11 問答
会議用の部屋だと思われるかなり広い部屋へ、武田を連れて〝飛んだ〟。
講堂のように階段状に机と椅子が造り付けられた部屋で、最前列に海老原が一人で座り、そこでマナを待っていた。
海老原の前に、壇上では無く、机と壇上の間にある床面のスペースに椅子が一つ置かれている。
突然そこに武田を連れて現れた女へ向かって、
「御足労頂いて恐れ入ります。」
まったく動揺の見られない海老原は、感情の籠らない声で、言う。
〝飛ぶ〟前、美羽と会ったマナが先にホテルへ戻って松山が車で戻るのを待っていると、松山より先に武田が部下を二人連れて部屋へやって来た。
顔色の悪い武田が口を開く前に、「何処へ行けばいい?」と訊き、また武田が口を開く前に武田が思った場所へ〝飛んだ〟のだ。
会議室へ現れた武田は一瞬で目の前の景色が変わった事について行けず、気分が悪くなって口元を押さえ、その場に座り掛けてしまった。
マナは、
「おまえが座るか?」
海老原の前にある椅子を示して武田へ訊くが、
「・・・いいえ、結構です。」
呻く様に答えた武田は必死に持ち直して体を起こす。
顔色が真っ青だった。
気力で立っている武田に感心し、
「頑固だな。」
言って、マナはニヤっと笑い、海老原の前にある椅子へ気楽に座った。
真正面で向き合う。
ちらりと見ると、階段状の座席の上の方に、書記と見られる二人の男が離れて座っていた。
色々と慌ただしくなっているらしい。
マナは海老原を見据え、
「準備がいいな。」
通常ならホテルからここまでの移動に早くても片道1時間は掛かるが、海老原は話をする体制でそこに待っていた。
海老原は頷き、
「予想は出来ていました。」
「やっぱ、おまえ恐いな。」
マナは苦笑いする。
「そちらも、何故お呼び立てしたかはお判りでしょう?」
「地震の話、だろ?」
さらりと言って新しいタバコを口に咥えたマナへ、苦い顔の海老原が、
「そういった情報はまずこちらに入れていただきたい。」
真剣に抗議しているのだが、
「一つ目の要求か?」
マナはニヤニヤと茶化して言う。
表情の変わらない海老原は、
「一つ目の要求を決める為に必要な情報、という意味です。」
「冗談通じねーのな。ま、俺にどうしてほしいか取り敢えず決めろ。」
「何が起きて、何ができるのか具体的に教えていただきたい。」
「地震が起きて津波が来て瓦礫の山が出来て、あぁ、あとはこの国の人口が減るくらいか。」
スラスラと他人事のように、マナは軽く言った。
「どのくらい減るのですか?」
「30%、俺が手を貸すと100人くらいに抑えられる。」
聞かされて、表情は変わらないが、さすがに海老原の顔色が悪くなってきた。
「地震を 」
「無理。俺には止められない、これは最初に言った筈だ。」
海老原の言い掛けた言葉を、真顔でマナは即答する。
『あ』と思い当たり、海老原の目が見開かれた。
以前、尋問部屋からガラスをすり抜けて現れたマナが言ったのだ。
地震は止められないが、津波は何とかしてやれるぞ?
この事だった。
一度深く息を吸った海老原は言葉を選び、
「では、津波を止める事は?」
「可能。ただし、人工物の崩壊を止める事はできない。」
「津波は来ないが瓦礫の山は止められない、ですか?」
海老原の額に、薄っすらと汗が浮き始めていた。
海老原の言葉に頷いたマナは、海老原を真っ直ぐに見ながら、
「自然物の中に避難が可能ならば、命だけは助かる。」
「公表しろと?」
問いに、じっと海老原を見た。
海老原が、『集団』が納得する選択肢を探している事は判っているが、
「公表せずに命を助けることは出来ないぞ?いいのか?」
無表情のまま、マナは言い切った。
お互いが材料を出し終えた。
しんと間が空き、
「私に決定権は無い。」
とうとう、海老原はマナから目線を逸らしてしまった。
◇◇◇◇◇
武田はしんと静まり返った長い廊下を女の隣について歩いていた。
場所にそぐわないラフな格好の女は、カーペットタイルの床を素足で歩いている。
時折、〝制服〟とすれ違う事もあるが、女はまったく気にする風もなく進んで行く。
ふと思い、
「この廊下をおまえと歩くのは二度目だな。」
女は言う。
武田は頷き、
「一度目の時の事に関してお伺いしたい事があります。」
切り出した。
が、
「おまえも松山も、面白かったから〝たまたま〟俺の付き人に指名しただけだ。」
女は問う前に答えてしまう。
武田は苦笑いを溢し、
「手間が掛かりませんね。」
女が思考を読んでいる事を言った。
女は構わず、
