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19 不在

 

「マナ・・・。」

 首元にあるラピスラズリのペンダントトップを掌に包み、美羽はポツリと呟くように呼ぶ。

 しんと変化の無いラピスラズリに、溜め息を吐く。

 美羽がその部屋に通され、一人で待たされてから、もう2時間以上経過していた。

 空調の利いた小振りな部屋で待機させられている。

 部屋には、お茶を入れる為の小さな流し台と小さな冷蔵庫があり、洗面所もある。

 据えられているソファも、広げればベッドになる。

 仮眠室として造られた部屋のようだが、どう考えても長時間そこへ待機させる気満々だった。

 待機と言うより『軟禁』、それくらい、美羽にも理解できた。

 美羽が居るその場所は、地下30メートルに造られた〝父親の職場〟の一室だった。

 〝非常時に使用される大規模施設〟、と、この施設に来るまでに松山から聞かされた。

 この施設に到着してすぐに、松山とは別れている。

 到着すると、物々しい制服姿の数人の男に囲まれ、顔色の悪い松山はボソボソと何か彼らと話した後、

「心配しなくても大丈夫だから、彼と一緒に行って待ってて。」

 美羽へ一人の男を示し、残りの男達とどこかへ行ってしまった。

 印象としては、松山が男達に連行されているように見えた。

 心細い。

 この施設までの移動の途中、変わり果てた街並みも見た。

 地震の瞬間、〝砂漠の景色〟の中に居た美羽にはどれほど大きな地震が来たのか自覚が無い。

 崩れて水平な部分など無い足場の悪いアスファルトの道を、数時間掛けて松山と二人で歩いて移動したのだ。

 歩きながら、見渡す限りの〝物〟が瓦礫となって山積みになっている景色は、何かの冗談のようで、まったく現実味を感じなかった。

 ほんの半日前には何の変哲もない街がそこにあった筈なのだが、突然、どこか知らない場所へ連れて来られたような違和感しかない。

 美羽と松山は、人の気配の無い無音の景色の中を、無言のままひたすら歩き続けた。

 無言で歩き続けていたが、ふと、美羽の前を歩いていた松山が、

「美羽ちゃんは〝知らない〟とか〝判らない〟だけ答えて、あとは何も言わない方がいい。」

 そう、切り出した。

 何の事か判らず、美羽は首を傾げ、

「え?」

 訊き返すと、松山は立ち止まり、

「え?」

 振り向いて松山も首を傾げて訊き返した。

 松山が言っている事柄がマナに関する事なのは判るが、美羽は改めて、

「何の・・・事?」

 訊く。

「あの人、〝ペンダントは誰にも触らせるな、寝る、必要なら起こせ、方法は美羽ちゃんが知ってる〟って言ってたんだけど、何か聞いてない?」

 困ったように、松山の眉間に皺が寄っていた。

 マナからは何も聞いていない。

 前夜、マナと二人きりで色々と話をしたが、そんな事はまったく言っていなかった。

 〝話をする〟以外にも『色々』あったが、〝方法〟に関係するような事に思い当たらない。

 唯一、


   おまえはこれから面倒な事に巻き込まれる、それはすまないと思っている


 マナからは漠然とした事しか聞かされていない。

