乾いた砂漠に零れる涙
目が覚めると回りには建物も人影も見当たらず、ただ俺と一頭の馬だけが、砂漠のど真ん中に倒れていた。
(逃げ切れる事ができたが、事態は悪化したんじゃないだろうか。)
とにかく、ここにいても仕方ないので、取り敢えず移動することにする。馬も大人しくついてきた。
しかし、毛色が黒いので熱を吸収しそうだ。見るからに熱い。
冗談抜きで、命の危機だ。
砂漠じゃ下手に動かずに救助を待つ、っていうのがサバイバルの基本だが、俺がこんなところに飛ばされた事を知ってるやつなんかいないろう。自力脱出を目指すほかない。
太陽は容赦なく照りつけ、一人と一頭の体力を無情にも奪っていった。自然からしてみれば二つの生命などあまりにもちっぽけな存在に過ぎないのだ。
どれくらい歩いただろうか、正直なところ時間感覚も距離感覚も、ついでにいうと、方向感覚も麻痺していた。
どれくらい汗をかいたのかわからないが、水分は大分もっていかれている。視界が朧気になってきた。
あと少ししたら、死んだひいおばちゃんが出てきてもおかしくないだろう。
(くそ、結局魔王と戦うわけでもなく、こんなところで人生を終えるとは、ああ、俺には、色々とやり残したことが……うん?特にないのか?)
よくよく考えてみれば、俺の人生なんて紙のように薄い人生立ったのかもしれない。家族を作るわけでもなく、一週間、仕事を平均程度にこなし、週末に競馬観戦。
競馬観戦は、楽しかったが、それはやはり立場としては、ただの観戦者に過ぎないもので、見るだけでは決して主役になれやしない。自分でなにかをするの他人の行為を眺めるのは次元が違う。そこに生まれる熱が違うのだ。
だから、競馬を見終わっても、すぐ心が乾きだす。そして、次の日は、月曜日が来る。出口のないループ。
その繰り返し。夢も希望のも、なんの見通しもなく、同じような景色が続く日々をただ繰り返して心も次第に乾き干上がって、静かに瑞々しさが失われた干上がっていく。そんな毎日。
(ああ、そうか、俺はもとの世界でも砂漠のなかにいたようなものだったのかもしれないな。)
気づくと俺は泣いていた。皮肉なことに体も心も乾きに乾いている今、目からさらに水分が喪われた。そして、その乾きを嘆いているこの瞬間、後悔と悔しさ、情けなさで心が燃えそうに熱くなって感情が爆発していた。
肩を震わせながら、子供のようにボロボロと砂漠に涙を落とす。俺は崩れるように馬に寄りかかった。
すると馬は、俺の事をじっと見つめていたかと思うと、唐突に俺のグシャグシャになった顔をベロリと舐めた。
「うわ、なんだやめろよ。」
思わず俺は、驚いて距離を取った。だが、馬は優しい目で俺の事をじっと、綺麗な透き通った瞳で見つめてきた。
その瞳は、ひたすら優しかった。
「……もしかして、心配してくれたのか?」
言葉がわかるはずもないのに、俺は馬が励ましてくれているような気がした。心なしか俺の問いかけに馬がうなずいたようにも見えた。
「ありがとよ。えっと……ごめん、俺お前の名前知らないや。けど、お礼をいう相手にお前も失礼だよな。よし、お前のことクロって呼ぶことにする。見た目からの安直なネーミングで悪いな。ありがとう。クロ」
クロは自分に名前がついたのが嬉しかったのか、こちらに近づき顔を擦り付けてきた。なんだが、意思疏通ができるにみたいだ。俺は、こんな絶望的な状況でも、心が通じる相手がいることで希望を取り戻した。
その時、遠くから音が聞こえた。はじめは幻聴ではないかと疑ったが、次第に音は大きくなっていった。
そして、しばらくすると、遠くに姿が見えた。どうやら馬に乗った十数人からなる集団のようだ。助かるかもしれない。だが、微妙に距離がある。向こうはこちらのことに気がついていないだろう。
「おーい。ここだ助けてくれー!」
俺は力の限り声を振り絞り助けを求めた。集団の方向に向かって何度も何度も。喉がつぶれるほど叫んだ。
しかし、集団はこちらに気がついた様子もなく遠ざかっていった。
俺は、絶望の淵から希望の入り口に手をかけたところで、心をおられた。さすがにこのダメージは大きい。
「わりぃ。クロ、ちょっとやすませてくれ。」
俺は腰を落とし、うなだれて目を閉じた。
次回ヒロイン登場(予定)