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13 巫女

 点いている灯りは小さな丸テーブルの机に置かれたスタンドの灯りだけで、部屋の中は暗く、しんと静かだった。

 自分の部屋で、暗がりの美羽はスケジュール帳を見つめながら溜め息を吐いた。

 床に敷いた毛足の長い絨毯の上に座って、ベッドの端に背中を預けている。

 風呂上がりで洗ったままの長めの髪をタオルでかき上げながら、目の前の机の上の物をちらりと見る。

 小指の先ほどの大きさの六角柱の無色透明な石英がある。

 金具をつけて革紐を通し、チョーカーにしたものだった。

 父親から水晶のペンダントトップを渡された。

 マナがお守りにくれた水晶を、父親が金具を付ける加工に出して、美羽が自分で選んだ革紐に通してみた。


   マナに、お礼言わなきゃ・・・今度はいつ会えるのかな


 そう、思った。

 改めて、『マナがくれた』、と思って、顔を思い出し、連想して思い出された事実に恥ずかしくてかぁっと顔が熱くなる。

 命を助けられた時、〝何〟があったかという事を思い出してしまって、頭の中でどっと反芻した。

 背中に回された腕の感触と、腕に抱きこまれて胸板に押し付けられた感触、その時、目の前にあったマナの顔。

 言い様も無く恥ずかしい。

 思わず、スケジュール帳に顔を伏せた。

 緊急事態で仕方が無かったとは言え、無抵抗なまま好きにされてしまった感がある。

 耐えられず、考えないようにしようとすればするほど、事細かに思い出していく。

 唇の感触を思い出した途端、それを掻き消したくて息を吐ききる勢いで溜め息を吐いた。

「も、やだ。」

 呟いて、体を起こしてそのままベットの上に頭を乗せて上を向くと、視界に、自分の隣でベッドに座って顔を覗き込んでいるマナの顔があった。

 下校中に美羽の前に現れた女では無く、瀕死の美羽を組み敷いていた方のマナだった。

 妄想が限界を超えた為に見える幻覚かと思ったが、

「呼んだか?」

 無表情なマナが喋った。

「マナ!?」

 跳ねるように体を起こして飛び退いた。

 テーブルに体がぶつかり、スタンドが倒れてライトがマナの方を向く。

 ライトに照らされたマナは、肌の色によく栄える金の装飾品と青い民族衣装のような服を身に着けていた。

 前回その〝本来の姿〟を見た時、お互い全裸だったし極至近距離だったので、比較のしようは無いのだが、その姿のマナを見るのは初めてで、印象がまるで違う。

 似合う。

 マナはベッドの端に腰を下ろして足を組んでゆったりと座っている。

 女子高生の部屋に居る違和感はあるが、そこに居る〝精霊〟はとても美しくて、無言で見つめてしまった。

 美羽が見とれて見つめていると、

「入れ物は疲れているから置いてきた。今は〝中身〟だけだ。」

 その姿の理由を言った。

 我に返って、美羽は慌ててマナを照らしていたライトを起こし、その動作でマナから目を逸らして下を向く。

 マナは相手の心の中を見透かしているような目線をしているが、本当に見透かしてしまうから、困る。

 美羽は目を逸らす理由が欲しかった。

 そんな美羽の心の中などお構いなしに、

「ついでに、アレが部屋で寝ていれば見張りが失職しないで済むからな。」

 〝入れ物〟関係の状況を語る。

 美羽は顔を上げ、

「松山さん、ですか?」

 訊いた。

 松山とは数年前から面識がある。

 その松山がマナの監視役だという事も、父親から聞かされていた。

 マナは首を振り、

「今日は帰した。」

 短く、言う。

 連日マナに付きっ切りだった松山がそわそわと帰りたがっていた。

 松山の誕生日に恋人が待っている、と、落ち着きが無かったのだ。

 だから、帰した。

 マナは誕生日の松山へ〝贈り物〟をすると言ったが、それについて、受取りに怯んだ松山を強引に押し倒して渡した事までは余談だった。

 〝精霊〟の祝福の履行が、基本、形式的な意味ではなく動作的な意味での〝口伝くでん〟なのだと、松山は本能的に気が付いたらしい。

 殺されるのではないかと言う程の怯えようで、必死に抵抗する松山に無理やり渡したのだが・・・。

 長い歳月の中で人が生贄まで捧げて欲しがる〝祝福〟を、全力で受取り拒否する松山が珍しかったり面白かったりで、マナの方も思わず強引に渡してしまった。


   どうせなら〝こちらの姿〟で渡してやればよかったか?


