔に戻った武田は、

「完全に彼に関する記憶がありませんが、まったく支障はありません。」

 淡々と答える。

 いつもの無表情に戻った海老原は、

「・・・そうか。」

 頷いて廊下を歩き始め、それに続いて足を踏み出した武田も、

「はい。」

 表情の読めない顔で頷いた。



◇◇◇◇◇



 青い闇が迫る夕焼けの空。

 レースのカーテンが揺れる窓辺のリクライニングベッドで、背を起こして窓の外を眺めていた。

 と、

「おばあちゃん、もう窓を閉めてもいい?」

 開け放った窓から入り込む冷え始めた風を気にして、高校生の孫娘が現れた。

 最近めっきり体力の落ちた祖母を気遣う孫娘の言葉に、品の良い歳の重ね方をした穏やかな顔が静かに笑んで頷く。

 孫娘もにっこりと頷き、

「じゃ、閉めちゃうね。」

 窓へ手を伸ばす。

 孫娘の様子を眺めて、また窓の外へ目をやると、見つめていた窓の外に人影を見つけた。

 眠気がさし始めた眼を凝らし、

「・・・誰かしら?」

 呟いて、人影を確認しようとじっと見つめる。

 孫娘は〝誰も居ない〟窓の外を見ながら、

「誰かしらね。」

 言って、窓を閉めた。

 目も弱ってしまった祖母は、時折見間違いをする。

 逆らわず、祖母にそう見えたのならそうなのだろうと、祖母の言葉を自然に受け止める。

 いつもなら、これで自然と話は終わるのだが。

 祖母は頷いて微笑み、

「・・・そんな〝要求〟をしたわね。」

 言って、くすくすと笑う。

 まるで〝誰か〟居るように、懐かしそうに窓の外を見ていた。

 窓の外と祖母の顔を交互に見て、

「知ってる人?」

 話を合わせて訊いてみると、

「ふふ、〝国家の最終兵器〟、だそうよ。」

 窓の外を見たまま、優しげな老婦人はくすくすと笑いながら答えた。

 孫娘は意味が解らず首を傾げる。

「おばあちゃん?」

 訊き返すが、外を見つめたまま、そこから目を離そうとしない祖母は、笑い疲れた様に微かな溜め息を吐いた。

 優しい笑みを浮かべ、

「少し・・・眠るわね。」

 窓の外を見つめていた瞳に、ゆっくりと目蓋を下ろす。

 最期の景色を目に焼き付けた美羽の目が閉じられた。







―――――三つ目。私が最期に見るのは、また、あなたがいい。





お付き合いいただきましてありがとうございました。

なろうさんで続きが書きたくなって「なろう版」を再編しています。

『最後の一人』と精霊の物語。

いつかお目に掛かる日があるといいかな、くらいの軽い野望です。。。

またページを開いていただけるように、頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