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25 蒼茫(2)

 松山が吐いた息が白い。

 風は無いが、肌に触れる空気は冷たかった。

 夜明けまではまだ、数時間ある。

 マナと松山は『二つ目と三つ目の要求の履行』の為に、灯り一つない街並みを見下ろす高台に居た。

 眼下の闇に広がるのは、海に接した港町だった。

 そこが、『一番最初に日の出を迎える場所』だから、そこに居た。

 雲の無い夜空には、星が出ている。

 星を追うように水平線へ現れた細い月の明かりが、漆黒の街並みの先に青黒い海の形を浮かび上がらせた。

 景観を楽しむための高台の公園なのだろうが、闇に紛れる街並み同様、周囲にある外灯や東屋は倒れて無残な姿をさらしている。

 二人は公園内に据えられた大きな庭石に寄り掛かるように、肩を並べて座っている。

 松山の隣に座るマナは薄ぼんやりと発光していて、最初にここへ腰を落ち着けた時、

「誰が幽霊だ。」

 松山がふと思った感想に対して、マナは松山を睨んでぼそりと吐いた。

 闇に青白く浮かび上がる精霊の姿を美しいとも思ったが、そちらに関してはスルーされてしまった。

 暫くの間、いつもの調子で他愛も無く、ぼそぼそと話しながら過ごしていたが、ふと、

「寒いか?」

 マナが訊く。

「若干。」

 松山は頷いて答えた。

 マナが特段何か動いた気配は無かったが、松山の周囲の空気がふわりと湿気を含む夏の空気へ変わる。

 そして、

「これでどうだ?」

 マナはちらりと松山へ視線を向けてニヤっと笑った。

 松山は感動しつつ、

「おお、暖かい、どうやったんですか?」

「ここだけ赤道近くの空気を引っ張ってきてる。」

 さらりとマナが答えると、ははっと松山は笑い、

「答えてくれるんだ。」

「答えてほしくて質問したんじゃないのか?」

「素直になりましたね~。」

「おまえは馴れ馴れしくなったな。」

 お互い顔を見合わせてニヤっと笑う。

 今ならマナが答えるような気がして、

「馴れ馴れしい上に、図々しく聞いてもいいですか?」

 言葉を口にした。

 松山が聞こうとしていた質問を松山が言う前に、マナは、

「美羽か、武田か、おまえ、誰か一人でも破損した石を拾えば俺は還元できた。」

 会議室を破壊した時、破壊を止めた条件を答える。

「誰も拾わなかったらどうなってたんですか?」

「誰も拾わなければ、星の核まで落ちて行っただけだ。」

「・・・・落ちて行って、どうするつもりで?」

 嫌な予感がして、横目がちにマナの顔を覗き込んで見た。

 松山の視線をちらりと見返すマナは、

「星の心臓を止めてやろうと思っていた。」

 本気ともつかない口調でさらりと答える。

 松山は一瞬絶句し、

「・・・・冗談でしょ?」

 訊くが、

「拾ってよかったな。」

 やはり、マナはさらっと答えるだけだった。

 ぞっとして、心底、拾ってよかった、と、思う。

「・・・・・・・・はい。」

 おそらく、マナは本気だったと思う。

 星を砕く精霊は、『内側は管轄外だ』と言っていたが、あの状況から考えるにそれは可能だと、そう思う。

 松山の隣に居るのは〝人の手に余るほどの力を持った精霊〟なのだ。

 正直、その力に恐怖を覚える。

 『マナ化』した事で、自分の中にソレがあると思うと、一瞬ぞわりと鳥肌が立った。

 が、次の瞬間には、マナに対して切ない感情が湧き上がる。

 松山の中で揺れたモノに、マナは苦笑いを浮かべ、

「おまえと美羽に〝預けた分〟は、これから使う。安心しろ、おまえ達は人のままだ。」

 〝人では無い〟と、松山が〝寂しく思った〟事に対して言う。

 松山は見透かされている事を思い出し、

「・・・・はい。」

 頷き、胸を過る複雑な思いに〝はぁ〟と溜め息を吐いた。

 松山を、ちらりと眺めてふっと笑ったマナは、

「抱きしめて頭でも撫でてやろうか?」

 〝慰めてやろうか?〟と茶化して言うが、

「結構です。」

 松山は即答して、弄られている事に、違う意味でまた溜め息を吐いた。

 溜め息を吐いた後、ふと可笑しくなって、

「相変わらずな感じですね。」

 ははっと笑う。

 マナも、

「変化するのはおまえ達で、俺は何ひとつ変わっていない。」