「ごめんなさい・・・、本当に、何も聞いてないの。」

 トーンが落ちて俯き加減になった美羽へ、

「ま、いいさ、あの人の事だから、本人に関しては心配する事は無いと思うよ。ただ、美羽ちゃんが弱気になると彼を守れないからしっかりしてね。」

 松山が気遣って優しく言うが、松山は内心、


   女の子にこんな大仕事頼むとか、あの人どうかしてる・・・ 


 そう思っていた。

 『やって貰うしかない』と松山に言われなくても、美羽は覚悟が出来ているつもりだった。

 つもりだったが・・・。

 今、美羽はまた、軟禁部屋でラピスラズリのトップを握り、溜め息を吐いた。

 心細さが止まらない。

 ラピスラズリへ唇を寄せ、

「どうすれば起きてくれるの・・・。」

 囁く。

 地下深い場所にある部屋には外部の音は入って来ない。

 しんとした部屋の中、自分の溜め息の音しかしなかった。



◇◇◇◇◇



 階段状に据付の机が並ぶ会議用の部屋へ連れて来られた。

 松山は〝エスコート〟の男達と部屋に足を踏み入れて、ひとつ息を吐き、腹を括る。

 そこは指揮系統の本部が置かれている部屋で、松山が立つ最下段の床面と同じ面に、透明なアクリルで区切られた情報管理室があった。

 音を遮断する為のアクリルの壁の向こうでは、インカムをつけた制服達が忙しなく動いている。

 チラリと見たアクリル内の正面の壁には大きなモニターが何台も並び、モニターと機材が並ぶ壁の前に、大きな机があった。

 机の上に広げられた地図は付箋だらけになっていた。

 付箋は被害状況やそこで動いている人間の予定や状態が書き込まれている。

 松山は複雑な気持ちで中の様子を見る。

 地図を囲んで数人の制服がインカムで忙しなくやり取りをしているようだが、立場的に、松山はここでインカムを使って話している者達の、〝相手先〟に居る筈の立場の人間だった。

 〝現場〟に居る筈の松山が本部に居る理由を考えると、気が重くなる。

 また、ひとつ細い息を吐いた。

 アクリルの壁を背にして、階段状の座席を正面から見る形になった松山は、顔を上げた。

 階段状の机に着席している者達が視界を埋める。

 松山にとって、雲の上の人と言ってもいいような上役ばかりで席が埋め尽くされていた。

 それらの人々の視線が、ざあっと松山の方へ向く。

 気後れは、していない。

 松山は真っ直ぐ視線を受け止めた。

 松山が顔を上げて構えた途端、いきなり、

「報告では消えたそうたが?」

 上方から声が飛んできた。


   さぁ、来たぞ


 松山は声の方をしっかり見つめ、

「手短にですが、到着してすぐに口頭でご報告した通りです。詳細は後ほどあらためて報告を行います。」

 答えて気付く。

 思った以上に自分の腹が据わっていて動じていない。

 松山は内心、苦笑いが出た。


   あの人に比べたら、全然余裕だ・・・相手は生身の人間だし


 そう思う自分に呆れた。

 が、

「詳細を待つ余裕は無い。今、例の〝化け物〟はどこなんだね?」

 段上の違う場所からすぐに切り返しが来るが、松山は返された言葉のニュアンスに引っ掛かった。


   津波は消えたし、彼が居ない事に何か問題あるか?