 より効果的に松山をへこませる方法に、今、気が付いた。

 目の前のマナが無表情のまま小さく舌打ちするのを不思議そうに見る美羽へ、

「おまえの事じゃない。」

 舌打ちの説明をして、

「おまえが呼んだから来た。」

 そこへ現れた理由を口にする。

 確かに、美羽は〝マナへお礼を言いたいが次はいつ会えるだろう〟と思いはした。

「『大声で考えないように』って言ってたのに・・・、距離は関係ないんですか?」

「大声の前に『会いたい』は呼び出しだろう?何だ?」

 〝精霊〟に無表情でつんと言われると、委縮してしまう。

 美羽は、

「あの・・・・、父からネックレス受け取りました。ありがとうございます。」

 しどろもどろに礼を告げるが、無言のままじいっと真っ直ぐ美羽を見ているマナの視線に、問い詰められているような気がして、

「お礼を言いたかったんです。会いたいって・・・・その事です。多分。」

 続けて、言い訳をしてしまう。

 やっと口を開いたマナは、

「夜中に男を部屋へ呼び込むなんぞ、武田オヤジの血管が切れるぞ。」

「・・・・・すみません。」

 美羽は目線を落としてポツリと言う。

 そのまま美羽が小さく溜め息を吐くのを見て、マナがふと、

「結構、記憶があるんだな。」

「え?」

 思わず、美羽は顔を上げた。

「さっき、〝あの時〟の事を思い出していたろ?」

 どの事か言われなくても判る。

 訊かれた途端、下を向いて美羽の目が大きく見開かれ、そのまま目に涙を溜める。

 眉を寄せ、ボロボロと涙が零れて行く。

 頭の中が真っ白で、身じろぎもせず、そのまま声も無く泣いてしまった。

 美羽が泣き崩れている事に関心は無いが、マナは静かに、

「悪かった。」

 開き直りでも何でもなく、本心を言う。

「ここまでおまえを巻き込むつもりは無かったが、今はおまえが一番信用できる。おまえの父親も。あと、松山も、か。」

 マナはずっと静かな口調で言う。

 言い終わったが、美羽は俯いたままで、しんと間が空いた。

 美羽の真っ白だった頭の中が少しずつ動き始めるが、頭の中は恥ずかしさが占めていて、顔が上げられない。


   きっと、これも見透かされてる。

   涙が止まらない、恥ずかしい、困る。

   泣いている所を見られた。

   私が覚えてると知られた。

   見ないで・・・。


 しばらく、美羽の頭の中をループしていたが、限界までループして少し冷静になり始めると、マナが黙って美羽を待っている気配に気が付いた。

 黙って待つマナに〝言わなければ〟と思うと、また焦ってしまって言葉が出ない。

 必死に落ち着こうとする。

 深呼吸を何度も繰り返し、美羽がやっと、弱く口を開く。

「・・・・・・・ごめんなさい。」

 それだけ。

「謝る必要はない、巻き込んだのはこちらだ。」

 マナはまた、静かに言う。

 またお互い無言になる。

 それでも、美羽は一度しっかりと息を吸ってそれをゆっくり吐き出し、

「ごめんなさい・・・。」

 言って、美羽が顔を上げた。

 まっすぐマナを見る。

 黙ったまま、じっと見た。

 マナは見つめ返していたが、美羽の目線が語る物を読んで、今度はマナの方が目を伏せた。

 一瞬、目線を伏せたまま迷ったような顔をし、再び美羽を見つめて、

「俺を手に入れたいのか?」

 訊く。

 美羽は頷いて、

「・・・・多分、そうです。」

 答えた。

 黙って言葉を受け取ったが、

「・・・そうか。」

 それだけ言って、マナはそれ以上、何も言わなかった。






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