「聞きたい事はまだあるんだろう?次はなんだ?」
「美羽に会いに行ったそうですね。」
今度は口に出して訊いた。
が、マナはそれに答えず、
「美羽にこの石で何か作ってやってくれ。護符だ。」
歩きながら、片手で武田へ水晶の欠片を渡す。
受け取り、
「何故そう娘を気にかけるのですか?」
武田は訊くが、
「俺のためにやる事だ。」
答えにならない。
「・・・読めませんね。」
「当然だ。おまえ、人間だろ?」
マナの突き放した言い方に、武田は無言になってみる。
と、
「どうこうする気は無い。」
マナが答えた。
ふと武田の口元に笑みが浮き、
「ならいいです。」
目の前に居る〝精霊〟と話すコツがつかめた気がした。
武田が納得した顔をすると、それをチラリと見たマナは、
「・・・あ、そ。」
と、ふんと鼻で息を吐き、
「次は?」
訊く。
「地震を止める事は出来ないのですか?」
事実を確認する問いならば答えるだろうと、武田は口に出して訊いてみる。
「心臓の動きを外から止めたら人間って死なないか?」
武田が思った通り、マナはさらりと答えた。
続けて訊く。
「地震は星の生命維持活動、と?」
「俺の管轄は表面だけだ。」
マナは簡単に答えているが、外へ向く事であれば、衛星を砕く事も管轄に入っている。
一瞬、ぞっとした。
「覚えておきます。」
言って、武田は頷いた。
マナは『次は?』と、チラリと武田を見る。
武田は知りたいと思う問いでは無く、一番言いたかった事を口に出す。
「美羽をお願いしても?」
地震の時、俺の側に居ろ
精霊が美羽へそう言っていたという情報は聞かされている。
これ程安全な場所は無い。
娘の身を案じる父親として、マナに訊いたのだ。
しかし、口に出した時、背後から、
「武田次官補。」
声を掛けられた。
二人が立ち止まって振り返ると、かなり後方に〝制服〟が立っていた。
明らかに、武田の隣に立つ女を警戒している様子が窺える。
「少しお話がありますので、申し訳ありませんがこちらへ。」
マナの近くには寄りたくないらしい。
一瞬、マナと武田が苦笑いで目線を合わせた。
彼に距離など関係ないのだが・・・
そう思ったが、マナをそこへ残し、武田は話を聞きに廊下を戻った。
声を掛けて来た男と二言三言、言葉のやり取りをした後、武田は苦い表情でマナの元へ戻る。
そして、
「美羽が聴き取りを受けたそうです。」
今、聞かされた事を告げる。
「だろうな。」
マナはしれっと頷いた。
とぼけた風のマナをじっと見つめる武田は、
「黙秘、したそうです。」
「へぇ~。」
「何を話したんですか?」
「そんなに気になるか?」
「娘が黙秘ですよ?」
武田の口調が問い詰めるような苛々した雰囲気を持っていた。
武田の様子を面白がるようにニヤニヤしたマナは、
「〝どんな話をしてたんだ?〟って聞かれて、聴取したヤツをずっと睨み付けていたんだろ?」
「・・・・・。」
先程聞かされた内容をそのまま言われ、武田は怪訝な顔をする。
にやけ顔から一転して、気の毒そうな表情になったマナは、
「今のはおまえの頭の中を読んだわけじゃない、初めから聴き取りは予想していた。」
国が管理する不気味な正体不明の存在が一般人の美羽に接触すれば、何かしら『集団』のアプローチがある事は読めていた。
だから、
『どうして私を治してくれたの?』
『みてくれだけのアホな先輩とホイホイ寝るような人間なのに、か?』
「〝どんな話をしたんだ?〟と聞かれた瞬間、〝怒って何も言えなくなるような事〟は言ったかもな。」
小さく息を吐きながら言うマナの言葉に、怪訝な顔をしていた武田の眉間に深い皺が寄った。
「・・・・・・・・・。」
娘が怒るような事を言ったというマナへ、何と言ったものか言葉を探すが、基本、苦情が頭を占める。
その武田をじろりとマナが睨み、
「何も言うな。俺だって初体験だ、この俺が若干、〝後悔〟というものをしているんだぞ。」
「 は?」
意味不明な発言に、武田が呆れたような顔で訊き返すが、マナは一瞬だけばつが悪そうな顔をしただけで、
「聴き取りの件は気にするな。どうせ、連中にはそうそう突っ込んだ尋問なんぞできはしないだろう、美羽は俺の〝生贄〟なんだからな。」
そう言ってマナはニヤ・・・と笑う。
〝生贄〟の単語に、武田は絶句してしまった。
「・・・・・・。」
黙り込んだ武田の様子にケラケラと笑ったマナは、
「やっぱりおまえの反応が一番面白いな。」
言って笑い続ける。
武田は苛々と、
「それは光栄ですね。」
笑い声が響く廊下でぼそりと言った。