 言って、ニヤッと笑う。

 マナは続けて、

「美羽と武田は動けないと予測はつく。おまえが石を拾うと信じていた、だから、あのまま星を殺しに行く事は無い。」

 ありのままの心の内を明かし、まっすぐに松山を見て静かに笑む。

 松山は首を振ってニヤニヤと笑い、

「あなた、変わりましたよ?そんな顔して正直に話してくれる人じゃありませんでしたもの。」

 嬉しげに松山が言うが、マナの顔がスッと真顔になり、

「何回言えば判る。〝人〟じゃない、やっぱり頭悪いな。」

 イレギュラーに飛んで行ってしまった会話に、

「・・・やっぱ、変わってないですね。」

 松山の眉間に皺が寄った。

 その松山の顔を見て、マナは思わずははっと笑ったのだが、次の瞬間、その笑みが固まり目を見開いた。

 松山越しに見たものに目を見開いたまま、

「・・・松山。」

「はい。」

「俺が声を掛けるまで、黙ってろ。」

 松山は首を傾げた。

 松山には、瞬間的にマナの表情が怯えたように見えた。

「どうしたんですか?」

 訊くが、

「黙ってろ。」

 押し返された。

 訳が判らず、じっとマナの表情の変化を見ていたが、背後に気配を感じて目を向けると、そこに、薄ぼんやりと青白い光を纏う美羽が立って居た。

 驚いて思わず立ち上がり、振り返ってマナの顔を見る。

 〝黙ってろ〟と言われたので松山がマナへ問いかけはしないが、思念を読むマナは苦笑いで、

「〝預けた分〟を使い切って飛んで来たらしい。」

 松山の疑問に答える。

 視線は美羽から外さない。

「武田が連れて来たんだな。」

 訊く。

 頷いた美羽は、

「近くまで父が連れて来てくれたの。でも、道が通れなくて・・・そしたら、飛べた。」

 武田の運転する二輪で瓦礫の間を縫ってここまで向かっていたのだが、とうとう道が塞がり前へ進めなくなった。

 お手上げ状態になった時、〝傍に行きたい〟と美羽が強く思った途端、この場所へ飛んでいた。

 マナは苦い顔をする。

「意志が強いと判ってはいたが、ここまでとは思わなかった。」

 美羽の出現は想定外だった。

 こちらへ向かう事は予想できたが、間に合わないだろうと思っていたのだ。

 会わずに済むと思っていた美羽がそこに居る。

 松山はマナの表情が物語るものを薄っすら感じて言葉を失うが、マナと反対側に立つ美羽の方へ顔を向けて頷き、無言でその場を離れた。

 その場を去る松山へ微かに頷き返した美羽は、じっとマナを見つめ、

「傍に居ても、いい?」

 訊く。

 見つめ返すマナは感情の無い声で、

「一つ目の要求か?三つまでだ、許す。」

 条件付けして答えるが、

「私の三つの願いを叶える代わりに、あなたは私に何を望むの?」

 美羽は泣きそうな顔で再び訊く。

 マナは目を逸らさず、

「おまえの中にある俺に関する記憶を貰う。」

 告げた。

 選択肢が無い。

「もう何も、あなたに望まない。」

 弾かれたように美羽は言う。

 マナは淡々と、

「タイムリミットがある。望むも望まないもないだろう。」

「でも、あなたを忘れないですむ。」

 引かない美羽に押され気味のマナは苦笑いを漏らした。

「欲深いな・・・、人間らしい。」

 美羽が口に出す前に判ってしまう。

 おそらく、美羽は言う。

 マナは無表情なまま、視線を落として黙った。


   応えてやる事は出来ない


 これを恐れて、美羽に『三つ目の要求』が出された事を告げずにここへ逃げて来たのだ。

 美羽は、

「好きです。」

 真っ直ぐに、目を逸らさず渡した。

 差出され、

「それはおまえのもので、俺のものではない。」

 マナは視線を上げる事無く言う。

「受け取ってもらえないの?」

 美羽の視線がずっとマナを見つめているが、マナは視線が上げられなかった。

「二つ目か?」

「受け取ってください。答えが欲しいわけではないから。」

 静かに言い、美羽は歩み寄ってマナの隣へ座った。

 並んだ二人の肩は、触れるか触れないか、微妙な距離がある。

 マナはスッと目を閉じ、

「わかった。」

 頷いた。

 まだ、水平線に夜明けの気配は無かった。






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