表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

02 接触

 〝制服姿〟の男が二人、しんと静まり返った長い廊下を焦った足取りで歩いている。

 歩きながら、50代半ばの〝制服姿の偉い方〟が隣りで肩を並べて進む顔色の悪い40代の部下へ、

「精神病棟だったのだろう?本当なのか。」

 訊く。

 訊ねた方の海老原が束ねているのは、所謂〝訳あり案件〟を処理するセクションではある。

 特に、隣りで前を睨んだまま足早に進む直属の武田を通過して海老原まで上がって来る案件に関しては群を抜いて手強いモノが多いのだが、今回緊急で持ち込まれた〝訳あり案件〟は、人間離れしている。

 未だに信じられずに居た。

 常識的に考えて何かの冗談としか思えない。

 海老原の隣を同じ速度で歩く武田は真面目な男で、こんなに大掛かりで詐欺まがいな事をするようには思えない。

 海老原の謂わんとする所に、武田が微かに息を吐く。

 先に海老原へざっくりと説明はしたが、武田自身もどういう事なのか受け止められずに居る。

 武田は静かに、

「報告では、〝その女〟は鋼鉄製の扉ごとコンクリートの壁を吹き飛ばしたそうです。」

 目にした報告にあった内容を、そのまま海老原へ告げる。

 海老原も、恐らく武田も答えられないだろうとは思うのだが、

「どうやったんだ?」

 訊き返す。

 武田は答えられる限りの情報で、

「不明です。病室の壁が吹き飛んで、中に居た女性患者が駆けつけた看護師の頭も吹き飛ばしたと聞いています。」

「死んだのか?」

「それが・・・。」

 武田は一度口篭もった。

「なんだ?これ以上、何がある?」

 海老原がチラリと武田を見ると、受入れきれずに居る苦い表情の武田の横顔があった。

「即死状態に吹き飛ばした頭を・・・元に戻したそうです。」

「生き返ったのか?」

「見ていた者達の話では、そのようです。」

「わけが判らないな・・・。」

 武田が抱えているものと同じ事を、海老原は口にした。

 騒ぎが起きたのは2日前だった。

 病室の壁を吹き飛ばし、人間の頭も吹き飛ばして元に戻した〝その女〟が、


   実演はここまでだ、とりあえずこれ以上抵抗する気はない

   国と取り引きしたい、それなりの所へ連絡しろ


 と、その場に居た者達へ言葉を吐いた。

 取り引き先と指名された〝窓口〟は次々と匙を投げ、たらい回しにされた挙句に、それらの関係先から前例に無いスピードで武田の所まで話が回って来たのだ。

 もう、対応出来そうな機関は海老原が抱える武田班の一択しか残っていなかったのだ。

 武田の元まで回って来て、後は海老原が判断して対応が決まるのだが。

 どう対応したものかお互い言葉が続かず、海老原と武田は早足のまま目的の部屋の前まで来てしまった。

 海老原は腹を括るように一つ息を吐き、

「とにかく、会おう。」

 言って、武田が開けた扉から室内へ足を踏み入れた。

 『面通し部屋』となっている部屋の中は暗く、片側一面の壁が防弾ガラスとなっており、向こう側の煌々とした明かりがこちらへ漏れていた。

 あちら側は鏡面になっていて、こちらの様子は判らない、〝筈〟だった。

 こちらの薄暗く狭い部屋には、海老原と同じくらいの歳格好の〝お偉いさん〟が十数人揃っている。

 どの顔も、今回の案件に対して〝匙を投げた〟セクションの責任者ばかりだった。

 武田と同じく、一様に顔色が思わしくない。

 ずらりと並べられた椅子に座っていた〝お偉いさん〟達は、海老原の姿を確認すると全員が席から立ち上がって無言で海老原へ頭を下げた。

 海老原の立場は格段に上なのだ。

 頷くように軽く返した海老原は、そのまま部屋の中央まで進んで前列の椅子に座る。

 海老原が席に着き、一度立ち上がった幹部達が再び着席した事を確認して、武田は扉の内側で幹部警護の為に待機していた若い部下を扉の外へ出して廊下で待機させ、替わって自分がそこに立った。

 チラリと見た武田の視線の先に、防弾ガラスの向こう側の女の姿があった。

 煌々と明るい照明に照らされた部屋の真ん中で、そこに置かれたパイプ椅子に白い拘束衣を身に着けた女が座っていた。

 両腕を交差させるように衣類で拘束されたまま、うな垂れるようにぐったりとして身動き一つしない。

 説明のつかない破壊行為をしたという〝バケモノ〟がそこに居る。

 艶やかではあるが、伸びるままに伸ばした長い黒髪が顔に掛かり、女の顔立ちは判らなかった。

 息をしている様子も感じられない。


   生きているのか?


