卒業式前日
涼しい風が頬を撫でる。季節も秋に変わり、この頃はセーターばかり着ている気がする。
「……」
ある秋の昼下がり。
私はただただ自分の町を散歩をしていた。
畦道を通ったり、今まで知らなかった道を通ったり。ただただ暇をつぶすように散歩をしていた。
「……」
私――松葉菊恵はこの秋をもって地元の小さな学校を卒業し、魔術学園に通うようになる。
今までは日常生活で必要な最低限の知識しか学んでいなかったが、これからは自分が将来なる仕事の知識や技術を身に付ける為に通うようになる。
「あっ。菊恵ちゃーん!」
「……ん。おはよ」
「おはよう。どうしたのこんな所に。菊恵ちゃんの家からうちまで距離あるけど……」
「ん?……あ」
少し周りを見渡してから気付いた。
どうやら暇潰しの散歩で友達の家の前まで来てしまったらしい。
運動した後だろうか。友達――鈴木蘭は半袖短パンという秋には少し寒そうないでたち。
少し幼い顔立ちとつり目。初見だと気が強そうに見えるが分け隔てなく振る舞うその優しさとのギャップに学校の男子にも人気があると聞く。
「ん……。暇だったからちょっと散歩してたんだけどね」
「インドアの菊恵ちゃんが散歩だなんて……。それも暇が理由で……。いったいどうしたの!?」
大変失礼な物言いである。しかし否定できない。私は何か用事がないと家からはそうそう出ない。
家とは落ち着くものだ。昔は窓辺で本とか読んでる姿をどこかの令嬢のようだと父親に言われていた気がする。贔屓目は入っていると思うけど。
「……気が向いただけだよ」
「菊恵ちゃんの気が向くって……。恋の予感!? 一体誰に恋したの!?」
私も女子であるが、ここまで恋愛事に結びつける思考は持ち合わせていなかった。流石恋に恋する乙女ということか。
「別に誰にも恋してないよ。……多分」
「多分って……。それは脈有りってことかな?」
もうどうでもいいです。私は諦めることしか出来なかった。
しかし本当にちょっとだけの散歩のつもりがちょっとした遠出になってしまった。
これは帰りが疲れるな。
私はシャイで人見知りでめんどくさがりなのである。
~
……カーンカーン。
何分か蘭と話していると町の広場から金槌を振るう音が聞こえてきた。
「明後日はお祭りだね」
そういえば。と彼女は嬉そうに言う。
「そうだねぇ。……そんなに楽しみなの?」
「当たり前だよ。今までは祝う側だったけど今年は祝われる側なんだもん。どんな事されるか楽しみだよ」
「私はそれが心配なんだけどねえ……」
明後日はこの町の住民総出でのお祭り。秋に町の学校を卒業する子供達を祝い、食べて飲んでのドンチャン騒ぎをする。
祭りの最初に卒業生達にドッキリを仕掛けたり、プレゼントを渡したりする。
去年は卒業生達が仮装パーティーをしていた。
していたと言っても、主催者達が用意したくじを引いて書かれた衣装を着るものだった。
いつもなら仮装なんて拒むであろう卒業生達もお祭りの主役とあって浮かれたいたのか、嫌々言いながらも楽しそうにしていた。
私はこの『卒業生サプライズ』が今回どんなものになるのか不安で仕方ない。
いや、“何をされるか”が不安なんである。
「最初で最後の主役なんだし、少しはっちゃけていこうよ」
「……ハメ外しすぎて可笑しくなんないでよ?」
「アハハ、善処します。……でも今回の主役は菊恵ちゃん達だよ」
何か意味深な呟きが聞こえる。
長い付き合いだから分かることもある。今の蘭は企んでいる。
まぁ、彼女の悪戯は悪戯と呼べないサプライズみたいなものなので期待しておこう。
「ん?……な、なんか顔に付いてる?」
「……いや、なんでもないよ」
おかしくて少し吹き出してしまったが嘘をつく。
「……なんか馬鹿にされてる気がする」
どうやら私も思った事が顔に出やすいらしい。
「……じゃあ、そろそろ帰るね」
「そうだね。今から暗くなるから気を付けてね。それじゃあね」
「それじゃあ……」
お祭りにはそれ相応の覚悟をしておかないといけないだろう。
なんとなく、そう予感した。
