大逃げ―光りに包まれて
読んでくれた方、本当にありがとうございます。
「追え!逃がすな捕まえろ!」
数人の兵士が、一人の男を追いかけていた。王宮の別棟に騒がしい足音が響きわたる。
異変に気がついた新米兵士が、先輩兵士達のただ事ではない様子に驚きながらも、走って追いかけ、ようやく足の遅い者に追いつき、何があったのかを尋ねた。
「ハァハァ、俺たちが追いかけているのは勇者だ!」
「勇者!?それでは救世召喚の儀式が成功したのですか!」
「ああ、それが司祭様からの説明を受けてる最中、いきなり逃げ出したのだ。見かけは10代後半で兎に角逃げ足が速くってな、俺達が重装備なせいもあるが、ありゃ、なかなかの韋駄天だ。」
汗を拭きながら新米兵士に説明した兵士は、今自分が説明している相手に見覚えがあるのに気がついた。
「お前さん、先日入隊選抜試験で足が一番速かった奴だな。しかも軽装だ。勇者を追え!捕まえたら給金が期待できるぞ!」
「確かに私は足には、自身がありますが、相手はもう随分、先にここを通りました。いまから追いつくのは…」
「いや、相手はこの建物の構造が分かっちゃいない。右往左往してそう簡単には、出口を見つけられないだろ。チャンスはある。」
新米兵士は、頷くと、全力で逃亡者の確保に向かった。
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俺は、昔、陸上部だった。別にインターハイに出るような選手ではなかったが、毎日しっかり、練習をしていたので、そこらの人間よりは、よっぽど速く長く走れる。
ただ、その能力が、異世界で武装した兵士に追いかけられる際に、発揮されることとなるとは、夢にも思わなかった。
一度、状況を整理しよう。
俺はほんの30分前までネットカフェで、深夜の海外の競馬中継を見ていたはずだ。
今日はフランスで凱旋門賞という大レースの日で、日本からも一頭現役最強馬が参加していた。この馬は昨年のクラシック三冠を制覇し、現地でも前哨戦となるフォワ賞も楽勝しており、今回こそは、期待できると、気合いを入れて近くのネットカフェで観戦することとしたのだ。
期待と不安が交差するなか、ゲートが開き、スタートが切られた。
レースは淡々ながれ、勝負どころまでは静かな流れ、やはり一流のレースには無駄がない。
最終コーナーを回って最後の直線に入ると、各馬が一斉にスパートをかける。そこで後方から猛烈な勢いで日本の馬が追い込んできた。
おお、先頭に立つ勢いだ。いや、もう先頭だ!世界の強豪を並ぶまもなく交わした。差は広がる。勝てる!
俺は思わず立ち上がり拳を握りしめ、残りゴールまで1Fであることを確認し、日本悲願達成まであと、12秒ほどであると計算した。
思わず一瞬目を綴じた。興奮で体が滅茶苦茶熱い!
しかし、次に俺の目にはインコースギリギリから確実に差をつめてくる一頭だった。あまりに突然だったのでどんな馬かよくわからない。しかし長年競馬観戦を見てきた俺は、残り10秒このまま勢いなら追いかけてくる馬が、ゴール前で先頭に変わる事が十分有り得る事がわかった。
「マズイ!いや大丈夫!がんばれ!」
恐らく日本中の競馬ファンが同じ気持ちでレースを見ているだろう。
もうゴールまで100m
2頭の差は、………あと2馬身
その時だった。足元から何か白い光が湧き上がった。
突然の出来事に普通なら驚き、後ずさるだろうが、今は、それどころではない。
残り100mか?差は1馬身、二頭の鞍上は必死に馬に鞭を入れ、馬の闘志を掻き立てている。
あと数秒でゴールだ。二頭の差は詰まる。一方光はどんどん輝きをまし俺を包む。
カメラが切り替わりゴール板が写し出された。
あそこにコンマ1秒でも先にたどり着いた方が栄光を掴みとり、遅れた方は敗者だ。
最後は首の上げ下げで、決まる。どっちだ!
だが、俺はこの決着を見る事ができなかった。
ゴール板を二頭が通過した時、遂に光が完全に俺を包込み、視界が完全に白く染まった。
ネットカフェのブースには、飲みかけのメロンソーダだけが残り、つけっぱなしになったテレビの音量に遮られながらもシュワと発泡音を鳴らしたが、その音を聞いた者はやはり誰もいなかった。
とりあえずレース描写
もちろん2012凱旋門賞がモデルです。
今後の作中でも、現実トレースな展開が出るかもですが、そういうのは、後書きで触れていきます。
興味を持った方は是非レース映像を見てみてください。