 考える一瞬、松山に間が空いた。

 その隙に、

「『精霊』、だそうだが?」

 〝化け物〟発言をした段上の人垣に向かって、海老原の声が飛んだ。

 声の方を見ると、一番下の段の奥の方の机に海老原が着席しており、その横に武田が立って居た。

 松山は武田の顔を見て、顔が露骨にほっとする。

 その松山の様子に武田の眉間に深く皺が寄り、微かに首を振った。


   内面を顔に出すな、平静なフリをしろ


 無言で松山へ示す。

 察して松山は無表情になり、顔を上げた。

 そして、

「現在は武田次官補の御嬢さんの持っているネックレスの石に〝入って〟眠っています。」

 松山の発言に、今度は武田の顔が露骨に唖然とした顔をした。

 海老原はちらりと武田を見上げ、

「顔に出ているぞ。」

 ぼそりと言う。

 武田の動揺を余所に、松山は、

「精霊が、ネックレスの石に誰も接触してはいけないと言っていました。」

 〝無駄だろう〟と思いつつも、言われたままの事を言った。


   報告しろ、隠したりするな


 マナ自身に、そう言われた。

 段上から、

「時間の余裕は無い。寝てるという〝精霊〟とやらはすぐ起こせるんだね?」

「〝要求〟はその娘を通せばいいのか?」

「その娘が今後は石の管理していくという事なのかね?」

「とりあえず現物を見せてもらおうか。」

「危険は無いのか?」

「一個人が管理していいモノでは無いだろう。」

「何が何でも起きて貰わねば、もう時間との勝負になっている。」

「呼び掛けに反応はあるのか?」

 矢継ぎ早に言葉が飛び始めた。

 飛び交う言葉を聞いて、松山はやっと事態が見えた。


   二つ目の要求がもう決まっているのか・・・


 恐らく、マナにやらせようとしている事も検討はつく。


   〝復元〟を要求するつもりだ


 松山の背中がすっと冷えた。

 松山個人が考える事ではないが、マナを起こす事に躊躇する。

「・・・彼は、道具では無いのに。」

 そう、口をついて出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。

 しかし、顔にソレが出てしまっている。

 松山の表情をみつめる武田は、

「次官、代わってもよいでしょうか?」

 海老原へ訊く。

 頷いた海老原も、

「限界だな。」

 同じ事を感じていた。

 海老原へ微かに頭を下げ、武田は松山の方へ足を踏み出した。

 段上を見上げ、

「ご意見を纏めていただいても?」

 ざわつく室内へ、声を張った。

 武田が声を張った途端、室内がしんと静まり返った。

 松山の斜め前に立ち、正面から〝群れ〟と向き合う。

 武田はひと呼吸待つが、段上の人々から声は上がらなかった。

 なので、声のトーンを落とし、

「それでは、こちらからお話しさせていただきますが、問題の石と武田美羽についてはこの施設内に既に保護してあります。情報については今、松山から報告があった以上の情報はありません。」

 静かに切り出す。

 切り出した言葉に、段上の人々が〝話が聞ける〟状態だと確認して、

「これからの対応について、精霊をアテにせず我々で動ける最大限の範囲で対応する以外は無いかと思われます。」

 続けた。

 途端、

「それは100年経っても起きない可能性があるという事かね?」

 上方から言葉が降る。

 武田は無表情のまま、

「そういう事です。現状、精霊に対処してもらう事は出来ません。」

 さくりと答える。

「元々、君はその精霊が宿った石について『精霊』とやらから委託されていたのではないのかね?」

 この切り返しは予想していた。

「まったくの偶然です。」

 静かに押し返す。

「君達だけで管理していた事にも疑問がある。隠している事があるのでは?」

 一方的に腹を探って来る。

 こちらは包み隠さず話しているので、まったく動揺はしないが、

「武田美羽を監視していたセクションは私が属していないセクションでした。こちらが知らない事もみなさんご存知かと思いましたので、娘が身に着けているアクセサリーなど特段ご報告せずとも良いかと思っておりましたが?」

 少し嫌味も含ませたくもなる。

 武田の言葉に、

「廊下で君が『精霊』から何か受け取ったという報告は聞いているが?」

「水晶の原石を持ち込んでネックレスを作ったという情報もある。関係があるのかね?」

 〝群れ〟が手持ちの情報を出してきた。

 武田は内心苦笑いがこぼれたが、顔には出さない。


   やはり、俺にも監視がついていたか・・・


 予想はしていた。

 〝集団〟は正体不明の化け物の世話係すら不気味だったのだ。

 それに関して武田の中で動揺する事は無く、ただの事実として認識し、

「ご報告しなくても、ご存知の事は多いようでしたので、それは失礼いたしました。」

 さらりと答える。

 続けて、

「ネックレスは娘のために私が作りました。石は精霊に分けてもらったもので、普通の水晶です。精霊がそこへ宿った事は全くの偶然です。」

 言って、武田の記憶にあるマナの言葉が過る。


   〝俺のためにやる事だ〟


 マナは、〝美羽へ渡せ〟と水晶の欠片を武田に渡した時、そう言った。


   最初から、美羽に守らせる気だったのか


 ふっと怒りが湧いたが、気を散らしている場合では無い。

 武田の心情などお構いなしに、

「君の娘はその瞬間に立ち会っていたんだろう?何か思い出して父親の君には話すのでは?」

「そもそも何故君の娘が立ち会ったんだ?」

 どうでもいい質問が投げられる。

 武田は無表情のまま、

「知らない事まで話す事は出来ないでしょう、徒に推測を引き出しても情報を混乱させるだけだと思われます。娘が同行したのは彼の希望で、彼女が〝巫女〟的な媒介者の役目だろうとみなさんの見解は達していたと思いますが?」