 武田が思った瞬間、女は顔を上げ、強い視線で武田の方を真っ直ぐに見た。

 鏡面になっている筈の向こう側から、女はじっと武田を見る。

 見た後、人形のように整った女の顔が『フン』と一度鼻で笑い、真正面を向いて座り直した。

 真正面には、鏡越しに海老原が座っている。

 数秒間、海老原と女は睨み合い、こちら側のインターホンで海老原が切り出した。

「単刀直入に訊こう、君は、〝何〟だ?」

 女は海老原が投げた問いには答えず、

「まず、気に入らない事がある。」

 言って、女はすっと立ち上がり、巻き付けた布でも取るように拘束衣を脱ぎ捨てて、鏡になっている壁へ向かって真っ直ぐ歩き出した。

 そのまま女がするりと防弾ガラスを通り抜けた途端、こちら側の室内に居た幹部達が無言のまま一斉に立ち上がって後退る。

 扉の側に居た武田は携行していた拳銃を女に向けて構えたが、構えた武田に対し、海老原は片手を上げて『待て』と合図する。

 海老原だけが女と睨み合ったまま、そこに座っていた。

 その動じない様子に、女は『へぇ』と感心したようにニヤッと笑い、海老原の前まで進み、

「海老原、あんた今、疑ってただろ?看護師の頭をふっ飛ばして元に戻したように、その場に居た連中に催眠術でも掛けたんじゃ?ってさ。」

 いきなり名乗りもしない海老原の名を呼び、薄汚れた病衣姿のまま、女は仁王立ちで言う。

 表情の変わらない海老原は、

「認識を改めよう。で、要求はなんだ?」

 ガラスをすり抜けてこちらへ現れ、紹介もされていないのにこちらの名を呼んだ女に、まったく動じず話を進める。

 真っ直ぐ女を見返す。

 女も真っ直ぐ海老原を見据えたまま、

「〝お前ら〟の要求を3つのんでやる。人間の言う『生活』ってやつを〝俺〟に保証しろ。」

「得体のしれない人間の言う事は聞けない。」

 検討の余地も無く、海老原は即答した。

 女は首を振り、

「とりあえず〝人間〟じゃない。」

「何者だ?」

「入れ物は人間なんだが中身は別物だ。コレ、女だし。」

 女は茶化すような口ぶりで軽く言う。

「答えになっていない。」

 女に対して静かに海老原は言葉を返すが、まったく譲歩する気配は見せなかった。

 女の顔が真顔になり、

「精霊、とでも思ってくれ。地震は止められないが、津波は何とかしてやれるぞ?」

 具体的なプレゼンに、一瞬、海老原は怪訝な顔をした。

「・・・・信じられんな。」

「では、デモンストレーションでもしてやろうか?土星の輪を消すことぐらいなら出来るが?」

「木星の衛星のひとつを。」

 独断で言うにはかなり問題がある課題を出したが、目の前でガラスをすり抜けてみせた相手に、時間を引き延ばして試す余裕は無い。

 〝精霊〟は即答で、

「もうやった、確認を。」

 言った。


   これで本物か、それとも偶然の産物なのかが判る


 確信が欲しい。

 海老原はやっと女から視線を外し、武田へ顔を向け、

「確認を。」

 言われた武田は無言で頷く。

 海老原と同時に武田を見た〝精霊〟も、じっと武田が頷く様子を眺め、

「付き人をつけて貰ってもいいか?」

 武田を見たまま海老原に言った。

 即答できる訳もなく、

「考えておこう。」

 そう海老原は返したが、

「あんたの部下の武田とその部下の・・・廊下に居る松山、とりあえずこの二人を貰う。もうここを出るぞ。」

 〝精霊〟は言い終わると、扉の方へ歩き出した。

 さすがに海老原は椅子から立ち上がり、立ち去ろうとする精霊の背中へ、

「待て、お前を信用したわけではない。」

 言うが、精霊は扉の前に立つ武田の隣で立ち止まり、ドアノブに手を掛け、

武田こいつに銃の携行を許す、肉体がある今なら〝俺〟が殺せるぞ?」

 海老原の方を振り向いた。

 まったく表情の変わらない武田は海老原へ、

「如何しましょうか?」

「・・・・言う通りにしろ、決議は追って連絡する。」

 ここまでで初めて、海老原が苦い顔をした。

 精霊は、『勝った』とばかりにニヤッと笑い、

「車を回してくれ、お前らは『飛べない』だろ?」

 言って、扉を開けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