~
「ただいま……」
「おかえり。菊恵ちゃんは飼うならどんな動物がいい?」
「藪から棒に……。小さい動物かな」
「うんうん。モフモフ出来るほうがいい?」
「……うん。じゃあフサフサしてる感じで」
「よしわかった。楽しみにしててねー」
「……うん」
家に帰ってきた私に姉さんは意味不明な質問をしてきた。
新しい生き物を生み出すんだろうか。でも私の好みを聞くとはどうゆうことだろう。
姉さんは自分で生き物を創造する魔術を使える。
なんでか姉さんの近くで浮いてる生き物以外生み出しているところを見たことがないが。
「あら菊恵。おかえり」
「ただいま。……姉さん何しようとしてるの?」
エプロン姿で出てきた母さん。ご飯の支度でもしていたのだろう。
「あら? 薄々感ずいてるんじゃないの? 菊恵へのプレゼントの用意をしてるのよ」
明後日の祭りで卒業生達にあげるプレゼントのことだろうか。
「母さん! これサプライズなんだから教えちゃだめだよ!」
「あらあら。あんなに詳しく質問したらそのサプライズも検討がついちゃうわよ?分からなかったみたいだけど……」
「うっ……。それはそうだったけど……」
あそこまで訊いてきてサプライズだったとは。わからなかったけども。
「あなたは墓穴を掘りすぎるのよ。菊恵、ちょっといらっしゃい」
「え? うん……」
何だろう。母さんは私達に仕事をよく頼んでくるが、それとはいつもと言い方も違うし。
母さんも何かあるらしい。
~
「はい、これ。お母さんから菊恵へのプレゼント。卒業おめでとう」
「……あ、ありがとう。……白紙の本?」
母さん達の寝室で貰ったのは革表紙の本。
何頁かめくってみたが何も書いていない。最初から最後まで白紙だった。
「日記帳よ。菊恵、本好きでしょ? これからの為に自分で文章を書く練習みたいなものよ」
確かに本は好きだが文章を書くのは好きというわけじゃない。
「いや、私作家になるわけじゃ……」
「じゃあ、月のご飯見てきてね」
「……まぁいいか」
反論を諦め、私は玄関に向かった。
~
うちでは大型犬を飼っている。
名前を月といい、私の父が昔から飼っていたらしい。
『どうした? 浮かない顔して』
「いつも通りよ……」
『それもそうか』
月は私たちの言葉をしゃべることができる。
でもどこから声が出てるのか分からない。発声器官が魔術で生まれてるのだろうか。
「……昨日も同じ会話したと思うわ」
『ああ、そろそろ俺も歳だからな。記憶も曖昧だ。この頃は体も思うように動かなくなっちまった』
月は今年で二十歳だと父が言っていた。犬かどうか疑問なのだが……。
『もしかしたら明日明後日には死んでるかもな』
明後日……。お祭りはやっぱり不安だな。
ほんとに何をされるか分からない。
「……」
『……ほんとにお前大丈夫か?ついでに言うと今の冗談だから何か言えよ』
「そうね……ちょっと不安なんだ」
『明日のことか?』
「卒業式はべつに不安でもないよ……。ただ、お祭りがね……」
『ああ。祭りの騒ぎはこっちまで届くくらい五月蝿いもんだからな。なに。祭りなんだ。楽しめよ』
不安でも死ぬことはないのだ。
そうだ。不安であっても嫌なわけじゃない。不安が怖いのだろう。
ゆっくり楽しめばいい。そう思うと何だか楽しみになってきた。やっぱり思い込みが大切だ。
「……そうだね。これっきりを楽しもうかな」
『おう、そうしろそうしろ。きっと面白いことなるぞ』
「面白いこと? ……まあいいや。ご飯いる?」
『いや、いいよ。腹が減ってねえ』
「そう。……ありがとうね」
『おうよ。何でも相談してこいよ』
不安はあっても死ぬことはないだろう。
例え不安が当たったとしてもいつか終わる。時間は過ぎていくものだ。
そもそも何事もなく終わるかもしれない。すべて杞憂だったと。
何の証拠もない私の胸騒ぎなのだから。
折角の主役でのお祭りなのだ。楽しまなくてわ。
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