 答えたが、

「化け物は君の娘にえらく執着しているようだが。」

「とにかく娘さんを呼んで話を聞いた方がいいのでは?」

 食い下がって来る〝群れ〟の必死さは理解できるが・・・。

 聴取それはいずれ避けられない事とは思うが、美羽が聴取されるにしても、美羽に聞いたところで何も有益な情報が聞けない事は先に印象付けておかなければならない。

 美羽むすめを守り切る為に、

「松山の方からご報告は済んでいます。これ以上の情報は子供などに聞いて何か出るとは思えません。」

 武田は自分の口から出した言葉に、マナの腹が読めた。


   あの男の目的は俺か


 狙いに気が付いた。


   俺に美羽を守らせる事で、自分の防壁を厚くしたな


 気に障りはしない。


   期待に応えてやろうじゃないか


 武田が完全に論戦体勢になり、一瞬、微かにふんと鼻で息を吐く。

 段上の攻撃も止まらない。

「個人の意思を尊重できるほど悠長な話ではないのだよ。」

 苛々と強い口調の言葉が降って来た。

 焦っている。

 それほど、被害の状況は藁をも掴む状態なのだ。

 一縷の望みを〝三つの要求〟にかけている。

 それは判るが、人の手にどうこう出来るモノではない。

 武田は、

「〝肉体を失って触れられない存在になる〟という事はお伝えした筈ですし、松山から〝彼が眠っている〟という状態である事もご報告済みの筈です。それ以上の情報は今の所ありません。」

 静かに押し返すのだが・・・。

「・・・いいえ。まだ、あります。」

 武田の背後で、松山がぽつりと言葉を漏らした。

 振り返ると、今まで黙して床を見つめていた松山がゆっくり顔を上げ、〝群れ〟を見上げる。

 松山の様子に、武田は松山を退室させなかった事を後悔した。

 おそらく、松山はここまでの武田の努力をひっくり返す。

 多分に〝制止〟の意味を含んだ視線で松山を見る武田へ、松山は一度しっかりと視線を向け、その意図を汲んだ上で、

「精霊を起こす事は、美羽さんにしか出来ないそうです。」

 言い切った。

 武田の顔が、一瞬で険しい表情になる。

「   松山。」

 押し殺すように微かな声をひり出した武田の視線が松山へ突き刺さるが、 

「ご本人には心当たりは無いそうですが、精霊が美羽さんに何かきっかけを持たせたと思われます。武田次官補の御嬢さんへの接触は、慎重を期した方が良いかと思われます。」

 言わなければならない事を言った。

 言い終わり、チラリと松山へ向けられていた武田の顔を見ると、その顔は本気で驚いている。

 そして、武田は一瞬、ニヤっと笑う。

 その表情が松山が見知っている表情と酷似していて、ゾッとした。


   マナ!?いや、違う、でも、え?何で!?


 松山の頭の中が軽くパニックになったが、視線の先の武田の顔はすっと無表情に戻り、そのまま前を向いてしまった。

 無言のまま、松山に背を向けた。

 呆けた松山へ向かって、

「どういう事かね?」

 お構いなしの段上の声が落ちて来る。

 慌てて我に返り、群れを見上げ、

「起こす事が美羽さんにしか出来ない事は精霊が自分に告げたのですが、〝隠さず報告するように〟とも言われました。自分と美羽さんが持っている情報は以上で、これ以外の事は何も解りません。」

 澱む事無く松山が言い終えると、ざわつく室内で海老原がすっと席から立ち上がった。

 海老原は後方の斜面に並ぶ座席を一瞥した後、松山へ視線を移し、

「松山君、美羽さんのネックレスを回収して来てくれ。」

 とだけ言って、机の上に置かれていたファイルを手に取って段上へ上がって行った。

 理解できず、一瞬、間の空いた松山の顔が唖然とした表情に変わって武田の背中を見る。

「・・・それは、まさか  」

 背中に向かって、訊く。


   〝誰にも触らせるな〟って言われたのに、持て来いってか!?


 松山は言い掛けるが、松山の途切れた言葉に対して顔を少し松山へ向けた武田は、

「〝判断〟は任せる。」

 それだけ言って松山をその場に置き去りにし、海老原の後を追うように段上へ上がって行った。





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