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18 解放(3)

 マナが、押し寄せて来る水の壁へ向かって息をふいた。

 視覚的には彼が息をふいているように見えたが、松山には彼が何かを吸い込んでいるように感じた。

 マナが息をふき切ると、ちらりと松山を見てニヤっと見慣れた表情で笑う。


   どうだ?


 視線が物語る意味を察して、松山は押し寄せて来る波へ体ごと振り向いた。

 振り向いた松山の真正面の水平線にある水の壁が裂ける。

 立ち上がっていた白い水の壁が、中央から両サイドへ崩れ落ちる。

 そして一気に左右へ崩れ始めた。

「本当に・・・。」


   津波が消える


 海が津波を解いていく。

 視界にあった水の壁は、あっという間に倒壊して行き、とうとう視界から消えてしまった。

 海の底を露わにして、水の壁が持ち去っていた海水が足元の砂浜へゆるゆると戻って来る。

 静かに浜辺を満たした海水は、何事も無かったかのように、波打ち際へ波を寄せて来た。

 波打ち際へ歩み寄った松山は、

「消えた・・・。」

 足元が濡れるのも構わず、そこへ立って海の変化に呆然とする。


   ほんとに消したんだ・・・ 


 改めて、ぞっとした。

 マナは呆けている松山の背中をニヤッと笑って見ていたが、静まり返った海へ視線を移し、胴へ巻き付いた美羽の手をゆっくりと外す。

 両手に握った、背後から伸びる美羽の両手へ視線を落とし、

「美羽、いいか?」

 訊く。

 マナの背中へ顔を埋めている美羽は、微かに頷いて、

「うん、いいよ。」

 答えた。

 答えた途端、美羽の手が宙に浮いた状態で何も感じなくなる。

 美羽の目の前に居る筈のマナの感触が消え、マナの体はふわりと前へ倒れながら姿が崩れ、砂のような粒になって浜辺に飛散して行く。

 腕をすり抜けて散り散りに崩れ去るマナを、美羽は目を逸らさずにしっかりと見続けた。

 あっけなく、マナは〝姿〟を失ってしまった。

 完全に美羽の視界からマナの残骸が消えると、美羽はそこに立ったまま、じっと両手を見つめる。


   まだ、終わってない


 美羽には漠然と、そう予感がする。

 不意に、美羽の視界が暗転した。

 松山の背後で、美羽が呻きながら砂の上へ座り込む気配がして、慌てて振り返って美羽へ駆け寄った。

 振り向いた時には松山の視界にマナの姿は無い。

 しかし、予告はされていたので驚きはしない。

 〝姿を消した〟が〝存在が消えた〟訳では無い。

 松山の中で優先順位ははっきりしていた。

 美羽を無事に武田の元へ送り届けなければならない。

 しかし。

 座り込んだ美羽は、前のめりに倒れ込みそうな体を必死に両腕で支えて押しとどめている。

 髪が掛かる俯いた美羽の顔は、どんな表情をしているのか判らないが、呻くような声を漏らし息が荒かった。

 片膝をついて美羽の前へ屈んだ松山は、美羽の肩へ手を掛けて体を起こさせようとして、

「美羽ちゃん!?」

 声を掛けるが、俯いたままの美羽の口から、

「・・・松山。」

 荒い息の中で、言う。

 明らかに、美羽では無い。

「え?ええ???」

 混乱した松山は、驚いて美羽の肩に掛けた手をどけた。

 顔を上げた美羽の顔が、見覚えのある表情でニヤっと笑う。

「松山、美羽のペンダント、絶対、誰にも触らせるな。」

「あなた、美羽ちゃんに入るとか何やってるんですか!?」

 松山の動揺ぶりを、〝美羽〟が、はんと鼻で笑い、

「永続利用する気は無い。これから〝寝る〟、必要なら起こせ、方法は美羽が知ってる。」

 肩で荒く息を吐くマナは、呻きながら体を起こして片手を持ち上げ、美羽の首にあるチョーカーのトップへ手を掛けた。

 がくがくと震える美羽の手が、チョーカーの革紐に通されている〝瑠璃ラピスラズリ〟のトップを握った。

 深い青に金の筋が入る石。

 松山の記憶には、美羽が身に着けていたチョーカーの石は透明な水晶だった。

 くどくど言われなくても、ラピスラズリのカラーリングが意味する事ぐらい察しはつく。

 マナの服の青と、腕にあった腕輪の金色。

 松山の顔が歪み、

「それ・・・、ここに居ますって言ってるようなもんじゃないですか!」

「綺麗だろ?海老原には一発でバレるだろうな。」

 マナがそう言った途端、松山の顔色が真っ青になった。

「いや、ちょっと待って、自分、あなたの監視なんです、コレ、すっごくマズいですよ!」

 この後、本部に戻ったら報告しなければならない。


   彼が触るなって言ってましたって言って、触らない人達なわけない!!!


 隠し通せるワケが無かった。

 美羽の体でだるそうにそこへ座り込むマナは、

「うるさい、ガタガタ言うな。」

 美羽の声でさらっと言うが、松山は思い切り首を振り、

「いやいや無理無理無理無理、絶対無理!自分、自白剤とか使われるような話ですし!」

「報告しろ、隠したりするな。」

 はんと鼻で笑って見せる〝マナの美羽〟は、恐ろしいほど大人びた顔をする。

 松山は一瞬それに驚くが、そんな事よりも、

「美羽ちゃんはどうなるんですか!?」

 集団は美羽ごとチョーカーを収容するだろう。

 松山の顔色が青を通り越して血の気の無い真っ白な顔色になった。

 美羽の目がウトウトと閉じられ、体が前後にふらふらと不安定に揺れ始める。

「時間切れだ、寝る。後は頼んだ。」

 マナは一方的にそう言って、松山の方へ倒れ込んだ。

 ぐったりと松山の腕の中に納まった美羽の、その首にあるチョーカーのトップに向かって、

「ちょっとーーーーーーーーっ!!!!!!」

 松山は思わず叫んでいた。




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